14 僕たちはみんな役を演じている
14 僕たちはみんな役を演じている
上条春樹
暎万のことが心配で、静香さんに相談したらあんなことを言われて、話も半ばで飛び出してきてしまった。最初の動揺がだんだん落ち着いてきて、それから、妹を見ていると、やっぱり自分にはもうどうしようもないことなのかもしれないと思い始める。
そう、多分静香さんは正しい。彼女はプロだし。
どんなに家族が心配しても、何かしてあげたいと思っても、人というのは一人の人間として大きくなってくるもので、小さな頃ならともかく、大きくなってきた人の問題、全てを家族が解決してあげられるわけではない。つまりは、暎万も俺も大人になったということだ。大人になった子供というものは、家族のもとを離れて、そして、新しい家族を作るのだと思う。その相手は、家の外にいる。
子供の頃には、家の中だけで満たされていたものが、ある時期を境に満たされなくなり、そして外に向かうのは何故なのだろう?そして、そう、妹が俺より先に外へ向かおうとしていることで、俺は取り残されたような気になっているのだと思う。
妹を支えるのが俺ではなくて片瀬君になった場合、俺はきっとバランスを崩してしまう。
自分の役割を他人に取られる。それは怒りとか恐怖ではなくて、最初はただの違和感。
暎万の問題を解決するのが俺や親父以外にいることに対する強い違和感。そんなはずはないという信号のようなものが点滅する。家族が一番妹のことを理解してそしてずっと近くにいたのだから、それを家の外から来たやつに譲ることに対する強い違和感。
だって遠いあの日だって片瀬君は何もしなかった。
そして、その後にふと思う。
いや、片瀬君に自分は何もさせなかった。
そのことに驚いた。本当に。何か無意識の意図があったのかなかったのかそんなことは全然わからない。ただひたすらに、妹を家族という安全なカゴの中にしまうことが、そして、危険なものから遠ざけることが暎万のためになっているんだと、あの時、そう思った。もちろん誰だって、俺以外の人だって同じような立場に立たせられたら、同じことをするのではないか。
でも、それが本当に正しいことだったのか、こんなに時間が経ってわからなくなった。もし、静香さんのような人がそばにいなくて、彼女と話していなかったら、一生だって気づかなかっただろう。
これがきっと彼女の言っていたそれぞれの真実なのだろう。
真実なんてどこにも本当はない。ただ、俺の中の真実はいつも暎万を妹を守るという名目のもとに問題から遠ざけることだった。それは、暎万が望んだことだったのだろうか?それとも、俺が?
しっかりしたいいお兄ちゃんでいることが俺の小さな頃からの存在意義だった。
でも、生まれた頃から自分はしっかりした人間だったのか?おそらく違う。でも、自分は甘ったれた弱い小さな自分という記憶を持っていない。甘ったれていて弱いのはいつも自分ではなかった。それは暎万だった。
自分の中には一つの絵がある。
何かわがままを言ったり、泣いたり、甘えている妹の周りに家族がみんな集まっている絵。それをこちらから見ている俺。
「春樹」
離れている俺を母親が呼ぶ。俺は呼ばれて近くに寄る。そして、その妹を囲む周りのうちの一人に加わる。本当は、俺も中心に加わりたかった。
多分、俺も本当は中心に加わりたかった。
自分でも思い出せないような遠い昔に、どうしてもそれができなくて、妹と同じようにわがままを言ったり、泣いたり、甘えたり、それがどうしてもできなくて、そして、自分のするべき役割を求めた。妹とは違う立ち位置。それが、いいお兄ちゃんだった。決してわがままを言わず、しっかりとしているお兄ちゃん。
成績も優秀。学校でも親に知られるような部分では問題は起こさない。手のかからない長男。親には全然見えていない。俺ができないこと。俺にできないことがあるなんて、多分親は知らない。俺は人に弱みを見せることができない。泣くことも甘えることも、わがままを言うことも。
いつのまにか親は、俺のことを一番知っているようでいて、一番知らない人になった。
家族というものは不思議な関係だと思う。近いようで遠く、遠いようで近い。
それは、俺が俺という人間を演出して、その役を演じているからです。
いつのまにかそして、本当の自分を親は知らなくなるんだ。だからきっと、大人になると人は親のもとを離れて、外に新しい家族を探しに出る。本当の自分を見てくれる人を探しに。
誰もがきっと多かれ少なかれそういうものなのだと思う。
普通は演じているということにすら気がつかずに、人は一生を演じきっていくものなのではないのかな?俺は気づいてしまった。静香さんが気づかせてしまった。
彼女がいう前にためらっていた。その理由がいまになってわかる。静香さんにはずっと俺のことが見えていたんだ。彼女はそういう人だから。彼女に隠し事はできない。そして、心配してたんだ。俺のこと。
それは一体どういう意味の心配だったんだろう?そこにいつも俺は期待をしていた。淡い期待。叶うはずがないと自分に言い聞かせながらも、そっと静かに心の奥の方で期待していた。けれど、それはやっぱり、弟に対するような気持ちだったのだろう。
もう、そういうことにしておこうと思う。無理に覗くことなんてない。人生の中で起こる出来事のすべての裏側を。
暎万にとって自分が必要ではなくなるのと同時に、俺は、静香さんを失うのだろう。そして、一人ぼっちになってしまう。本当は自分は強がっているだけ。誰かに寄りかからないと生きていけない弱い人間なのに。頼りたい人に助けてということもできず、ずっとその後を追いかけてきた。そんな自分がとても惨めで哀れに思えた。
だけど、一度たった一人になって、そこから始めるべきなのかもしれない。自分の再構築のようなもの。もう、大人になったのだから。
俺は静香さんに電話をかけた。
「この前、言ったこと、全部忘れてください」
電話の向こうで静かに俺の言葉を聞いている彼女の姿を瞼の裏で想像した。
「すごく嫌だったけど、でも、静香さんが言っていたことは正しいと思う。受け入れます」
「春樹君……」
「妹の相談にのってあげてくれませんか?あいつ、今、手助けが必要で。でも、俺にはできないから」
受話器の向こうから聞こえてくる彼女の声を自分の記憶に刻みつけた。何度となく耳にしてきたやわらかな音。独特な響き。美しい思い出になればいい。いつか、先の未来に。
彼女は僕の申し出を承諾してくれた。




