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七十歳の児童

道について

 腰の重さと扉の重さは比例している。そして今のところ住む家全てが鉄扉である。(意気込んで靴下を履いたものの目的地がないなら今、このドアノブをもう一ひねりして脱いだ方が早いのではないか。)とそこまで考えた後鍵を二つ閉め、五段ある階段を二歩で降りる。花壇で野放しになっている野草たちが昨日撒かれたばかりの除草剤のせいか、両隣で大人しく呼吸をしていた。

 児童公園が近所にあることの利点は、小学校卒業と共に完全に失われてしまった。あれだけ、すぐ隣に住む爺さんに怒鳴られながらボール遊びをしていたというのに。今ではそれさえも禁止されているのだから、現役小学生がボール遊び一つから得る背徳感とアドレナリンを合算すれば麻薬を優に越えるのではないだろうか。毎日意味をなく球を転がすのは正に中毒症状に違いない。

 雨風と時の荒波に、ささくれだち、痩せ、枯れた七十年ものの深い皺。丸太に彫られた児童公園という白いインクはすっかり禿げきり、茶色の深い溝があるだけである。

 小さな箱庭はゆるゆるとしたフェンスに囲まれた正方形のグラウンドと遊具の二部構成から成り立っている。

 目玉の遊具といえば、座るだけでマンドラゴラのような音を立てるブランコと野良猫の糞尿の匂い獣臭い砂場、そしてアイデンティティを奪われた石の滑り台。老朽化を理由に立て直す際に大人たちは考えた。滑り台としてではなくそこを清水の舞台として遊んでいて、滑る人間が少数なのであれば、多数の為に踏み台として強いものを作るべきだと。

 その二つを繋ぐ境界は腰ほどの高さのある花壇である。そこに植えられている桜は太く、縦横無尽に空の広がるままに両手を伸ばしている。その他に住んでいるものがおらず、悠々自適に暮らしているがしかし同時に、肌荒れから公園暮らし特有の過酷さも感じられる。だからといって個人的感傷から優遇するわけでもなく、彼の足一本一本をありがたく踏みしめると、纏わりつく砂がすき間からぽろぼろと落ちる。

 かろうじてツタのすき間から自我を保つフェンスの呼吸がぎしぎしと聞こえてくる。奥の方に見える緑はツタなのか、フェンスなのか、あるいは第三者か。付け入る隙を全く与えない公園の守護者としての矜持が伺える。北風が吹くと、ツタとフェンスに酸素が供給され、わずかに膨らみ、また萎んでいく。吐いた二酸化炭素が光合成により、またこの空間に存在していくための必須項目として還元されていく。


 長い年月をかけて、伸びきった自由はまだどこまでも自由であり続けている。常に陰気でネバついた公園からぬくっと体を出す。大樹の影が体のぼやけたラインに寄り添うようにして重なっている。チャイムが鳴り、カラスは鳴かない。


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