讃美歌
12月半ば過ぎ。
とある繁華街。
終電間際、路地裏の片隅で、ひとりの男が酔い潰れていた。
見た目の年齢や着ているスーツの質からして、どこかしらの管理職だろうか。
男の意識がかすかに戻ると、目の前には灯りがあった。
紙灯籠の淡い光。
その向こうに、ひとりの男が立っていた。
黒い細身のスーツに、顔半分を覆う黒い布マスク。
脇には木製の救急箱を抱えているのが見える。
(…どこかの飲み屋のボーイか?)
「……お困りのご様子と思いまして」
酔い潰れいる中年に近づくその声は、優しく、丁寧だが、どこか人ではないような響きを帯びていた。
「俺に……薬?」
やり場のない苛立ちが、酔った男の内側から込み上げてくる。
「いえいえ。ただ、選択を差し上げるだけです」
黒服の男は救急箱を開け、紙袋を1つ取り出した。
それは薬袋のようで、【余罪の讃美歌】と書かれている。
「これは、自身に向けられた“負”の感情を鎮める薬です。
あなたによって罵られた者が、夢の中に現れます。その者の名を口にすれば、その恨みは成仏し、あなたの罪も薄れることでしょう…」
一瞬、酔っ払いの顔が強張る。
実はこの男、部下への行為が行き過ぎてしまい、会社での立場が一気に危うくなっていた。
数多もの訴訟の知らせが職場だけでなく、家族のいる自宅にも届き、今に至る。
男の目には、恐れのあまり過去を強く否定しながらも救いを求める光があった。
「そ、そんなことが…?」
「ええ。ですが、夢の中ではあなたも“斬られ”ます。一人の者から斬られれば、一つの恨みが鎮まる。
果たして、何人分残っているのかは……把握出来かねますがね」
黒服の彼は静かに立ち上がり、薬を置いて灯籠を吹き消した。
闇が戻ったときには、そこに彼の姿はなかった。
… … … … … … … … … …
… … … … …
その晩、男は薬を服用した。
夢の中に、ひとり、またひとりと、かつて罵った部下が現れた。
全員、血に染められた日本刀を手にして…。
「なぜ俺を……」
「助けを求めたのに……」
「この仕事が好きだったのに……!」
斬られ、謝り、また斬られ。
何度目かの夜、男の心が限界を迎えた。
… … … … … … … … … …
… … … … …
とあるオフィス街。
最寄りの駅構内では、息絶えた1人の男が見つかった。
顔には、不思議と安らぎの表情があったという。




