1 恋愛に興味のない19歳
この作品は、2020年年末に書いた作品です。新人賞に応募した関係で現在まで掲載をせずに保管されていました。
私の2020年版の短編集 4 妹を迎えに で初登場した 高校生の春樹君と中学生の暎万ちゃん。その後も二人は短編集の中で活躍し、成長してきました。そして、その短編を書くうちに、このかみさまの手かみさまの味の構想がだんだん浮き上がってきました。
本作かみさまの構想がだんだん固まりつつある時に、なぜかフライングで書いた短編が三つあります。
やはり2020年版の中にある 体重計、毒を食らわば、結婚詐欺の三遍です。これは かみさま本編よりも未来の話になります。
そこで本作の男性側の主人公であるひろ君が初登場しました。
この3作はかみさまのイントロにあたる作品でした。
作者本人が本作よりも未来を先に書き、そして、ひろ君と出会った。
初めて知り合ったとは思えないくらい昔馴染みのようなキャラになりました。
本作の主人公は3人
暎万ちゃんとひろ君、そして、春樹君です。
恋人たちの出会いの話だけではなく、兄弟の話、二つの柱で成り立っています。
この後にしあわせな木が生まれ、スカートや木漏れ日、しあわせな木の後の短編が続きます。
そこでなぜ春樹君があんな風に感じ、あんな風に行動したのか、完全に理解するためには、お兄ちゃんとしての春樹君をこのかみさまの手かみさまの味で読んでいただけたらと思います。
汪海妹
2021年9月9日
会社の昼休みデスクより
1 恋愛に興味のない19歳
上条暎万 大学一年生 19歳
「暎万」
大学の教室で最後の講義が終わった時、友達のすみちゃんから声が掛かった。
「今日、覚えてるでしょ。夜」
「ああ」
久しぶりに外部の大学へ進んだもとちゃんも一緒に集まろうと言っていた。
「覚えてる」
「じゃあさ。約束の時間までちょっとあるからさ。買い物付き合ってよ」
そう言われて約束の時間まで買い物に付き合う。ああでもないこうでもないとなかなか決まらない。この子は優柔不断なの。でも、別に構わない。潰さなければならない時間があるから。
「ね、暎万、これ可愛くない?」
すみちゃんが売り物のTシャツを一枚胸にあてて見せてくる。
「うん。かわいい」
「ほら、色違いもあるよ。ね、お揃いで買わない?」
「……」
一瞬だけ無表情になった。そのTシャツの袖はふんわりと腕を隠す形ではなくてぴったりとしててそれに短い。その袖、自分には無理。この子と並んでそれ着ろっていうの?この腕で。
「いや、すみちゃんは似合うけど、わたしは無理」
そう言って笑った。すみちゃんはちょっと深刻な顔をした。次の瞬間、すみちゃんのスマホが鳴った。
「ん?ああ、わかった。今から行く」
「誰?もとちゃん?」
「ああ、うん。もうみんな揃って待ってるって」
行こう行こうとすみちゃんは歩き出す。背中についていきながら思う。みんな?今日はもとちゃんとすみちゃんとわたしの三人ではないのか?
少し怪訝に思いながらも彼女について歩いていると、不意にすみちゃんが呼びかけてきた。
「ね、暎万」
「なに?」
「あんた、自分で自分のこと無理とか言わないでさ。今のままでもかわいいけど、自信ないならダイエットとかしたら?」
「……」
エスカレーターに乗って一段上から振り向いてこっち見てくる。すみちゃんはちょっとバツの悪そうな顔をしていた。でも、まだ続けた。
「自分に自信持って、彼氏とか作りなよ」
「いや、いっつも言ってるじゃん。わたしはそういうの興味ないんだって」
「ねぇ、彼氏とかは、まぁ、作んないでもいいけど、暎万はかわいいのになんでもっと自信持たないの?」
「……」
「暎万が痩せたら、わたしももとも叶わないって昔っから言ってるのに」
それを聞いてはははははと笑った。
「食べるの好きだから、痩せるのなんて無理だよ」
すみちゃんはため息をついた。
「いっつもそう言ってごまかしちゃうんだから」
「いいの。いいの。わたしは別に」
「でも、そんな暎万でも恋をすれば変わるかもだよね。わたしやもとが言ってもダメでも、好きな人のためならさ」
すみちゃんが小悪魔的な顔をした。そういう顔は彼氏のためにとっておけばいいのに。でも、かわいいな。
店について中に入る。なんだか居酒屋なのです。珍しいな。このメンツで居酒屋。ま、別にいいけど。
「お待たせー」
すみちゃんがもとを見つけたらしい。手を振りながら奥のテーブル席に向かって歩いて行く。背中からついて行って、彼女の背中越しに席の様子を見たときにやられたと思った。
「ごめんね。遅れちゃって」
「どーもー」
もとちゃんの前に男の子がいる。三人。一人はすみちゃんの彼氏じゃん。写真見せてもらったことがあるからわかる。
「もう、遅いよー」
わたしたちに向かってそう言うもとちゃんの声がよそいきです。はずんでるし。
「ごめんごめん」
もとちゃんの横にすみちゃんが座る。しょうがなくわたしもすみちゃんの横に座った。
「暎万、久しぶり」
もとちゃんがすみちゃん越しに手を伸ばしてわたしの肩にそっと触れて、そしてにっこり笑った。
「久しぶり」
もとちゃんは最近付き合ってた彼氏と別れたばっかりで、今日はそれを慰める会ではなかったんかい。こっそりため息をつきながら、自分の前に置かれているお通しと箸置きに置かれた割り箸を見る。
「こんばんは」
目の前にいる男の子が笑いかけてくる。上目遣いにちらっと見た。すみちゃんが笑いながらその子に話しかける。
「こんばんはー。久しぶりだね。加藤君、えっとこっちは?」
「高梨です」
「どーもー。で、こっちがわたしの彼の……」
「よし君」
「あ、そうそう、よし君」
毎日のように聞かされてますから本人に会うのは初めてだけど、名前は知っている。
「ええっと、倉田です」
彼女ではない女の子によし君と呼ばれるのは居心地が悪いのか、よし君は自分で自己紹介し直した。
「どうも、上条です」
「ちょっと暎万、そんなぶっきらぼうににならないでも」
早速お叱りを受けた。
それからの二時間弱を借りてきた猫のように過ごす。誰かが寒いから鍋を食べたいと言って、六人で一個寄せ鍋を頼んだ。喋ることもないし、ひたすら鍋奉行をして、皆の器に取り寄せて時間を潰した。
男の子が怖いまではいかないんだけど……。でも、一緒にいて楽しいと思える人がいるのか疑問。無理をしながら、苦痛な時間を過ごすくらいなら、1人でいたほうがいい。いいんだけど、周りの女の子達には彼氏が普通にいて、自分だけずっとそういうことがない。
そして、女の子の友達というのはときどき気を使うんです。昔はなんだってみんなで話をしたけれど、最近はわたしがいるとしない話がある。お子様の耳には入れられないようなことをみんな普通にしてるわけで、そんなことは全く免疫のないわたしには聞かせられないわけで。
だんだん無理がでてきてる。みんなも不便なわけで、ときどきこうやって頼んでもないのに、男の子紹介されたりするわけ。
ときどき思います。誰でもいいから、一回誰かと適当に付き合えば、みんなもああ、暎万もわたしたちと同じ普通の女の子だったってことで、また、仲間入りさせてくれるんじゃないの?
めんどくさいから、この中のどれかと。
今日来ている中、よしくん外して、高梨君と、加藤君。二択だ。
ぐつぐつ煮えてる湯気越しに向こうを覗くと、高梨君はもとと盛り上がってます。この状況からいくと二択にもならない。消去法でこの加藤君しか残ってないみたい。
そういう目でじっと見てみた。普通の大学生。地味ではなく、派手すぎず、無難な……。
「あの、なにか俺の顔についてる?」
「……」
「なんか今じっと見られていたような」
「すみません」
「あ、いや、謝らなくてもいいけど」
横から不意にすみちゃんが抱きついてくる。胸が腕に思い切りあたってるって。女同士でもやめていただきたい。
「暎万はさ、あまり男の子慣れてないから、ちょっとおとなしいけど、すごいおもしろい子なんだよー」
「慣れてないって、彼氏とかいたことないの?」
「もったいないでしょ?わたし、結構暎万はモテると思うんだけどな」
「モテたりなんかしないよ」
「どうして?」
前にいた加藤君がにこやかに笑いかけてる。
「わたし、変な人だから」
「どんなふうに変なの?」
ああ、なんかめんどくさい方向に話が転がる。口を開いて自分の変さ加減について語ろうとすると、横からすみちゃんが……。
「暎万はね、食にこだわりがある子で、お料理が趣味なの」
ぶったまげた。思わず大きく目を見開いて親友を見た。
「ね、暎万」
「はい」
前半は嘘ではない。料理もする。でも、どっちかっていうとわたしは食べるのが趣味。なんだ?この言い方を少し変えると、ガラリと変わる印象。この人、プロデューサーかなんかなの?もて女子プロデューサー。
すみちゃんが会話に割り込んでなかったら、東京近郊の人気ラーメン店のリアルタイムのランキングを誦じることができ、車なしで行けるとこは制覇していることを暴露し、なおかつ車出せたら、行けてないとこ連れてってと言うところだった。おそらくそれで女子として沈没してたでしょう。
「あ、道理でさっきから、鍋の扱い方がちがうと思ってた」
加藤君がのってくる。話すことないからやってただけだけど。
「でしょ、でしょ」
すみちゃんが、話を更に事実とは微妙に違う方向へ転がしてしまう。きっと加藤君の想像の中では、わたしは家庭的な女子力の高い女子になってしまったに違いない。
眉間に皺がよる。
それ、わたしじゃない。いくら男の子と付き合うためとはいえ、らしくない自分を演出しなきゃいけないの?そういえば、きっとすみちゃんはこう言う。好きな子ができれば女の子は変わる。好きな人に好かれる自分になるためにダイエットしたり、お料理頑張ったりするようになるんだって。
それがなんだかよくわかんないんです。
そのままの自分ではなくて、作った自分を好きだと言ってくれる人。作った自分でなければ、好きだと言ってくれない人。それって本当にわたしのことを好きだって言えるの?また屁理屈ばっか言ってと言われるかもしれないけど……。
作らないまんまの自分をいいと言ってくれる人。もし、そんな人がいるのなら、恋愛というものをしてみてもいいかもしれない。でも、きっとそんな人はいない。だから、わたしは1人でいい。結局、いつもその結論にたどり着く。
「じゃあねぇ。またねぇ。みんなは二次会行って。二次会」
すみちゃんはニコニコしながらよし君の腕を取って消えて行く。眉間にシワを寄せているわたしや、やけ酒でもしたのかなんか結構へべれけのもとちゃん、そして加藤君と高梨君は置いてきぼりにされた。
それじゃあわたしもこれでと消えるはずだった。
「じゃ、大人の鬼ごっこー」
「へ?」
急にもとちゃんが路上で騒ぎ出した。
「暎万がおにー。きゃはははは」
そして、もとちゃんはかけて行ってしまった。向こうの方へ、高梨君が慌てて追って行った。人混みに二人とも消えた。
「ええっ!」
慌てて追いかけようとしたら、腕を掴まれた。びっくりして振り向いた。
「ほっときなよ」
「え?だって」
「高梨が追いかけてったから大丈夫」
「でも、酔っ払ってたし」
「鈍いなぁ」
なんかその言い方にカチンときた。棘を含んでいるように感じて。
「どういう意味?」
「一次会で結構ノリあったみたいだし、二人っきりになりたいんだよ」
「えっ、でも……」
「でも、何?」
「最近、彼氏と別れたばっかだし」
やけになっているようにしか見えないけど。
「いいじゃん。別に。子供じゃないんだし。二人とも」
ちょっと冷めた感じで加藤君はそう言った。その言い方を聞いた時に、なんだかこの人はやな人だと思った。自分とはあわないというか。そして、本当に不本意なことですが、夜半の路上によく知らない男子と二人で取り残された。
「ね、暎万ちゃん。俺たちは俺たちでどっかで飲み直さない?」
さっきまでの冷めた顔をパッと消して、加藤君は急ににこやかになった。いや、勘弁してください。どうしよう。冷や汗が垂れそうになった。
「暎万」
急にちょっと離れたところから呼びかける声がした。
「何やってんの?お前。偶然だな」
お兄ちゃんだった。
「誰?」
パッと駆け寄ってお兄ちゃんの腕を捕まえた。
「彼氏」
「へ?」
加藤君と同時にお兄ちゃんも同じ声出してた。
「わたし、ごめん。彼氏いるの」
「え?でも、さっきは……」
「最近、できたばっかだから、みんなには、まだ報告できてなくって」
まくしたてるようにそう言うと、加藤君はしばらくぽかんとした。
「だから、そういうことで。すみません。さよなら」
「ああ、さよなら」
それから白けた顔になって去って行く。そばでお兄ちゃんがわたしに腕を掴まれたままでものといたげな様子で見ているのを感じながら、じっとただ加藤君の背中が改札に消えるのをガン見していた。
きっと後日、これでもかというほどの手腕を見せてわたしを売り込んだ、すみちゃんに大目玉食らうに違いない。しかし、もともと騙し打ちだしとぶつぶつ考える。
「お待たせ。あら?」
不意に女の人の声がした。パッと見ると、綺麗な大人の女の人。長い真っ直ぐな黒い髪にスーツ着こなして、タイトスカートから伸びる脚の綺麗な人。
「なに、彼女?わたし、いま、もしかしてでてこない方が良かった?」
そして、慌て出した。
「ああ……」
お兄ちゃんが間延びした声を出す。
「いや、これ、妹だし。なんか俺のこと彼氏とか言ってたけど、さっき」
「え、妹さん?」
女の人の慌てた顔がぱっと笑顔に変わった。満面の笑み。
「あなたが暎万ちゃんかー。春樹君からよく聞いてるよ」
「はぁ、どうも」
ちょっと面食らいながら一応軽く会釈をする。そして、お兄ちゃんの腕を掴んだままだったのに気がついて離した。
「というか、こちらこそデート中にすみません」
武士のように、ええっとわたし的には武士のように頭を下げました。
「いやいやいや」
なぜか二人で同じような顔で手をひらひらさせながら慌てて否定する。
「彼女とかじゃないから、わたし」
「じゃあ、なんですか?」
「ええっと……」
二人で顔見合わせてる。なんだろう?お兄ちゃんがこんな焦った感じ、珍しいな。
「友達」
また二人で声が被った。眉間にシワがよる。
「なんでそんな顔をするの?」
胡散臭い二人だなと思ったからです。うーん。不倫関係とかなのかな?ま、でも、どうでもいい。
「別に。では、とにかくお邪魔しました。帰る」
もう一度わたし的には武士のように頭を下げて帰ろうとすると、腕を掴まれた。今晩2回目じゃん。
「なに?」
「ばか。もう遅いし。一緒帰ろ。どうせ同じ家帰るんだから」
「え?いいよ。別に。もう子供じゃないんだし」
「さっきまであんな挙動不審だったくせによく言うよ」
それじゃあとわたしの腕を捕まえたまま、お兄ちゃんは振り返ってもう一方の手をあげる。女の人がふわりと笑った。
電車に並んで座る。しばらくしてから口を開いた。
「友達とかじゃないんでしょ?本当は」
つまらなさそうな顔でお兄ちゃんがこっち見た。
「お前にわざわざ説明する義務はない」
そして、さっきまでのシャキッとしたのが切れて、だらっとしている。だらっと電車の席に座ってる。ま、別にいいけど。
「向こうは気がなくても、お兄ちゃんは大好きでしょ。ああいう頭の良さそうな年上の女の人」
ジロリと見られた。
「まだその話続けたら、げんこつ、口に突っ込むぞ」
「電車の中でそんなことしたら、問題なるよ。兄弟でも」
「じゃあ、誰も見てないところで今度やってやる」
そう言うと前を見て黙り込んだ。つまらなさそうな顔して。そしてふとまた口を開く。
「それよりお前、あれなんだったの?あの男」
「ああ、なんか、今晩初めて会った人」
それを聞いて、パッとこっち見た。
「なんでそんなよく知らない奴と二人っきりになってんの?」
「ええ?なんか、友達が一人、二人と消えて、そして誰もいなくなったんだよ」
すみちゃんにどんな恨み言を言ってやろうかと今更ながら腹が立ってきた。
「みんなと一緒にいたのに、気づいたら二人っきりにされてたの?」
「うん」
「そんなん、気が乗らないんだったら、さっさとさよならって言って帰ればいいんだよ」
お兄ちゃんの方を見た。
「よくわかんないし。そう言うの」
「お前は、年の割に免疫がなさすぎ。いつも逃げ回りすぎ。返って危ない目にあうぞ」
そりゃあなたはそういうの慣れてるかもしれませんけどね。心の中で悪態をつく。
「俺の友達紹介してやろうか。変な奴じゃない奴」
思わずお兄ちゃんの方を見た。
「はぁ?」
「付き合うんじゃなくてさ。こう、男の人と二人でいる練習みたいなの、したら?」
呆れた。
「みんな忙しくてそんな馬鹿げた練習に付き合う人なんていないって」
「それはそうだな。練習じゃなくて本番になる可能性がなきゃ、ダメだな」
そしてしばらく兄弟で黙って真っ直ぐ前を見る。夜の電車の窓を。真っ暗で見えない外。明るい車両。その窓に映ったわたしたち。お兄ちゃんはふとまた口を開いた。
「お前さ、前から思ってたんだけど」
「なに?」
「どうして、彼氏とか作ろうとしないの?」
「え?」
「お前くらいの年で、ちょっと珍しくない?」
「……」
「男、嫌いなの?」
「別に好きでも嫌いでもない」
「もしかして、女の子が好きとか?」
思わず横をみた。真面目な顔してんじゃん。
「バッカだなぁ。お兄ちゃん」
大笑いした。わたしの顔を見て、お兄ちゃんも少し笑っていた。電車が止まった。お兄ちゃんはわたしの腕を引いた。
「おい、着いたぞ」
「あ……」
慌ててお兄ちゃんの背中について電車を降りた。