11話 複合娯楽施設
都市ヴァルータの開発が進むなか、ヴァルータで大人気となったものを複合娯楽施設として、(第1回「アルベルト・オークション」が開催された)マーキュリー商業国で、実験的に運営してみることにした。
アルベルトは、マーキュリー商業国へ転移し、オークション時の担当者だった商業大臣オーブリー・ジラルデ侯爵に面会を求め、ヴァルータの複合娯楽施設の設置・運営を申請してみた。
施設の内容については口頭で説明しても理解が困難であろうと思っていたので、前世でのタブレットのようなガラスのモニター(光学術式・録画録音術式)で見てもらったところ、大いに興味をもってくれ、二つ返事で許可してくれた。
ただ、「できれば貴族を含む富裕層用と、誰もが使える一般用の2種類を設置して欲しい」と要請されたので、承諾した。施設の立地は、それぞれに合わせた広くて良い場所を提供(賃貸)してくれた。
運営責任者としては、ルシフェルの直属の配下2人を選び、富裕層用施設にはアザゼルを、一般用施設にはベリアルを、それぞれ任命した。2人とも人間の容姿に変身し、さらに建設に従事するドワーフ達も人間の容姿に変身した。
(ドワーフの存在がテフヌト教国に知られてしまうには時期尚早だったからだ)
複合娯楽施設の内容は、1階をフードコート、2階をボウリング場、3階をスーパー銭湯とした。
まず、フードコートであるが、シルヴィが担当した食料庁での、農業・漁業・畜産業が著しく開発が進んでおり、異世界飲食物の全てではないが、かなりの部分を完成させるに至っていた。
なお、こちらの世界で栽培・育成した食材には魔素が含まれ、調理した食事は、旨みが増したとのことで、みなは大いに喜んでいた。
(カロリーの過剰摂取には注意して欲しいものだ‥‥)
フードコートのメニューは、寿司、カツカレー(各種トッピングあり)、オムライス、各種ラーメン、ピザ、うどん、蕎麦、お好み焼き、たこ焼き、焼きそば、カツ丼、牛丼、豚丼、天丼、グラタン、各種パスタ、チャーハン(炒飯)、すき焼き、そして各種定食(とんかつ、焼き肉、唐揚げ、ハンバーグ、餃子、生姜焼き、天麩羅、焼き鳥、麻婆豆腐、しゃぶしゃぶ、エビフライ、串カツ、エビチリ、酢豚)。さらに多種多様なスイーツ、ジュース、酒などなどである。
これらは、フードコートで調理するのではなく、ヴァルータの巨大施設で調理しておいたものを(温かいまま、または、冷たいまま)大容量マジックボックスにいれておき、フードコートで注文されれば、直ちに物専用転移門で配送される仕組みとなっており、客はほぼ待たずに、実質的に調理仕立ての食事と飲み物を楽しむことが可能となる。
(フードコートと調理施設との注文情報の伝達方法については、いずれ大々的に売り出されることになる商品の機能を一部利用している)
次に、ボウリング場であるが、(意外と言っては失礼だが)ヨルムが担当したボウリングが大人気となった。光学魔術によって自動的にスコア表示もされる。
ただ、種族によって指のサイズなどが異なるため、ドワーフが木材を圧縮して球形にし、その場で各人の指に合った、好みの重さのマイボールを数分間で作成する技術開発に成功した。大量生産により価格が非常に安かったため、ほとんどがマイボールを注文して買っていった。
最後に、スーパー銭湯であるが、テュポンが担当した産業庁で、観光業の一環として設営したこれも大人気となった。
そもそも風呂は富裕層の家にしかないので、大きな浴場というのは誰しもが憧れるものなのだった。特に女性には、石けん、シャンプー、トリートメントが大好評だった。
なお、ヴァルータでは、汚れのみを食べる洗浄専用スライムを養殖しており、非常に有益な役割を果たしてくれている。
改善を繰り返し、例えば使用済みの食器類などを洗浄専用スライムに与えると、油汚れまでをも完璧に落としてくれる。鑑定すると、人が手洗いするよりも遙かに清潔であるとの結果が出た。
フードコートでは、テーブルにあるボタンを押すと物専用転移門が開き、使った食器類をそこに入れると、全てのテーブルにつながる大きな「洗浄専用スライムのプール」がヴァルータにあり、自動的に洗浄して、自動的に食器別に分類配置されるようになっている。
(スライムの食事にもなって一石二鳥だ)
また、スーパー銭湯でも、湯は常時環流されているが、環流の途中に「洗浄専用スライムのプール」があり、体から出た汚れまで全て食べてくれる。
運営責任者であるアザゼルとベリアルの指揮の下、施設は2つとも3ヶ月で完成した。
入り口で、(ジラルデ商業大臣に見せたのと同じような)ガラスのモニターで施設利用方法の説明(料金体系や入浴前に体を洗う作法など)を2分間ほど見てもらう。
料金体系については、1階のフードコートのみの利用であれば無料である。食事や飲み物の対価のみ支払いをすればよい。
2階のボウリング場の利用のみの場合も同様で、ゲーム数に応じた対価のみ支払いをすればよい。ただ、マイボール作成や貸靴は別料金だ。
3階のスーパー銭湯は1時間単位での料金となるが、これはかなりの混雑が予想されたためで、そのうち料金体系を変更するかもしれない。時間帯によって料金を変えることもありえるだろう。
開業初日、2つの施設ともに長蛇の列ができた。アルベルトの名声もあったのであろう。
そのような状況が3ヶ月ほど続いた。その後は数時間待ちというような状況ではなくなったが、それでも盛況で、十分すぎるほどの利益を出し続けた。
(石けん、シャンプー、トリートメントは女性に大人気で、特にシャンプーとトリートメントについては、ドワーフが薄い金属でボトル式のものを作り、その便利さもあって飛ぶように売れたようだ)
アルベルトは、複合娯楽施設の開業前、ジラルデ商業大臣とその家族(合計5人)に無料で年間パスポートを贈っていた。
年間パスポートはかなり高額であるが、「列に並ばず優先的に入場できる。全ての施設を半額で利用できる。今後設置されるどの国の複合娯楽施設でも利用できる」という利点があり、さらに、高額であるがゆえに、その保有はある種のステータスシンボルともなった。
また、2年目は初年度の1割引の金額となり、3年目は初年度の2割引の金額となる。4年目以降は3年目と同じ金額のままだが、年間パスポートは購入年から毎年「色が変わる」のだ。
施設の入り口に経年毎の色が掲示されているので、どの色の年間パスポートを持っているかもステータスシンボルとなるのである。
ジラルデ商業大臣と家族は、フードコートもスーパー銭湯もボウリングも大いに気に入り、特にジラルデ商業大臣はボウリングにのめり込み、週2回は施設を利用していると後に知ることになった。
(仮にも商業国の商業大臣がそれでよいのかとの心配が‥‥)
この複合娯楽施設は、周辺国家においてもかなりの評判となり、多くの国から有利な条件で誘致がなされた。
ひとまず、ベクレラ王国の王都からの誘致は受けた。
こちらもマーキュリー商業国と同様に、広大で良い立地を2カ所(格安で)提供された。
担当の産業大臣には年間パスポートを5人分贈り、同氏を通じて国王には10人分を贈っておいた。
ベクレラ王国の王家や貴族達も富裕層専用の複合娯楽施設に何度か行き、大変気に入ったらしい。後に産業大臣を経て礼状と高価な短剣が届けられた。
アルベルトが定住場所を持たないことはよく知られており(というか、ヴァルータにいるのだが、まだヴァルータが公開されていないため)、連絡先はマーキュリー商業国のジラルデ商業大臣が引き受けてくれ、思念伝達で連絡をしてもらっていた。
こちらから施設の設置を申し出るのではなく、王都から誘致されることが重要だった。ここで小さいながら1つ恩を売ることができる。
アザゼルとベリアルにはそれぞれ信頼できる者に運営責任者を引き継がせて、王都の新たな2つの運営責任者に任命した。2回目ということもあり、2人とも2ヶ月で完成させた。
こちらもマーキュリー商業国と同様に大盛況となった。
さて、多くの国から有利な条件で誘致がなされたことは喜ばしい。
応じることは可能であったが、最大の懸念は、大手商会による妨害工作であった。
大手商会は各国の国王や上級貴族とのつながりが強い。陰に陽に妨害される可能性を懸念した。
もちろん、いかに大手商会といえど同じ施設をつくることは不可能である。フードコートもボウリング場も模倣はできない。
スーパー銭湯だけなら模倣はできるだろうが、コスト的にこちらの施設に対抗することは不可能で、むしろスーパー銭湯をつくるようならこちらからすぐ近くに複合娯楽施設をつくって叩き潰すくらいのことは難しくない。
このように模倣は不可能だとしても、様々な手段を使って妨害してくることは容易に想定できる。新参者はそう簡単には歓迎されない。
しかし、対策はずっと以前から考えてある。
こちらに手出しできないほどの利益を供与すればよい。
(ついでに「あの商品」はアルベルト商会で販売するよりも、5大商会に任せた方が圧倒的に普及が早い)
アルベルトは、S級ソロ冒険者として、また、オークション単独出品者として、さらに今回の複合娯楽施設の経営者として、つまり、武力・財力・経営力を兼ね備えた、世界的に有名な人物となった。
そのメリットは、世界5大商会と交渉のテーブルに着くことが可能であることだ。
(あくまで「交渉のテーブルに着くことが可能である」だけで、対等に交渉できるということではない。ただ、アルベルトは以前から開発してきたある商品によって圧倒的有利な立場に立つことになる)
アルベルトは、(オークション開催国の担当者として各国の貴人や著名人と交流がもてたこと、および、年間パスポートの件で恩を感じてくれている)ジラルデ商業大臣に、世界5大商会の会頭全員との会合(場所は一任で、こちらは5人が参加)を設定してくれるよう依頼しところ、快く引き受けてくれた。
マーキュリー商業国は大国とはいえないが、商業国であるがゆえに、大商会との関係は昔から深く、中規模以上の商会は例外なくマーキュリー商業国に本店または支点を構えており、大商会としても商業大臣の依頼を無下に断ることはできないのだった。
会合での用件はあえて伝えなかったが、5大商会としてもアルベルトほどの有名人と面識を得ることで損はしない、くらいの考えはあるはずである。
ジラルデ商業大臣に依頼して4日後、「1週間後の午後2時にマーキュリー商業国の商業省会議室にて会合を行う」ことが決まった。
こちらは、アルベルト、姉ソフィア、シルヴィ、テュポン、ウピオルの5人の参加とした。
(ウリヤーナ、ミカエル、ルシフェル、ヨルム、バルガスら5人は映像音声共有にすることにした)
ソフィアは、エング辺境伯家の人間だと発覚すると面倒なので別人に変身してもらい、残り3人も完全な人間の姿に変身して、そしていつも通り4人とも魔力を完全に制御することにした。
8人と異なり、いくら天才といえどソフィアは人間の若い女性なので、アルベルト(アルフォンス)が使っている省エネモードの結界魔術(物理攻撃耐性・魔法攻撃耐性・精神干渉耐性、さらに身体に害のある毒物・ウィルス・細菌・寄生虫への耐性)や各種鑑定魔術を、ソフィアのミスリル指輪に付与しておいた。