09話 スプレーマ4人、姉ソフィア
(アルフォンスは、スプレーマとバルガスの前以外には、アルベルトの姿のままでいることにしている。エング辺境伯の次男であるということを知られないためだ)
ドワーフ大宴会開始から2時間ほどして、シルヴィ、ウリヤーナが満腹そうにしていたので(ルシフェルはまだ食べ足りなさそうだったが無視して)、少し離れたところで「他のスプレーマ4人には会えるかな?」と訊くと、ウリヤーナが「すぐ会えるで。熾天使ミカエル、ヴァンパイア真祖ウピオル、神龍テュポン、神獣ヨルム、ほら、出てきーや」と言うと、4人が姿を現した。
いきなりウピオル(ヴァンパイア真祖)が「若よ、あの美味な邪竜の血は一体何なのですか。我が飲んできたものとは全く違っていましたが」
「ああ、あれは、特殊な浄化魔術を使ったからかもしれないね」
「そうですか‥‥ 配下の者たちもあの血を飲んで、若に忠誠を誓いましたが、我も同様です。で、まだあるのですか?」
「ああ、大樽、中樽、小樽に分けて山ほどあるから、ウピオルのアイテムボックスに今移したよ」
「なんと! 有り難く頂戴します。配下もさぞ喜びます。これなら300年以上分はあります。ふふふ」
20歳くらいの美女の姿をしたミカエル(熾天使)。ルシフェルの双子であり、シルヴィとウリヤーナをして「ルシフェルと違って、都市開発任務には向いてない‥‥」と言わしめた彼女は、突然アルフォンスに強烈なハイキックを放ってきたが、省エネモード結界に弾かれた。
続いて、各種属性の魔法攻撃も仕掛けてきたが、結界に接触した瞬間に雲散霧消して魔素に還元されてしまった。精神干渉魔法も効果がなかった。
魔法攻撃を受けているとき、アルフォンスは、これまで500頭以上のS級魔物を一撃で屠ってきた(自動追尾機能付きの)ウォータージェット10発を同時にミカエルに向けて放ったが、いとも簡単に避けられた。
「おぬし、なかなかやるのだ。妾は気に入ったのだ。マジックボックスの飲食物もな。認めてやろう、若よ」
「それは何よりだよ」
「で、弟ルシフェルよ、息災だったかの?」
「てめえが妹で、俺ちゃんが兄上様だっての」
「まだそのような戯言を‥‥」
60歳くらいの老紳士風の姿をしたテュポン(神龍)は、「ミカエルとの今の攻防戦で、若の実力の一端を知りました。何なりとお申し付けください」と慇懃な態度で接してくれた。
身長1メートルほどで可愛らしい兎人族の姿をしたヨルム(神獣)が「んあ、テュポンと同じ。ただ、マジックボックスの果物が少なかった」と不思議ちゃん的な対応をされた。
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飲食を楽しんでいるバルガスを思念伝達で呼んだのだけど、彼は事前にいろいろ察していて、酒は飲んでいなかったようだ。さすがだ。
「ちょうどいい機会だから、5歳年上の姉ソフィア(11歳)も呼んでくるね。もう既に僕の秘密を知ってて、計画を話したら、楽しそうじゃないの、と乗り気で」
アルフォンスの姉ソフィアは、王立魔法大学を首席で飛び級卒業した。ベクレラ王国のみならず他国においても天才との呼び声が高い。
「社交的だし、外交担当に適任かと思ってね」
シルヴィは、「しかし、今後も長く仲間として活動していくことを考えますと、辺境伯のご長女ともなれば、婚約などは大丈夫なのでしょうか‥‥」と訊いた。
「ああ、姉は男性に興味がなくて、同性愛者だから。家族も諦めているというか、婚約の申し出はすべて断ってるんだ」
「そうなのですね‥‥」
「まあ、ベクレラ王国ではいずれ同性婚も法的に認める予定なんだけどね」
「若であれば、いずれ辺境伯領のみならず王国の法律も改正できますものね。あるいは世界中の法律でさえも‥‥」
ソフィアに思念伝達で、転移してこちらに来るよう伝えた。
アルフォンス(アルベルト)、スプレーマ7人、バルガス、姉ソフィアの合計10人が集った。ここで、アルフォンスはこれからの計画の全てを話し、予想映像の共有も行った。
9人は驚きつつも、これから起こることの楽しさを想像し、わくわくして仕方がないようだった。
アルフォンスは、この10人のチームを「クルー」と呼称することにした。
(組・班・仲間、船や宇宙船の搭乗員などを意味する)
5時間ほどの大宴会の後、アルフォンスは思念伝達で「みなさん、すいませんが、酔った状態で話を聞いてほしくはありませんので、お酒による酩酊状態(一部は泥酔状態)を、アルコール分解魔術によって覚めさせてもらいますね」と伝えた途端、全員が酩酊状態から覚めた。
あっけにとられているドワーフ達に、「さて、みなさん、僕がみなさんをここにお連れしたのには理由があります。ここ南部都市ヴァルータは、魔物で溢れかえっていたために土地利用が不可能でした。でも今は魔物は存在しません。そこで、ここに世界最高の新都市をつくりたいのです。あ、食事やお酒は、異世界のものではなく、ここで作れるようにします。そのために、みなさんのお力も貸してほしいのです。スプレーマ7人とバルガスも協力してくれます」。
ドワーフ達は「そりゃあ楽しそうだ。全力で酒造り‥‥ だけじゃなくて都市開発に協力するぜ。つーかよ、なぜ架空の存在ともされるスプレーマ様たちは、その坊主を『若』と呼んでるんだい?」
シルヴィは「若は、若なのです」とだけ言った。
(当初、スプレーマ達7人は、異世界からの転生者であるアルフォンスが「何かとてつもなく面白い経験をさせてくれるかも」と期待して、半ば冗談で若と呼称しようと決めたのだが、今となっては、アルフォンスの壮大な計画を描く構想力、そして未だ底を見せていないだろう魔術構築力から、「半ば冗談」ではなくなっていた)
あまりに美しいシルヴィによる「若は、若なのです」だけで十分に納得したドワーフ全員は、シルヴィと『血の契約(改)』を交わした。
(『血の契約(改)』は強力な効果があるが、絶対的に信頼できるスプレーマ7人には必要がない。また、スプレーマ達の直属の配下にとっては『血の契約(改)』よりもスプレーマ達の方が恐ろしいので、やはり必要がない。例えば、アルフォンスの秘密を漏らすことで、スプレーマに魂ごと消滅させられて復活すら不可能となる。また、バルガスも信頼できるので必要ない。ただ、バルガスはまだスプレーマではないので、配下のドワーフ達には『血の契約(改)』が必要となる)
アルフォンスは、クルー9人に、今後の計画のうち、組織図・担当業務・担当者を具体的に説明した。
(縦割り行政の弊害を排すべく、情報共有による協調体制を必須とする旨も伝えた)
・人事庁。職業適性を含めた能力専用鑑定魔術で、多くの人材を集めて、適正な職業部門への配置を担当。(全員)
・軍務庁。軍事を担当。(熾天使ミカエル)
・情報庁。あらゆる情報を収集し、分析・監視・身柄確保・訊問を担当。いずれ他国から訪れるであろう諜報員や暗殺者にも対応。(大精霊ウリヤーナ、ヴァンパイア真祖ウピオル)
・外交庁。他国との交渉を担当。(姉ソフィア)
・財務庁。財政・経済・税・金融・通貨政策を担当。(アルフォンス)
・文化庁。娯楽・教育・研修、各種研究を担当。(神獣ヨルム、シルヴィ)
・食料庁。農業・漁業・畜産業・飲食業を担当。(シルヴィ)
・産業庁。林業・鉱業・採石業・製造業・運輸業・卸売業・小売業・宿泊業・観光業を担当。(神龍テュポン)
・建設庁。都市開発を含む建設業を担当。(悪魔ルシフェル、バルガス)
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「シルヴィ、食料庁と文化庁の担当だけど、直属のハイエルフは何人くらい協力してくれそう?」
「1,000人ほどは確実ですね。異世界の食事に興味津々でしたから、あれをこの世界で作れるとなると全力で協力してくれるでしょう」
「ウリヤーナ、情報庁の担当だけど、大勢の妖精達の協力を得て、ウピオルと共に担当してもらうけど大丈夫だよね」
「大丈夫に決まっとるがな」
「ウオピル、情報庁を担当してもらうけど、直属のヴァンパイアは何人くらい協力してくれそう?」
「少なくとも1,000人ほどは確実でしょうか」
「ルシフェルとバルガス、建設庁として、4年で新都市を完成させられるかな。最重要は食料なんだ。まずはエング辺境伯領の実力を世界に示すことが重要だから。分かりやすく飲食物でね」
「大丈夫だぜ」「大丈夫ですよ」
「あと、ルシフェル、直属の配下は何人くらい協力してくれそう?」
「100人くらいだな」
「ミカエル、軍務庁の担当だけど、直属の天使は何人くらい協力してくれそう?」
「私一人で十分なのだ。世界を滅ぼせるのだ。だから直属の1,000人は、適当に割り振ればよいのだ」
「テュポン、産業庁の担当だけど、そもそも神龍は世界に10体もいないけど大丈夫かな」
「邪竜は知性がないので駄目ですが、他にも龍種はいますので、1,000人ほどは協力してくれますし、ミカエル直属の天使もお借りすれば問題ありません」
「ヨルム、文化庁の担当だけど‥‥」
「んあ。獣人1万人ほどは確実。問題ない。教育は獣人たちに任せて、私は娯楽専門。シルヴィと」
「あ、ああ‥‥ あとは、みんな、人材をできるだけ探して欲しい。人材こそ宝だから」
「姉さん、外交庁担当だけど、まあ外交は数年は先になるだろうから、いろんな任務を手伝ってよ」
「分かったわ」
アルフォンスはスプレーマ7人に「シルヴィから異世界の飲食物が入ったマジックボックスを渡されたときに聞いていると思うけど、僕の計画実現のためには金品財宝が必要で、みなには提供して欲しいと思ってるんだけど、どうだろう?」と訊いた。
7人とも、特に個人的にお金を多く使うこともないし、どうしても必要な財宝以外は全て提供するとのことで、喜んでアルフォンスのマジックボックスに膨大な数の金品財宝を移した。
「本当にありがとう。無駄にはしないよ」
誰もアルフォンスが無駄に使うとは思っていなかった。
(財宝については、必要な一部を除いて、南部で得た魔物素材と一緒に「アルベルト・オークション 2」に出品されることになる)
「あ、それぞれの担当業務を行うに際して、僕のマジックボックスから好きなだけお金・魔物の素材・肉などは使ってもらっていいから。『勝手に使っていいよ部分』に入れておくから。ただ、お金については、4国以外の貨幣を優先的に使って欲しい」
全員が理解していた。
アルフォンスは、作成済みの精緻な都市設計図を9人全員と映像共有した。9人とも各自の記録媒体にそれを念写した。
さらに、3歳から6歳までの3年間、インターネットで閲覧して、農業、漁業、林業、鉱業、畜産、採石、建設、製造、運輸、卸売、小売、金融、宿泊、飲食、娯楽、観光、都市開発、医療など、各種技術に関係しそうな(日本語と英語の)書物を片っ端から10万冊ほど『再現』して、全て100冊ずつ『複製』しておいた。それらを担当任務に関係する担当者各自のアイテムボックスに移した。
全員が絶対的な極秘書物だと認識した。
そして、日本語と英語を、こちらの世界の共通語に自動的に翻訳して読める術式、および、能力専用鑑定術式を9人に付与した。
また、各自の直属の配下にも両術式が使えるように、切手ほどの大きさの紙に両術式を写し、その紙を配下の装身具などに押しつけるだけで術式の付与が可能になるよう、各自のアイテムボックスに1,000枚ずつ移した。
(術式は圧縮して1ミリほどの大きさなのだが、紙も同じ大きさにすると扱いにくかったり紛失したりするだろうから、切手ほどの大きさにしておいた)
(この日本語と英語の翻訳術式は、まさに「僕が死ぬ前に完全に消滅させるもの」に該当するな)
それにしても、とソフィアは考えた、「アルの計画は実現可能なのかしら。武力による世界制覇なんかだったら、スプレーマさん7人が揃っているので容易なこと。しかし、そんなことじゃない。確かに、実現のためにはスプレーマさんの存在は必要条件だけど十分条件じゃない。アルの前世でも実現していないのに‥‥」と。