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MASK 〜黒衣の薬売り〜  作者: 天瀬純
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造形作家と制作依頼

 ことの発端は、都内某所で新たに催す個展の打ち合わせを終え、宿泊しているホテルに向かっている最中のことだった。


「近松さん」


背後から呼ばれたので、振り返ってみると上質な黒いスーツが相変わらずよく似合う黒衣さんが立っていた。まさか都内で再会するとは思っていなかったので、驚きのあまり固まっていると、突然彼に手を掴まれ、気が付くと1件の日本家屋の前に立っていた。いきなりのことで状況を把握できていない僕に、


「こちらには、私の友人が住んでいましてね。以前、動物や妖を専門とする面白い造形作家の方が知り合いにいるとお話ししたところ、ぜひお会いしたいという連絡がありまして。突然ではありましたが、お連れした次第でございます」


「本当に突然ですね…」


玄関先で黒衣さんから一通りの説明を受けていると、


『おお、黒衣。やっと来たか』


家の中から家主と思しき人物が声をかけて来た。人間の声帯では出せないような低く、渋い声の持ち主だ。


「遅れていないと思いますが」


黒衣さんが微笑みながら返答する。それに合わせて、僕は家屋から現れた者に顔を向けた。


(……柴犬?)


視線の先に立っていたのは、成人男性よりもひと回りほど大きい2足立ちの柴犬であった。加えて、建設現場などで職人さんたちが着ている作業着姿だった。


(彼?が黒衣さんの言っていた友人…?)


驚きのあまり、呆然としていると、


『ほおっ、お前さんが黒衣の言う造形作家とやらか。よろしくなっ‼︎』


豪快に笑いながら、背中を勢いよく叩く。


「ち、近松です。ぐふっ…」


二宙(にそら)さん、彼は人間なんですから」


黒衣さんが苦笑いしながら諌める。


『おお、すまんな。まっ、挨拶はこのぐらいにして中に入ってくれ』


* * * * *


* * *



 家の中は、実にシンプルな造りであった。まず入ってすぐのところにL字形の土間が拡がっており、その内側に半分が和室となっている板間が目に入った。板間の中心には囲炉裏があり、串刺しにされた魚が火を囲むようにして並べられている。


『夕食、まだだろ?食いながら話そう』


誘われるがまま靴を脱ぎ、板間に上がらせてもらう。囲炉裏の傍に腰を下ろすと、


「二宙さん。お仕事は、最近どうですか?」


魚の焼き加減を確認している二宙さんに黒衣さんが尋ねる。


『まあ、ぼちぼちだな』


串の角道を変えながら、他人事のように答える。


「二宙さんは各地で結界を張ったり、お祓いをしたりする一族の出身なんですよ」


土間にある台所の冷蔵庫から缶ビールを人数分取り出しながら黒衣さんが僕に教えてくれる。


『分家のさらに分家の次男坊だけどな』


「腕は一流でしょうに」


『それゆえ、本家の連中と折り合いが悪いのは、お前さんも知っているだろ。たっく…』


互いの信頼関係からくる“いじり合い”なのか、焼き加減を見る彼の口角がニヤリと上がる。


(複雑な事情があるのか…)


『……うしっ。おい、焼けたぞ』


二宙さんが顔を上げ、夕食の支度が整ったのを知らせる。


プシュッ。


プシュッ。


プシュッ。


「「『かんぱ~い‼︎』」」


各々で缶ビールを掲げ、乾杯をする。出来上がった焼き魚はかなり熱いので少し冷めるのを待つことにしたが、二宙さんは構うことなく食らいついていく。対して黒衣さんは、涼しげな様子で静かに食べていく。


(自分が猫舌なだけなのか……?)


しばらくすると、


『なあ、作家さんよ』


「ん、はい?」


缶ビールを傾けながら二宙さんが私に話しかけてくる。


『今回呼んだのは、あんたに頼みたいことがあったからなんだ』


(“頼みたいこと”?…何だろうか)


唐突の本題に頭を傾ける僕に、二宙さんは話を続けた。


『なに、簡単なことだ。作家さんに俺を模った模型を1つこしらえて欲しいんだ』


意外な形での制作依頼に思わず思考が停止してしまう。


「えっと……、ミニチュアってことですか?」


『そう捉えてもらって構わない。前に、黒衣から作家さんの話を聞いてからな、機会があったら俺をミニチュア化してもらって部屋にでも飾りたいなと思ってたんだ』


照れ隠しなのだろうか。二宙さんは頭を掻きながら返答する。


「そうでしたか…」


『もちろん、代金はそれなりに払う。どうだろうか?』


二宙さんは僕のほうに体を向けて頼み込んできた。


「えっと…。今個展の準備でちょっと忙しいので、それが終わった後に制作する流れでよろしければ」


『おおっ、構わん。構わん。頼むっ』


特に断る要素がなかったので引き受けることにした。柴犬が大柄な人の形をした二宙さんからは、アーティスト魂に訴えてくる何かが感じられたからだ。


「良かったですね、二宙さん」


黒衣さんが優しく微笑む。


 その後外部に漏らさないことを約束し、ミニチュア制作用の資料として二宙さんの写真を数枚撮らせてもらった。


 食事を終えてからは家主自慢の風呂に入り、黒衣さんが持参した珍しい酒を飲みながら二宙さんの修行時代の思い出話で大いに盛り上がった。


 翌朝目を覚ますと、僕は連泊していた都内のホテルのベッドの上に横になっていた。どうやってホテルに戻ったのかを深く考えないようにした私は、チェックアウトをするためにフロントへ向かうのであった。


* * * * * 


* * * 



 後日作品が完成したという連絡を受け、二宙さんがオレンジ色のフォルクスワーゲン typeⅡに乗って、僕の工房までやって来た。自身のミニチュアを受け取った彼の喜び様は凄まじく、代金を私に支払うや否や、工房兼自宅前に祭壇を組み立て始めた。そして儀式をすぐに執り行い、祖父から相続した山全体を覆い尽くすほどの巨大な人払い用の結界を張ってくれた。彼曰く、この結界によって僕に用がある人間以外で山に不法侵入するような輩は10年間現れることはないだろう、とのことらしい。

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