01話 魔術を選択
この広大な真っ白い空間はどこなのか、目の前に座っているいかにも幸の薄そうな、どうにも気力に乏しい雰囲気の、半透明な美しい女性はいったい誰なのだろうと、藤木康光は疑問に思った。
そして、なぜ俯き加減で申し訳なさそうな表情をしているのだろう‥‥ とも。
「あの‥‥ はじめまして、わたしは女神のペルーサーといいます。あなたのように違う世界から転生してくるという初めての出来事に、天界の女神達も大いに困惑していまして‥‥ それで、わたしのような微力な者が対応することになりまして‥‥」
「はぁ‥‥ はい‥‥」
「その‥‥ あなたの記憶を確認したのですが、残念なことに、あなたは元の世界で過労によって亡くなったようです‥‥」
(あー、金曜の夜にクライアントが「この資料を月曜の朝までに完成させてください!」ってメールで丸投げ(して当の本人は脱兎のごとく飲みに行く)というよくあるパターンで、すでに疲労困憊していたところに追い打ちを掛けるようにエナジードリンク大量摂取の徹夜続きでポックリか‥‥)
転生に際してこちらの世界で何かお望みはありますか、と女神ペルーサーは確認した。
(どうやら選択肢はなく、転生確定のようだけど、いいのか、その問答無用っぷり‥‥)
康光はひとまずこちらの世界がどのような状況なのかを質問してみた。
文明レベルは産業革命(前世での17世紀と18世紀の間)以前であり、人間以外にも様々な種族(亜人や獣人など)が存在するようだ。魔族も魔物もいる。魔法もある。
魔法の他にも魔術というものもあるようだが、(魔術の修得には膨大な時間がかかるために)すでに数百年前には廃れてしまって、今では魔法を使用する際に詠唱と魔法陣に魔術式が使用されているくらいとのことだ。
それも数百年前から変化していない魔術式だけを、誰も術式の意味も理解しないまま使用しているだけで、魔力量によって魔法の威力が決まるため、魔力量によってその人の価値がほぼ決まるのだそうだ。
康光は「私の魔力量を多くしてもらうことは可能なのでしょうか?」と質問してみたが、「残念ですが、わたしの神力が弱いために、魔力量を上げるということは不可能なんです‥‥ 本当にすいません‥‥」
(うーん、魔力量によって価値が決まるというのに‥‥ しかし、魔術というのは面白そうだ)
「では、私が脳内でイメージした魔術の術式を自動的に構築することが可能になるような能力を授けていただくことは可能でしょうか?」
ペルーサーはしばらく考えた後、「分かりました、それであればなんとか可能です」と。
「あの‥‥、欲張りなのは承知ですがもう一つだけ。前世でのインターネットで買い物ができることまでは不要ですが、インターネットを閲覧だけして、こちらの世界で私の魔術によって『再現』することは可能でしょうか。あ、もちろん、兵器とか、人間や生きた動物などは『再現』しません。あと、前世での自分の持ち物だけは持ち込みたいのですが‥‥ それらをこちらの世界で一般に流通させるようなことは絶対にしませんので‥‥」
ペルーサーはなかなか決断できず、長い時間考え続けていた。もう何千年もここまで思考したことがないくらいに。
それは、自らが微力であるために、魔力量に関する望みを叶えてあげられない不甲斐なさによって生じた、望みはできるだけ叶えたいという気持ちからだった。ただ、無条件では心配も残る。
「そうですね‥‥、では、あなたの望みを叶える代わりにといっては何ですが、2つ条件をつけさせてください。1つ目は、あなたの寿命は、前世でのあなたの国の平均寿命を上限とします。2つ目は、あなたがこちらの世界で亡くなった後も、文明が衰退するようなことがないように行動することです。それでもよろしいでしょうか?」
(1つ目の寿命については何も問題ない。というか、既に前世で29年間も生きていたのだから、長すぎるくらいだ。2つ目は、前世のものなどを『再現』してただそれを流通させるのではなく、自分が死んだ後でもこちらの世界で継続可能な技術を発明していかなければいけないという制約だけど、こちらの世界に転生人という異物が突然乱入したことを考慮すれば、むしろ当然の対策といえるだろうな)
「はい、それで結構です。本当にありがとうございます」
「それでは‥‥ えー、お元気で‥‥」
(コミュ障なのかな‥‥ そうなんだろうな‥‥)