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14話 会頭5人との『血の契約(改)』



 会頭らは全員が困惑していた。みな同じようなことを考えていたのだ。

 山ほど確認したいことがあるようでいて、同時に、確認せずとも条件のほぼ9割ほどの意図が理解できてしまう。


 しかも、仮に異論があっても、圧倒的にあちら側が有利で、昨日「銀貨2枚で仕入れて銀貨5枚で販売できる」という旨の提案がなされた時には、どうやらうまく彼らを利用して大儲けできそうだ、などとぬか喜びしていたが、利用されるのはこちらだったようだ‥‥


 購入者に対しての説明義務、これは相当に時間を要することになる。

 世の中には読み書きすらできない者も多く、そもそも『スマポ』という魔導具を初めて見るような者たちには使い方のイメージすら浮かばないだろう‥‥ 時間も場所も面倒なこと全てをこちらに押しつけられたか‥‥


 もちろんこちらが損をすることはなく、確実に利益も期待できるのだが、(おそらく高額となるだろう)数多くのアプリというものの販売権によって生じる莫大な利益と比較すれば、相対的に‥‥


 おまけに「アプリの解明を試みることは自由」か‥‥ 絶対に解明できないという自信の表れだな‥‥


 しかし、確かに利益は見込めるのだから、販売を断ることも得策ではない。

 では一体どの条件について譲歩を引き出せるのか‥‥

 こちらが譲歩を迫りたい条件について彼らが譲歩をすることなど絶対にあるまい。

 譲歩してもらわなくともよい条件に関する譲歩なんぞ無意味どころか、借りを作るという意味で有害ですらある。


 シュヴァン会頭は、秘書が運んできた昼食を食べながら、「支払い貨幣の限定? 貨幣ではなく通貨という言葉? エング辺境伯? 銀行? 融資? なんなんだ彼らは? 何を企んでいるんだ? 考えても分かるわけがないし、素直に教えてもくれないだろうが‥‥」


 ゲラティ会頭が思考放棄したかのように「ほんとにこの書類は消滅するのかな」と呟いたのを聞いたティボーデ会頭は言った。


「消滅する。さきほどの秘書を装った女性は世界トップレベルの魔法師だ。彼女がこの部屋を隈なく鑑定・探知したが、監視どころか何の魔法も魔術も発見できなかった。つまり、本当に監視すらしていないのであれば監視する必要もなく自動的に消滅させられる自信があり、逆に監視しているのであれば、あちらは世界トップレベルの魔法師の鑑定・探知をも欺けるレベルの魔法師か魔術師がいるということで、ならば書類の消滅くらい問題なく可能だということを意味する。そういうことだ。しかもおそらく彼らは秘書役の彼女の能力を見抜いたうえで、我々がこういう結論に至ることまで予想しているはずだ‥‥」



「というくらいのことは、あのティボーデ会頭であれば、今頃考えてるんでしょうな」とテュポンが(自身のアイテムボックスから取り出した、こちらの世界の)寿司を食べながら呟いた、公園の芝生に敷いたレジャーシートのうえで。


「テュポンは本当にお寿司が好きよね」と、シルヴィはピザ(マルゲリータ)を上品に食べながら、「それにしてもソフィアは堂々としていて素敵だったわよ」と素直に褒めた。 


「うっ、シルヴィさんにそう言ってもらえると、さすがに悪い気はしないですね」とはにかんだ。

「ちょっと、さん付けはやめてと言ってるでしょうに」


「いえいえ、伝説のスプレーマの皆さんに、様付けしないだけでも畏れ多いです。アルの姉である特権ですね」と舌をペロっと出して戯けた。

「何を言ってるのです、若の姉上というだけで我らがこうも親しくすると思っているのであれば、それは違いますよ」とウピオルが邪竜の血を醤油さしからオムライスに少し垂らして食べている。


「ウピオルさん達に会うまでは私も少し自惚れてたんですけどね。その頃の自分を殴ってやりたいですよ、まったく」


(神龍が寿司、吸血鬼がオムライスに邪竜の血、そう、青い空、緑の芝、邪竜の赤い血、そして醤油さし‥‥ 不思議な光景だな‥‥ でも姉さんもみんなも楽しそうで何よりだ)


「シルヴィ、いちご大福アイスクリームというのがあるんだけど、食べる?」

「有り難く」

「アル、私にも寄越すといいことがあるかもしれないわよ」

「はいはい。どうぞどうぞ」


 シルヴィはアルベルトが何かを彫刻しているのを見て「若、何を彫っていらっしゃるのですか?」と訊くと、「ああ、女神ペルーサーさんの彫像をね。良い木材や金属を、時間があるときに時々。こうして彫ってきたペルーサーさんの神像を、ルシフェルに頼んでヴァルータのいろんなところに、ほこらっていう小さな殿舎に安置してもらってるんだ」


「おーい、俺ちゃんを呼んだか?」と思念伝達でルシフェルが語りかけてきたので、「女神ペルーサーさんの神像と祠のことをシルヴィと話してたんだよ。都市開発は順調か? あまり無理するなよ、といっても無理する性格じゃないな、ルシフェルは」とからかった。


「おいおい、若よ、超大盛りカレー全部乗せってのは、俺ちゃんにとっちゃ、とんでもないシロモノなんだぜ。こっちの世界の料理じゃまだ一部乗せしかできんからな。ちゃんとやってるさ、能力専用鑑定術式で多くの人材を引っ張ってきて適材適所でな。バルカスも楽しくやってるぜ。夜は大吟醸!大吟醸!と大いに飲んでるようだが、二日酔いしない奴でな。あと、女神ペルーサーだが、結構多くの住民がそれぞれの作法で感謝を捧げてるぜ。若に言われたように、崇めるんじゃなく、何かを願うんでもなく、ただ感謝するってやつな。でも女神に術式とかインターネットとか強請った若がそれ言っても説得力がな‥‥」


「ルシフェルくん、世の中にはね、言わぬが花って、おいこら! 逃げやがった‥‥」



---



 指定時間の5分前に入室した。淀んだ空気であった。


 会頭らは質問事項をまとめた様でもなく、各自が思いつくままに質問し始め、ソフィアがそれに答える形での進行となった。


「マジックボックス容量が2リットルとの理由は?」

「魔力量が少ない人でもスマポを通常用途で1年ほど使うために必要な分の魔石が入る量を基準とした結果です」


「背面色彩変化とは?」

「スマポを使うために費やした各種料金によってスマポ背面の色がランクアップしていくように対応するものです」


「検収後の不良品がこちらの責任になるのは当然ですが、最初1年間の猶予を頂ける理由は?」

「販売開始後1年間は購入者が殺到すると予想されるため、検収を完全に行うことは時間的に困難かと考慮しました」


「アルベルト商会がスマポを販売する狭い地域とは?」

「具体的な場所はまだ申せませんが、アルベルト商会の本店場所の周辺が予定されています。皆様の現在の本店所在地と同じ国に当本店は置きません」


「アルベルト商会が、スマポを販売する地域を限定しつつ、アプリを販売する地域を限定しない理由は?」

「スマポ販売と異なり、アプリ販売には多数の広い店舗は不要で、販路がないという理由に該当しないためです」


「アプリを5年、我らにさえ公開しない理由は?」

「アルベルト商会が商売を展開していくのに皆様からのご協力が必要な期間を考慮した結果です」


「マジックボックスだけ20年間である理由は?」

「重要度が極めて高いこと、そしてある種の担保的な意味合いもあります」


「スマポ購入者に対する説明義務違反をした場合は?」

「皆様の商会に苦情が入って業務に支障をきたしたり、他の商会での購入を選択するようになるかと想定されますので、罰則などは必要ないと考えています」


「諜報員や暗殺者、妨害工作などと我らとの関係の証明はどのように?」

「皆様および多くの貴人の方々全員が納得できるものを準備致します。それに至らないレベルの疑惑程度では、双方にとって不利益の方が大きいと考えております」


「最初のアプリ以外のアプリの納品を我らに限定しない理由は?」

「スマポの販売は皆様に限定させて頂きますが、アプリについては他の商会や商人にも機会を与えた方が、スマポ市場が総体的に活性化し、皆様にも利があると考えた結果です」


「アプリ金額が8割との理由は?」

「価格が適正か否かを基準に検討した結果です」


 ゲラティ会頭が「価格が適正か否かをアルベルト商会が独断で?」と少し興奮気味に質問した。ティボーデ会頭は小さく溜息をついた。


「アプリ解明は自由と明記しております」

「解明など不可能に決まっている!」とゲラティ会頭が声を荒げると同時に、ティボーデ会頭がそちらを一睨し、「それ以上の発言は礼を失することになり、御商会の名誉にもかかわりますぞ」と釘を刺した。ゲラティ会頭の顔から血の気が引いた。


(ゲラティ会頭は優秀だがまだ若いため感情を制御できとらん。そんな質問をしてどれほど恥を晒すことになるかさえ計算できないとは‥‥ 親友でもあった前会頭が草葉の陰で泣いておるわ‥‥)


 ティボーデ会頭はこれまで一度も質問をしていない。質問する意味がないと理解しているからだ。


「ティボーデ会頭、ご配慮に感謝いたします。ただご遠慮は不要ですので、質疑応答を継続させて頂きます」


 ティボーデ会頭は、役者が違うとはこのことだと思わざるを得なかった。

 提示条件の裏にある真意の全てを理解した上で、どれも余裕をもって丁重に対応しておる。

 将来的な予定まで把握しておらねばこういう芸当は不可能だ。

 このお嬢さんがアルベルト商会の頭脳なのか。

 いや、違うのであろうな。

 若いのに別次元の優秀さに疑う余地もないが、まだ経験を積ませている段階といったところか、それも世界5大商会会頭を相手に。

 なんと奥深い組織であるか‥‥



---



「銀行とは?融資とは?」とシュヴァン会頭が好奇心から質問をしてみた。

「融資とは貸出を意味します。銀行というのは返済可能性を基準に貸出審査・貸出をする組織です」


「貸出ではなく融資という言葉を使う理由は?」

「いずれ『融資』と並ぶものの、似て非なる『出資』という概念が登場することに対応したものです。融資は返済の必要がある、出資は返済の必要がない資金調達方法といえます」


 ティボーデ会頭は内心「(もはやこれは啓蒙ではないか。彼らとしては貸出という言葉でも十分だったはずだ。これまでも自らの底力を誇示するようなことは一度もなかった。圧倒的強者の余裕というやつだ。啓蒙以外に考えられん‥‥)」と圧倒的な構想の差を思い知った。


「なんと‥‥ いや、もう結構です。これ以上のご教示を無償にて受けるわけにはまいりませんので」


 アルベルトは内心「(シュヴァン会頭には金融の才があるのだろう。好奇心こそ才能。いずれ僕たちのアルベルト銀行との2大銀行時代が到来する可能性もゼロではないけど、もし切磋琢磨できるようになるなら楽しくなるだろうな)」と考えた。


「承知しました。ところで、シュヴァン会頭のご質問に関連し、僭越ながらこちらから皆様に伺いたいことがございます。皆様の商会ではスマポは一括での購入のみを予定されていらっしゃるのでしょうか? 銀貨5枚(約5万円)を一括など、ほとんどの庶民には到底不可能なことです。貸出も分割返済も認めないとなりますと、購入者は極めて少数に限られてしまいます。それでも少なからぬ利益は出ますでしょうが、アルベルト銀行が貸出制度を準備している理由は、数年以内に種族を問わず、7割以上の人が当然のようにスマポを利用している未来を夢見ているからです」


 ティボーデ会頭は俯いた。自らの不明を恥じて。

 そうなのだ、庶民に説明するのに必要な時間と場所を押し付けられたなどと考えたが、そもそも銀貨5枚をポンと出せる庶民がどれほどいるというのだ。なんと浅はかな‥‥ ワシはそろそろ隠居すべきだな。長男をアルベルト商会の錚々たる面々に引き合わせるために、今後このような会合があれば必ず同行させよう。あの聡明な長男なら、彼らに会うだけでも得るものがあるはずだ。


 ティボーデ会頭は「仰る通りですな。我が商会は、貸出と毎月の分割返済を検討することにしましょう。3か月の返済不能状態を発動条件とした隷属魔法を用いても、スマポのためであれば納得されるでしょう。むろん酷い奴隷扱いはせず、返済不能だった分を労働による給与で返済すれば直ちに隷属を解きましょう」


 世界最大手であるティボーデ商会フランシス・ティボーデ会頭の言葉は重く、他の4会頭も続いて賛同したのだった。


(ティボーデ会頭はさすがだな。僕が提唱しようとした方法をあの短時間で完璧に考案して言明までするとは)


 ソフィアは「では、本会合における話し合いの結果をまとめた契約書を本日中にまとめ、皆様に提出し、明日には『血の契約(改)』を交わしたく思います」と会合を見事に締めたが、淡々とした態度は崩さなかった。

(もちろん『血の契約(改)』の内容は説明した)


 翌日、アルベルトは、アルベルト商会の本店をベクレラ王国エング辺境伯領の南部に置くことを明かし、シルヴィが会頭5人と滞りなく『血の契約(改)』を交わしたのだった。


 アルベルトは思った。

 シュヴァン会頭は融資や銀行というものに興味をもっていた。僕たちが部屋を退出した後の昼食時に書類を読みながら気付いたのだろう。慧眼だ。

 とすれば、貨幣と通貨という2種類の言葉があることにも間違いなく気付いたはずだ。でも、銀行・融資・出資などに関するソフィアの詳細な説明を聴いてしまって遠慮し、貨幣と通貨については質問しなかった。

 しかし、シュヴァン会頭は、他の何を訊かずとも、貨幣と通貨についてだけは訊くべきだった。訊かなかったことを後に後悔することに‥‥ いや、あのシュヴァン会頭なら「なるほど!」と喜ぶかもしれないな。



 アルフォンスは南部都市を「ヴァルータ」と名付けたが、それは、前世での北欧の言葉で、「通貨」を意味するものだった。



 解散後、アルベルト達はヴァルータに転移して戻った。



 ※通貨・貨幣・紙幣については異なる定義があるが、ここでは分かりやすく、前世の日本の造幣局が使っていた定義に従い、「通貨=貨幣(硬貨)+紙幣(お札)」とする。



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