2・町の中の魔王は、小悪魔ちゃん。
そびえ立つ白亜色の遺跡は、違和感なくその場所に建っていた。ここは崖の先端にほど近いところにある遺跡。手の届くほど近くに空がある。高緯度にあるこの遺跡全体は、別名空中都市と呼ばれている。その中でも、この遺跡は最も高いところにある。外の景色は崩れかけた建物の瓦礫と、名も知らぬ草樹に捕まれた路が広がっている。
なぜ、このようなところに彼らが来ているかと言うと――
「魔王を倒すためには、宝箱に入っている伝説のなんとか〜とかいう道具が必要!」
と、しゅりるりが言ってきかなかったからである。
というよりも「そういう宝探しをしたかった」という最も重要な理由があったからだ。
しゅりるりは『ザ・探索入門』という手持ちの本から、手ごろな遺跡を見繕ってきたらしい。勇者と魔術師を半ば強引に引き連れて、この遺跡に来ていた。
遺跡には伝説の物が入った宝箱が眠っているはずなのだが。
「ああ、またかぁ」
しゅりるりは言う。
宝箱は水がたまっているだけだった。
「水かぁ。綺麗に見えるけれど、いつからあるか分からないから、飲んじゃダメだよ」
「誰も飲みません!」
ありすは、間をおかずにつっこんだ。
「う〜ん、危険だから、こうしちゃおう♪」
しゅりるりは、宝箱の中身をひっくり返しながら言う。
「あ、やっぱり魔物だ。飲まなくて良かったね♪」
しゅりるりがこぼした水の中から、うごめくものが現れたのだ。カビの魔物が発生していたようだ。
「やっぱりって……」
「あぁ、あぁ♪ うじゃうじゃ発生しているよ。はやくやっつけなきゃ~」
空気に触れて、あっという間に大きく膨れ上がる。
増えゆくカビの魔物にはしゃぎまくりのしゅりるりを横目に、アトリスはため息をつきながら、のそりと剣を構える。非常に面度くさそうなゆっくりとした動作である。
「あぁ、面倒くさい……」
カビの魔物は弱い。すぐに撃退することはできるが、生命力が強い彼らのことだ、きっと、手ごろな水場で復活しているに違いない。
「もう、しゅりるりってば。テンションマックスなのはいいけれど、無駄なトラブルは増やさないでほしいわ」
「まったくだよ」
しゅりるりは二人の気苦労もしらず、見かけた宝箱を片っ端から開けていた。
「あ、また、宝箱♪ あぁ、またからっぽだ〜」
しゅりるりは、もう、たくさんの宝箱を開けては閉め、開けては閉めを繰り返しているが、世の中はうまくいかないのもので――
――見つけた宝箱という宝箱は、全てからっぽ、盗掘されていた。
この遺跡には聖なる神が祭ってある。それゆえ古来より、魔王の侵略、魔物の襲撃、隣国との魔法大戦がある度に、英雄たちの手によって、遺跡から「宝物」がどんどん盗掘されていった歴史がある。
盗掘、と言う言葉では誤解があるだろうか。まあ、その様なことはどうでも良い。少なくとも今この瞬間、しゅりるりはそう思っているのだから、その考えに合わせるとしよう。
「別にそこらへんで売っている物でも、大丈夫だよ。もう、帰りたい……」
すでに飽きている勇者は言う。さすがに街で売っている普通の武器で魔王とやりあうのは心もとないが。
「今時、遺跡の宝箱に良い道具が入っていることもないでしょうに。それにそろそろ戻らないと……日が暮れるわ」
魔術師はもっともなことを言う。
「たしか北のほうに村があったわ。今日はそこへ行きましょう」
博識な魔術師の意見は採用され、一行は村に向かったのである。
「そうそう、確かその村は……」
村へ向かうその道すがら、しゅりるりは思い出したようにある噂について口にした。
「とある筋からの情報によると、その村に最近魔王がでるらしいよ」
まるでお化けか幽霊が出る噂を語るように、声を低めてしゅりるりは言う。
「……それ、どこから仕入れた情報よ?」
突拍子もない話に、ありすは怪訝そうにする。
「ん〜、風のうわさ!」
しゅりるりは胸を張り自信満々に言い放った。
「もう、どうでもいいよ。そんなの」
二人のやり取りをただただ聞いていただけのアトリスは、すでにやる気がない。
「本当に……こんな町中に本当にいるの?」
一行がいるのはごく普通の住宅街。路地裏で人通りは少ないとはいえ、ここは比較的治安が良い村である。薄暗い感じも不気味な雰囲気も全くなく、魔が集うには綺麗すぎる。
「うん。確かに、ここら辺は何か人ならざる者がいる気配はするね」
「……何かが納得がいかないわ」
黒いとんがり帽子の下で、ありすはつぶやいた。まさか町の中に魔王がいるとは思っていなかった。魔王と言えば、人がそう簡単に行けないような場所に城を構えているのが一般的だったからだ。
「最近の魔王は、そうでもないみたいだよ」
先頭を歩くしゅりるりは、先ほどからずっと後ろ向きで歩いている。前を見ずに歩いているにもかかわらず、転んだりぶつかったりしないのは、魔法か何かであたりを見ているせいであろう。
この世界には魔王と呼ばれる者がたくさんいる。それはもう、あふれんばかり。その実力や思想は一様ではなく、必ずしも、世界征服や何やら悪事を企んでいるわけではない。魔王にも色々いるのだ。そして「自称・魔王」も多いこと、多いこと。しかも、まじめに(?)世界征服を企むいわゆる正統派な魔王は、ほんの一握りしかいないのである。
まだ戦闘に慣れていない最初のうちは、そういうラスボス級の魔王では到底勝てない。だから「自称」系魔王の弱めの奴から倒すのがいい。というのも、しゅりるり、ありす、アトリスは、まだ仲間を組んで間もない3人組である。森や草原で出くわす雑魚の魔物は、それなりに倒せるようにはなってきたが、まだ旅立ったばかりで戦闘経験が足りないのである。それでも、そろそろ弱い「魔王」を退治できるだろうと踏んで、しゅりるりはこの情報を提示したのである。
「噂ではここにいる魔王はいたづらして迷惑かける程度だし、自称魔王の類だろうね、確実に♪」
しゅりるりは、わざと大きめの声で言う。邪悪な気配が近くにいるのを感じたからだ。その気配は小さく、どこに潜んでいるのか探すのは、少し苦労しそうだった。だから手っ取り早く出てきてもらおうという魂胆のもと、しゅりるりはそう叫んだのだ。
「なんだと!」
思惑通り挑発されて、赤い角と赤いツリ目、ゆらゆら動くしっぽ、黒い翼を持つ、小さな魔物が飛び出してきた。
「俺様を、自称呼ばわりしたのはどいつだ!」
小さな魔物は腕を組み立ちはだかっている。
「か、かわいい」
アトリスはかわいいものには目がない。今にも撫でそうな勢いだ。
「ちょっとアトリス、しっかりして! 現実を見て! あれは魔物よ!」
ありすはウットリしているアトリスを揺さぶる。
「あうあうわ。わ、分かっているよ、分かっているってば!」
そう言いつつも、アトリスの顔のにやけは取れていない。
「本当かしら」
ありすは不安げにため息をついた。
魔物はアトリスの様子に眉をひそめていたが、しゅりるりが強引に話を進めた。
「現れたな、自称の魔王! お前を倒しに来た〜」
しゅりるりは、自称魔王を指差した。
「だから俺様は自称ではない! もう許さないぞ、おろかな人間どもめ。これでもくらえ!」
小さな魔物の小さな指先から小さな光が放たれる! 魔力でできた光は、一直線に3人を貫いた。
しかし、誰もダメージを受けていない!
その光は人にダメージを与えるには弱すぎたのである。
「きききききき、もう終わりか?」
何が終わりなのか分からない。しかし、光が当たったことに喜びを感じ上機嫌になっているこの魔物は、さらに言葉を続ける。
「だが、優しい俺様が冥土の土産に、いいことを教えてやろう(一度言ってみたかったんだよ、この台詞)」
勝手に話を進めている。
「いらないよ、そんなの」
しゅりるりはにこやかに断った。
「何!? ほしくないのか? 土産だぞ?」
自称魔王は、慌てる。まさか、あっさりと断られるとは思ってもいなかったのだ。
「ん〜、もらいたいのは、山々なんだけれども、さっきからっぽの遺跡に行ってきたからね手荷物が夢と現実でいっぱいです♪」
しゅりるりは自分の道具袋をぽんと叩く。
「……か、空っぽの遺跡……夢と現実って。そんな形のない物で道具袋がいっぱいになるかぁ! 本当は土産が欲しいんだろう?」
「欲しくないよ」
魔物は、そわそわしだした。
「本当は、本当は欲しいだろう?」
「いらないよ」
魔物は、相当に困っている。
「……」
魔物は、ついに地面に手をついた。
「……おねがい、もらってクダサイ」
魔物は、頭を深々と下げている。
「やだ♪」
しゅりるりはひょんとひと跳ねすると即座に断った。
「……」
その場にいる誰もが無言になった。
「節約、倹約しないと、後が大変だよ。冥土の土産を贈った者は、ろくな事が起きないぞ!」
しゅりるりは、親指を立てて片目を閉じた。
「……それでも贈りたいデス」
もはや魔物は涙目だ。
「受け取れないなぁ」
魔物は、こぶしを握り締める。
「もう! 誰がなんと言おうと、言うぞ! よく聞け、そして驚け!」
自称魔王は長々と冥土の土産を贈った。
(この長話の間に、魔法で強化が行われているとは思わないだろうな)
しゅりるりはあまりに暇だったので、過剰とも言えるほどに補助魔法を重ねがけしながら、話が終わるのを待っていた。
「……土産はここまでにして、そろそろ本気でとどめを。ききききききき」
長話もやっと終わり、戦いが始まった。
まぁ、当たり前というか、強化された3人組の前にその魔物は手も足も出なかった。
おそらく冥土の土産を話している時よりも、短い時間で魔物は力尽きてしまった。
「こ、これで、勝ったとと思うなよ。ちくしょー、覚えていろよ〜」
魔物は逃げようとする。
「良いよ、覚えておく。忘れないように、もっと覚えこませようか? そうだ! 冥土の手土産のお礼に、料理をご馳走するよ……さて、どう料理しようかな♪」
しゅりるりは、満面の笑顔で魔物を追いかけはじめた。
「ひ〜」
魔物は、逃げ惑っている。
「うわぁ、どっちが悪役かわからないや」
「あれ、本気で遊んでいるわね」
アトリスとありすは呆あきれ顔だが、追いかけっこをしているしゅりるりと魔物をほほえましく見ていた。
追いかけっこに飽き戻ってきたしゅりるりは、二人のところへ来て言う。
「ああ言うしたっぱ系なやつは、とことんやっておかないと、仲間やらボスを引き連れて、のちのちまで地の果てまで、追ってきて面倒だからね。それは、あんまりいい事態とはいえないの♪」
しゅりるりの考えることは、理解でいるようで理解しがたい。
「それにしても、なんか、かわいらしい魔王だったわねぇ」
ありすは言う。
「みんな、あんな魔王だったら、ボクでも大丈夫そうだ」
実は臆病な勇者アトリス。
「まぁ、なかなか見込みはあるから、100年後くらいには、下っ端ではなくて初級魔王と呼んであげたいね♪」
しゅりるりの中で、魔王のランク付けの基準があるようだ。
「本来、魔王は、残酷、冷徹、完璧であるはずなんだけど」
しゅりるりは『ザ・魔王になろう』と言う本をどこからとも無く取り出して、最初の方のページを要所要所に読み始めた。
「最近の魔王の流行は、ちょっとばかりカリスマ崩壊とか、何がしら姿にギャップがあるとか、そういった流行があって……」
「ちょっとまって……なんで、しゅりるりがそんな本もっているのよ?」
「あはは秘密〜♪」
「まさか、魔王になりたいとか思っているんじゃ?」
ありすはその本を手に取る。その本の帯の部分には「君も、今日から魔王になれる!(かもしれない)」という、うたい文句が書かれていたのだ。
「まさか、あんな椅子に座っているだけでつまらなさそうな、暇つぶしにもならなさそうのは、もういいよ」
「……ん〜。あまり深くは追求しないことにするわ」
多分追求したところで、のらりくらりと、かわされるのがオチだ。
「その本には、いつの頃からか『魔王』は野心と欲望と破壊の絶対悪な職業から、ボケ・ツッコミ・ドジッ子なお笑い担当職になったのか。そういう歴史も書いてあるんだよ。魔王になるならないは、とにかく、今度読んでみると良いよ」
しゅりるりは本を自分の鞄にしまう。
「こんな片手間に書いたような雑学本が結構売れるくらいだし……だからね、ちょっと力がある個性的な魔物や魔族やなんかが勘違いして、さっきのみたいに勝手に魔王って名乗るんだよね」
「……その本、実は売れているのね。でも、確かにあんな魔王ばかりだたら拍子抜けちゃうわね」
頷きながらありすは言う。
「でも、正統派魔王もちゃんといるよ♪ 絶滅危惧種だけれどね。そうだ! 今度、正統派魔王の家に遊びに行こうか? 封印されちゃってるけれど、解いちゃえばすぐに会えるよ、大歓迎されるよ♪」
怖ろしいことを、友達の家に行く感覚の言葉で言う。
ありすとアトリスが、全力でとめたのは言うまでもない。