4・よ〜ん。無気味な声が聞こえるよ〜ん
「あの海辺にある洞窟から不気味な声が聞こえるんだ。こ、怖ひ~」
村は今朝から聞こえる変な声の響く洞窟の話で、持ちきりだった。その話を小耳に挟んだしゅりるりは、勇者のいる部屋へ向かう。
「勇者、でかけるよ?」
戸をノックもせずに部屋に入り、そう声をかけた。そして、まだ布団の中で眠っているアトリスを起こす。
「勇者、勇者。洞窟に行って、何がいるか、見てこようよ~」
しゅりるりは、勇者を揺さぶる。
「う、うん」
勇者は面倒くさそうに生返事をする。きっと、まだ半分眠っていて、意識もぼんやりしていることだろう。
「しゅりるりは相変わらず、元気が良いねぇ……」
ありすは、しゅりるりが勇者を起こしている間に身支度をさっさと整えた。そして、勇者の部屋へ向かい、二人の様子を見てそうため息をついていた。
3人は、さっそく洞窟がある浜辺へと向かった。
耳に届くのは風と波の音。その洞窟は海の近くにある。静かな海は、何十億年もの間、絶えることなく大地に打ち寄せていた。生命が絶滅しようと、魔法大戦が勃発しようと、魔王が現れようと決して変わることなく。
「確かに、変な声が聞こえるわね」
ありすは言う。
「よ~ん」と、確かに、時々聞こえる変な声。
「こ、こわいよ」
アトリスの兜についたふさふさが小刻みに揺れていた。勇者はお化けの類が嫌いである。
「さぁ、行ってみよう!」
しゅりるりは、相の変わらず暢気な声で先に進む。
洞窟は自然が作り出した迷路である。奥へ奥へと進んでいく。ところどころから差し込む日の光、それに照らされ、涌き水がビロードのように滑らかな光沢の道を作り出している。
「……よ~ん」
その低い声はもっと奥から聞こえる。
洞窟の人が歩いていける一番奥にある地下湖に、くぢらがいた。「よーん」と啼いている。本来なら癒しも与えると言うその声が、洞窟を抜けるうちに恐ろしい音に変化してしまったようだ。
「嫌だよ~ん」
くぢらはそう言っている。何かに付きまとわれているらしい。確かに、くぢらの近くに魔物の姿が見えた。それは見覚えのある魔物であった。
「そんな事いわれても困るよーん、オマイちゃん」
オマイ、という人名には聞き覚えがあった。彼は確か海に落ちたはずである。
「ナンデー? どうしてー? そしてチャン付けするなぁ!」
悪魔飴は相変わらず特徴的な口調である。見た感じでは無傷でかなり元気なようだ。さすが魔物。
「生きていたんだね」アトリスは、つぶやいた。
「意外と丈夫だね」しゅりるりも、そっと囁いた。
「まぁ、魔物だし」ありすは、もっともなことを言う。
3人に安堵とも、がっかりともいえる感情が浮かんでいた。そして、くぢらと悪魔飴の会話をもう少し岩陰から聞くことにした。状況がまだつかめていなかったのだ。
「君を乗せて、海を渡る気はないよーん」
このくぢらは、悪魔飴を煩わしく思っている様子である。
「ケチ、ケチんぼ~!」
玩具屋の近くで駄々をこねている子供と寸分たりとも変わらない行為をしている。
「ノリタイ、ノリタイ、ノリタイの~」
ただ単にくぢらに乗りたかっただけのようだ。
「だから嫌だよ~ん」
くぢらと悪魔飴の会話は無限ループしていた。それが早朝からずっと続いていたらしい。くぢらに疲労の陰りがみえた。
「そろそろ、行こうか?」
しゅりるりは、二人に同意を求める。
「そうね」
「くぢらさん、かわいそうだし」
3人は隠れるのをやめ、岩陰から現れた。
「そこまでだ!」
しゅりるりは、正義の味方が現れるときによく使われるフレーズを叫んだ。
「うわ、こんなとこまで、人間がきた~」
悪魔飴は新たな侵入者に気がついたようだ。両の手を大きく開き、一歩程ひょんと後ずさる。いちいちリアクションが大きい。そんなおおげさな驚きのポーズをする。
「ナンだ、ナンだ? ジャマするのか?」
そして悪魔飴は、しゅりるり、アトリス、ありすの順に目線を移した。
「こっちは1人、あっちは3人。1対3。ひ、ヒキョーだぞー! 万事休す」
悪魔飴は、懐から急須を取り出した。
湯呑にお茶を注ぐと、あたりにその香りが広まった。
悪魔飴は、お茶を一気に飲み込んだ。
「ふぅ」
どうやら、お茶の効果により落ち着いたようだ。
「さてとー、落ち着いたところで。いくぞー」
悪魔飴は身構えた。
お茶を飲み、精神ともにすっきりした悪魔飴は不敵な笑みを浮かべている。
「……と、み、せ、か、け、てぇ~」
悪魔飴は背中を向けた。
「やっぱりー、このジョウキョウは、サイアクだー。トーソー!」
悪魔飴はそのまま、走り去った。翻る外套だけが優雅に舞い、それがさらに悪魔飴の行動を滑稽なものにしている。
「助けてくれて、ありがとーん」
くぢらはうれしそうにお礼を言った。そうして、この事件はあっさり片がついたのでした。