ついに、春の中の天才の定義が揺らぎ始める。
「防衛省?」
「そうだ。防衛省のお偉方が君の天才的な頭脳を買ってな。是非戦争被害国の援助に役立ててほしいとのことだ。簡単に言えば兵器を作ってほしい。とのことだ。荷物をまとめろ。頑張れよ。」
「待ってください。もう決まったことなのですか?」
「ああ、そうだよ。今日からだ。」
「学校はどうすれば良いのですか?」
「高卒認定ぐらい取ってやる。なにせ、君は今日から防衛省お抱えの科学者だ。」
こうして春は防衛省で働くこととなってしまった。
防衛省の科学者として働くということはすなわち、戦争の加担するということだ。
なんということだ。絶対に関わらないと決めた戦争に関わることになってしまった。
しかも、自分の確認なしに。勝手に決められてしまった。
こんなことってありか?
個人の見解を確かめずに、強制的に決められてしまったことにも腹が立つが、それ以上に戦争の兵器を作らなければいけなくなった。
「ぐずぐずするな!」
「すみません・・・・・」
春は渋々鞄に本やら書類やらをまとめた。 そして作りかけのディポーターも。
学長と一緒にタクシーに乗って首都に移動した。
それから議事堂に入って、かくかくしかじかを説明してヘリコプターに乗って防衛省に移動した。
「初めまして、石原春と申します。今日からよろしくお願いします。」
「礼儀正しい少年だ。これからの活躍に期待しているよ。早速こっちにきてもらおうか。」将補に連れられて一番奥の部屋に入った。
「まずはここで、今の戦況を見てほしい。今こそ我が国に矛先は向いていないがいつミサイルが発射されるかわからない。」
狭く全体的に黒い部屋に座らされた春は、将補がスクリーンに何かを映し出すのをじっと見ていた。
スクリーンに光が灯る。
おそらく戦場の様子だろう。
これは洗脳だ。見るな。春は自分に言い聞かせた。ヒトラーも政治家を洗脳するとき、この手の動画を見させた。
絶対に騙されるな。
「先に言っておくがこれは洗脳ではない。これから兵器を開発するにあたって今世界がどういう状況なのか確認してもらっておく必要があるからこれを見てもらうんだ。」
春は信じなかった。先手を打ったつもりだろうがそうは行かないぞ。
動画が再生された。
春は目を凝らした。
こういう動画にはなんらかのサブリミナル効果が混ざっている場合がある。それの一つでも見つければこっちのものだ。
脳にこの動画は洗脳のためだからあてにするなとラベリングする。
しかしサブリミナル効果は見つからない。画角の端にメッセージや絵が隠れてるものなのだが。
動画は想定した内容だった。
荒れ果てた街並み、徘徊する敵国の兵士たち。
暴動が起こる首都。
たくさんの死体。
子供のものから大人のものまで、女のものもある。
嘆き悲しむ遺族。
しかし、これは想定外だった。
次に流れたのは防衛省の映像だった。
技術開発部と書かれた扉を越えると、いかにもやつれた科学者達が死んだ目つきで様々な兵器を開発していた。
何を話しかけても生気のない声で緩急のない返事をする。
春は、一切同情しなかった。屈強な精神を持たない本人の責任だとさえ思った。
しかし、心の奥底、、本当に深いところでは同情に似たような恐怖のような感情が渦巻きを作っていた。
今の春がそれに気づくことはなかった。
動画の最後には「彼らのように精神を疲弊してはいけない。大勢の明日の命は、君の技術力にかかっている。」というようなメッセージが流れた。
この時点で春の心の中の渦巻きは徐々に上へと上がっていった。