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MASK 〜黒衣の薬売り〜  作者: 天瀬純
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いじめ被害者

 ときどき見る夢がある。


 小学生の頃、私を散々いじめてきた同級生の男が夢に現れるのだ。彼の名前は枝山 進吾。彼とは5年生から教室が一緒になった。もともと自分以外の人間を下に見ているところがあり、席替えで私と近くになったことをきっかけに何かと私にちょっかいを出すようになった。何よりも辛かったのが、父の職業をけなしつつ私も馬鹿にしてきたことだ。父は小児科医だった。担当した患者のなかには同級生だけでなく同級生の兄弟たちが数多くいた。私はそんな父が誇りであり、憧れであった。父のように医療の道に進みたいとも思った。だが、枝山はそんな私を疎ましく思っていたのかもしれない。


 ある日の給食の時間でのこと。


「なあ、お前の父親って小児科医だよな?」

「ん、そうだけど…」


彼は私の父の職業を話題に挙げてきた。


「てことは、おっさんが子供の体を触ってるってことか?それも女子の⁉︎気持ち悪っ‼︎」


彼は下品な笑みを浮かべながら馬鹿にしてきた。


「そんなことはないよ…」

「いやいや、キモいから。お前も医者になるのなら、お前も気持ち悪いよな」


枝山は心底楽しそうだった。近くにいたクラスの女子にもこの話題をふっていく。すると、女子たちも彼に続くように私と父を汚物のように捉えて「気持ち悪い」と口々に言ってきた。その日以降、枝山を中心として私へのいじめが加速していった。あまりにもひどかったので、耐えきれなくなった私はなんとか親を介して学校側に訴えた。枝山は担任の教師と面談したらしいが、彼が反省するようなことはなかった。後日、担任は私に


「枝山くんは、君と仲良くしたくてやっていたことなんだよ?彼にとっては遊びのつもりだったんだよ」


と言い、まるで私にも非があるかのような言い方だった。また、枝山の母はとある保護者会で私の母を睨んでいたらしい。親子揃ってどうしようもない人たちだ。


 それから小学校を卒業して進学した地元の中学校でも彼とは一緒だった。彼の人柄は相変わらずであったが、彼の周囲に友人と呼べる人間がいたかどうかは疑問が生じる。この頃にはもう彼は厄介者という扱いになっており、あえて彼に近づこうという人間はいなかったのだから。それでも枝山は会話に割り込んだり、おとなしそうな性格の人間を変に引きつれたりして、近づき難い存在であった。


 何年経とうと、彼は私にとってのトラウマであり嫌悪の対象である。だが、最近になって彼が夢にたびたび出てくるのは悩ましいことだ。仕事での疲労が溜まっているからだろうか。


* * *


* *



 ……今日はどうも寝づらい。疲れもあるから早く眠りにつきたいが、また枝山が夢に出てくると思うと本当に辛い。夢での彼は中学の頃のままであるけれど、大人になっても私の肉体と精神を蝕むのは勘弁してほしい。なんとかならないものか。なかなか寝付けられない私は何度も寝返りをうった。すると、


「こんばんは、お客様」

「っ⁉︎」


反射的に声がしたほうを見ると、知らない男がいた。黒色のスーツを着た男は、私が横になっているベッドから少し離れたところで肘掛椅子に座り脚を組んでこちらに微笑みかけていた。


(あんな椅子、うちにはないぞ?)


「突然お邪魔して申し訳ありません。私、薬売りを生業としている者でございます」

「は?」


(私は何を見ているんだ?これは夢なのか?)


「お客様がこの状況をどのように捉えようと構いませんが、私は日常生活に不調をきたしている方の前に現れる、ちょっと特殊な薬売りでございます」


男は脚を組むのをやめ、椅子の側に置いていたレザー製のアタッシュケースを自分の膝の上に置いて開き始めた。


(…うん。これは夢だ。そうしよう)


「お客様は過去の出来事やそれに関係する特定の人物によって安眠が妨害されていると推測されますので、こちらのお薬をご紹介させていただきます」


男はアタッシュケースから銀色のシガーケースのような物を取り出し、開いて中身を私に見せてきた。


(タバコ…?)


「こちらは『七つ星〜忘却の彼方〜』というお薬でございます。寝る前にこちらの先端に火をつけたのちに生じる煙を吸っていただけますと安眠妨害のもととなる人物やその出来事に関する記憶を全て消すことができます」


(夢にしては、よくできているな…)


「お値段は1本あたり1,500円となります。いかがなさいますか?」

「買うよ。面白い夢を見させてもらったからね」


私は男にお金を渡して、そのタバコのような薬を1本もらった。


「お買い上げいただきまして、誠にありがとうございます。お客様のこれからの安眠を心よりお祈り申し上げます」


男が一礼したところで、私の意識は深く沈んでいった。翌朝、枕元に男から渡された薬が置いてあったのを見て、夢ではなかったのだと実感した。


 その日、仕事が終わって外で夕食を済ませて帰宅した私は、黒スーツの彼から買った薬を使おうか迷っていた。


(これは本当に使って大丈夫な薬なんだろうか?)


風呂から上がって、ソファでくつろぎながらも私は考えていた。


(まっ、試してみるか。効果があればあったで良いことだしな)


普段タバコを吸わないので、ライターを持ってない私はキッチンに行き、ガスコンロの火を薬の先端につけた。しばらくして、薬の先から煙が出てきた。


(これを吸えばいいんだよな?)


恐る恐る煙を吸ってみると、後頭部からじわじわと頭の中がすっきりしていくのが感じられた。


(あの薬売りが言っていたことは本当のことだったのかな)


手元を見ると、持っていたはずの薬は消えてなくなっていたが、私はしばらくキッチンに残っている煙を吸っていた。


……………


…………


………


……



(…あれ?……私はキッチンに来て、何をしようとしたんだっけ?ん〜……)


考えても思い出せなかったので、そのまますぐに寝ることにした。


* * *


* *



 寝室のベッドのマットレスや枕を特に変えていないのによく眠れるようになってから3年の月日が経とうとしていた。仕事の疲れはしっかりと睡眠時間を確保すれば翌朝にはなくなっていることが続いており、私はかなり充実した日々を送っている。


(以前はなんで寝づらかったのだろうか?気になるところだ)


気になるといえば、昨日おかしな人が会社に来た。とある企業の2人組の営業がうちに来たのだが、片方の男性社員が私の同級生だと言い始めた。普段は担当の者が対応するので、取締役の私はあまり出てこないのだが、同級生が誰なのか気になって会うことにした。一応、対応していた社員から男の名前と出身の中学などを聞いてみたものの、記憶にない。私のなかの記憶が薄いだけかもしれないと、とりあえず会ってみたが全然知らない人間であった。人違いではないかと伝えたところ、男はひどく困惑していた。思い出話をいくつか聞かせてくれるが、全く知らない。何かしらの確証があって私の同級生だと言い張る男の顔には、やがて焦りが見えてきた。これでは営業どころではないと判断した男の上司にあたる初老の男性社員が日を改めて後日伺わせていただきます、と言って若干苛ついている彼の手首を引っ張りながら帰っていった。残されていた名刺をしばらく眺めたが、やはり記憶にない。


「枝山 進吾…。誰だ?」



(あの企業は今度から来ないように他の社員に伝えておくか)

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