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MASK 〜黒衣の薬売り〜  作者: 天瀬純
32/63

造形作家 (続)

 祖父母から譲り受けた山に移り住んで10年。


 “薬売り”を生業とする黒衣さんの紹介で化け狸一族が入居してきて、もうすぐで7年。


 彼らとの出会いによって、僕のなかで“日常”と“非日常”の境界が薄れてしまったが、それなりに楽しい日々を送っている。


* * * * *


 7月下旬のとある正午過ぎ。


 午前中にとあるデザイン作業を終えて昼食をとろうとしたところ、自宅のインターホンが鳴った。出てみると、この山に越して来た化け狸の何人かが立っていた。全員、一族のなかでも特に親しい者達であった。


「どうしたんですか?」


「川魚をたくさん捕まえてきたから持ってきたんだよ」


そう言って、以前山に不法侵入したソロキャンパー気取りを追い出したときに手に入れたクーラーボックスの中身を見せてきた。


「随分と沢山獲ってきたんですね。この山、こんなに魚がいましたっけ?」


彼らの妖術によって冷蔵庫のように冷えているクーラーボックスには、川魚が大量に入っていた。


「いやいや。実は、この山で川魚の養殖を以前から取り組んでいたんだよ」


「そうそう。近松さんがオレらを受け入れてくれたおかげで、やっと定住が出来たから、農作業だけでなく養殖も始められたんだ。今日は、そのお礼で持ってきたんだよ」


「そうでしたか。ありがとうございます」


こうした何気ない会話のなかで、彼らとの関係が良好であることを実感できるのは嬉しい限りだ。


 その後、彼らとともに昼食をとることにした。魚を捌いたことがあまりない僕に代わり、彼らが下処理を行ってくれた。ちなみに僕たちが今いるのは、自宅の近くの土地を一部整地して作られた調理場である。以前、化け狸たちが我が家で食材を持ち寄って宴会するには調理場が外にもあったほうが便利だということで、あらゆる調理機能が彼らによって備え付けられている。


「お~い、もうすぐで捌き終わるけど火の調子はどう?」


流し場の隣りにある作業台で川魚の処理をしている1人が、火を起こしているもう1人に声をかける。


「いい感じだよ~」


そう答えた彼がいるのは、下処理をした食材を焼くスペースだ。炭火焼きスペース、ピザ釜、飯盒を吊るすスペースなどなど。必要とあらば、調理場近くの倉庫から他の調理器具を持ち出して使うことが可能だ。いずれも山に侵入したキャンパーたちから“譲り受けたり”、彼らが所持していた金銭で購入してきたものだったりする。前に、不法侵入の対処をどうしているのかと化け狸たちに尋ねたことがある。彼ら曰く、


『侵入者が少数だったら、男女関係なく全員を気絶させて山に入るまでの記憶を消して、下着以外の所持品を没収した上で遠く離れた国道沿いに放置する感じだな。幼い子供がいる大人数の場合は、無数の熊や猪に化けて追い出すことにしているよ。そんで、戻ってこないのを確認したら、残っている食糧や道具を回収していく流れかな』


とのことだ。どうやら、この山のセキュリティについての心配事はなさそうだ。


… … …


… …



 焼き上がった川魚を調理場近くで化け狸たちと一緒に食べていると、


バサァ、バサァ、バサァ、バサバサ、バサァ。


巨大なスズメが自宅の玄関近くに降り立った。


「え、何あれ⁉︎……みんな、知り合い?」


戸惑いながらも化け狸たちに尋ねてみたところ、全員焼き魚を頬張りながら顔を横に振った。


(あれも(あやかし)なのか…?)


僕たちがジッと見つめていることに気がついたのか、巨大スズメは調理場のほうに近付いてきた。


『食事中のところ申し訳ない。ちと、この山の主に用があったのでな』


とりあえず、その誠実な態度と声色からして敵意が無いということはなんとなく分かった。


(とりあえず警戒しなくて大丈夫…?)


頭の中で様々な疑問が生まれてくるが、言葉を話す巨大なスズメの時点で世間一般的な動物の範疇を大きく超えていることは明白であった。


(それにしても……、“山の主”への用事って…)


『すまんが、“山の主”がどこにおるか知らんか?人間だと聞き及んでいるんだが…』


左右の大きな翼を人間の両腕と似た形へと変化させたスズメが、周囲を見渡しながら尋ねてきた。僕が呆然とその者を見ていると、


「近松さん…」


隣で川魚を頬張っていた化け狸が、僕の裾を引っ張りながら小声で話しかけてきた。


(とりあえず……、自己紹介か?)


「えっと、僕が…、この山の所有者ですけど……」


『おおっ、其方(そなた)が!ならば話が早い!』


ズンズンと勢いよく近づいて来たスズメは僕の両肩を力強く掴み、


「っ⁉︎」


『頼む!ワシもこの山に住ませてくれんか⁉︎』


… … …


… …



 突然現れた入居希望者の名は、『飛介(ひすけ)』。


 成人男性と同じくらいの背丈から従来の一般的なスズメぐらいの大きさまでに自身を自由自在に拡大や縮小が可能な彼は、あらゆる鳥類と意思疎通ができる妖だそうだ。かつては民家の軒下に巣を作って暮らしていたが、昨今の建築様式には巣作りが可能なスペースが見られなくなったため、地方を転々としながら古い空き家内部に住み着いていたらしい。しかし空き家を改築して移住する人間たちが増えてきたことで再び住む場所を追われてしまった。次の住まいを求めて放浪している最中、以前から交流のある風変わりな“薬売り”が教えてくれた“人と化け狸が共存する山”の存在を思い出した。


(もしかしたら、そこでなら安心して暮らしていけるかもしれない!)


そう思った彼は、“薬売り”との会話に出てきた“その山”がある地域へと向かった。しかし“薬売り”が正確な場所までは話していなかったため、辿り着くのにかなりの時間がかかったそうだ。


『……というのが、この山に来るまでの出来事でな。その……、突然押し掛けてしまい、申し訳ない』


(なんという行動力……)


 話を聞き終えた僕たちは、彼のフットワークの軽さと黒衣さんと思われる“薬売り”が関係していることに驚いていた。


 僕だけで対応を決めるのは難しかったので、あとで化け狸一族の(おさ)たちと話し合うことにした。そして飛介と名乗る巨大スズメが空腹そうにしていたので、とりあえず余っていた川魚を彼に分けた。


… … …


… …



 その日の夕方に化け狸一族の(おさ)と他の者たちを何人か呼んで話し合った結果、彼の入居は認められることとなった。そして山の入居者として、彼にも家賃代わりの役割を担当してもらうことも決定した。


 彼が担当するのは、“伝達係”だ。山に生息する鳥たちをまとめ上げ、僕や化け狸たちが情報のやり取りを必要としたときに伝書鳩と似たかたちで協力してもらうよう、彼らとの仲介を担うことが主な仕事内容だ。住む場所は化け狸一族の集落近くに彼の家を建てることで話がまとまった。身体の大きさを自由に変えられる彼だが、この山では身を潜める必要がないので成人男性の平均身長と同じくらいの背丈で暮らしていくそうだ。なんでも、その大きさが本来の姿らしい。


* * *


* * 



 飛介(ひすけ)が山に住み始めて数ヶ月後、僕は某玩具メーカーから新たなカプセルトイを発表していた。頭部はスズメで胴体は人型の『派遣社員スズメさん』と題したカプセルトイは、モチーフにした職業の制服の違いから全部で5種類となっている。スズメである“可愛らしさ”と妙な“哀愁”が世間的に受け入れられたのか、第2弾製作の話がメーカー内で挙げられているらしい。


 飛介(ひすけ)の家が完成した頃、1人の猫又が僕宛ての小包みを抱えて我が家にやって来た。


「我が主人(あるじ)より近松様へのお届け物でございます」


送り主の名前は『黒衣 漆黒』。僕に化け狸一族を紹介したスーツ姿の薬売りだ。


(そうなると、目の前にいる猫又は彼の従者か?)


小包みには手紙が1通入っており、飛介(ひすけ)を受け入れてくれたことへの感謝と彼が突然山に押しかけてきたことへの謝罪が書かれていた。お詫びとしてなのか、送られてきた荷物には2種類の薬が入っていた。


 1つには『骨格筋浄化液』と記載されており、同封されていた説明書を読む限りではロールオン型の塗り薬で、肩や手に塗ることで大抵の肩凝りや腱鞘炎が2時間ほどで完治するらしい。


 もう1つは、以前彼が化け狸一族を紹介したときにくれた『禁足の鼻腔』という花粉症対策の飲み薬であった。この薬1錠だけでも効果が1年間続くというのに、今回はそれが5錠も入っている。


(……すごいな)


彼からの贈り物を自宅の寝室にある金庫の中に保管した僕は、以前化け狸たちに教えてもらったレシピで作った川魚の干物を食糧庫からいくつか取り出し、配達に来てくれた猫又に渡した。


「もし苦手でないようでしたら、受け取ってください」


「え、ええ⁉︎……いいんですか⁉︎」


彼女は干物が入った大きめのジップロックを持ったまま、目を大きく見開く。


「はい。最近魚を捌けるようになって、つい嬉しさのあまり作りすぎてしまいまして…」


僕がそう言うと、彼女はジップロックを大事そうに抱え、


「私、干物には目がないんですよ。ありがとうございます」


何度も僕にお辞儀して、彼女は嬉しそうに山を去っていった。



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