1・それに、巻き込まれた者たち。
自分の名を呼ぶ声が聞こえる――
――アトリス。
そう、遠くから聞こえた。
――アトリス、早く。
声は近く、はっきりとしてくる。
しかし、体は、意識は非常に重い。
――早く起きなさい。
「アトリス!」
「……もう、あと5分」
アトリスは、やっとのことその言葉を発した。
「アトリス! おきなさい!」
体が揺さぶられる。
「起きなさいってば!」
心地良い時間は、母親によって崩された。
「いつまでごろごろしているの。もう出発の時間でしょ?」
少年はぼんやり起き上がる。
突然だが、ボクはかの勇者の血を引いている。これが災いの始まりだった。最近、世界征服を企む魔王の魔の手が、人間にとって脅威になってきた。だからご近所さんから、プッレシャーとも言える期待の眼差しが痛いくらい突き刺さっていた。
「魔王なんて、現れるな!」
それは心の叫びであった。
アトリスはかの有名な勇者の血を引いているだけなのだ。そんなことを思っていても、世間の期待は日増しに増えていっていた。そしてついにアトリスは自らの誕生日に、なかば強引に旅立ちを迫られたのである。
誕生日の日に旅立つのは縁起が良いと、昔から伝えられているらしい。どんな言い伝えだろうと思いながらも、アトリスは旅立たなくてはいけなかった。
しかし考えてみれば、故郷にいてご近所から希望の圧力を受けて暮すよりは、見聞の旅をしたほうがまだ良いのかもしれない。かの偉大な勇者の血を引いてはいるが、この故郷さえ出ればごく一般の少年、それ以外に見えない。
――これはチャンスだ!
そう思うと、決断は早かった。少年は誕生日に合わせて出発できるように旅立ちの準備をした。村人総出でさせられたとも言うが。しかも、かつて勇者が使ったといわれている秘宝まで持たされた。
そして、今日。
出発の日。
ありきたりな、旅立ちの日。
ご近所さんに挨拶を済ませ、故郷を出た。
勇者の血を引くアトリスは、生まれてはじめて「自由に」旅ができた。
「ああ、開放ってすばらしい」
世界を救うなんて大きすぎることはどうでもいい。ただ純粋に気ままな旅を味わおう。
そのように、かの勇者の血を引く少年は思う。
――が、そうはいかないのも、物語の常識。
アトリスの幸せな自由な旅は、そう長くは続かなかった。勇者の血はそう甘くない。魔王との闘いに巻き込まれるのです。
そう、やつが現れたのだ。
それはアトリスが宿屋で休んでいる時に起こった。
「君が勇者だ! すぐにでかけるよ!」
突然、見知らぬくるくるしたヤツが、部屋へ入ってくるなり言い放った。
「だ、誰だよ?」
しかし、アトリスは起き上がらない。
「そんなことはどうでもいいから、ほら出発するよ! 行くよ!」
寝転がってだらだらしているアトリスを揺らしながら言う。
「ええ〜! なんだよ〜、どこにだよ、面倒ぉ」
「魔王、魔王を倒しに!」
そう言いながら容赦なく、揺さぶり続ける。
「わわわ、分かったよ」
なんだか逆らうのも面倒になってきたこともあって、仕方無いのでアトリスはしぶしぶついていくことにした。
「なんで、ボクが勇者の子孫だとわかったんだよ」
勇者にさせられた少年は、ふくれっつらで疑問を投げかける。
「ん〜、企業秘密♪」
しゅりるりと名乗ったその侵入者は、人差し指を唇の前にそっと置いた。
今ここに、面倒くさがりと暇人のコンビができあがったのである。
一緒に魔王を倒すと、一方的な約束を結び、しゅりるりとアトリスの二人は、宿から出て村を歩いていた。
そこで、また事件がおきた……いや、しゅりるりが起こした。
「早速、良い人はっけーん♪」
突然しゅりるりは、一人の少女に目をつけ駆け寄ったのだ。
「ねぇ、ねぇ。そこの村人よ、村娘よ〜、君は実に魔術師向きだ! 一緒に魔王を倒しに行こうよ!」
どうやら口説いているらしい。しかも意味不明な文句で、口調で。
「な、何?」
少女は緑の瞳を瞬かせ戸惑っている。突然のことだ、無理も無い。
「大丈夫、君には魔法の才能があるから」
しゅりるりは粘り強く納得させようと説得する。
「え? えええ?」
さらに困惑する村の娘。
「一応、魔法は使えるけど。まだ見習いだよ」
しかし、少女がなんと言おうと、しゅりるりは聞く耳を持たない。
「で、でも、一応師匠に報告しないと……」
「大丈夫、その師匠の説得はやってみせる。だから、よろしくね♪」
しゅりるりは、張り切った。
「わかったわ。師匠のところへ案内する……」
ついに少女の方が折れた。
「どうしたんじゃ、ありす? そちらの方々は?」
師匠と思われる老人が問う。
「実は……」
ありすは、彼女の師匠に事情を話す。
そして、しゅりるりがありすの師匠を説得にかかる。ありすは、しゅりるりに真面目に説得ができるとは思えなかった。
「彼女は実践で伸びるタイプ。それはあなたも感じているはずです」
しゅりるりは師匠を説得している。なんともまともな言い分で。
「ふむ……」
ありすの師匠は、彼女が連れてきた客人たちを観察する。
金髪で剣を携えている者は未熟ながらも良い魂の輝きを感じた。経験次第では化けるであろう少年だ。
そして、先ほど説得を試みた者を見た。特別目立った特徴のない、どこにでもいるような普通の人物である。第一印象はのようなものであった。
「おや? その、服……珍しい魔法がほどこされておるな?」
しゅりるりと名乗るものが身に着けている白い衣服は、魔法を織り込んだ特製の服であることに気がついた。それは、まるで人の器に収まるための封印、人の気配・匂いになるための具であるかのようであったのだ。
「おぉ♪ それに気がつく『人』がいるとは思わなかったよ。さすがだね、ありすの師匠は」
「これほどまで、うまく隠せるモノには、会ったことが無い」
「どうも。この服は特別製でお気に入りなんだよ」
しゅりるりは嬉しそうに、丈の長い衣の裾をつかみ、そして見せびらかすように揺らしてみせた。
「……おぬしが何者であるか問うのはよそう」
「そうしてくれると嬉しいな。自分がナニモノであるかそんな哲学的なことを問われて、答えられる人間なんていないもの」
「ふ、おもしろいことを言う」
お互いに何か思うところがあるのだろうか、どこか通じ合っているように不気味な笑みを浮かべながら話している。
「し、師匠?」
ありすは、師匠がこの得体の知れない人物と意気投合するとは思っていなかった。
「ありす、世界は広い。こんな小さな村の小さな学び舎で学ぶよりも、実際に外の世界を感じ学ぶことも多かろう」
師匠はありすをしゅりるりに託すことを決めたようである。
「……わかりました」
ありすは、しぶしぶそれに従った。
「では、いってきます」
「あぁ、気をつけるんじゃぞ」
長く過ごした学び舎に、ありすは別れを告げた。
「うふふふ♪ これでメンバーはそろった!」
しゅりるりはひょんひょん子供のように跳ねながら、道を進んでいく。
「ねぇ、この人、いつもそんな感じなの?」
ありすはしゅりるりの連れであるアトリスに尋ねた。
「わからない。僕もさっき強引に誘われた身だから。でも、そうなのかもしれない」
「そう、なの」
アトリスとありすの二人は、これからが不安でならなかった。
「……一体どういうことです?」
彼らが去ったあと、師匠の弟子たちは問う。
「あのモノがまとっていたのは、熟練の魔道師でも見破るのが困難なほど、この世界に溶け込むように丁寧に、深く深く幻が縫いこんであった。しかし、異質の匂いは微かに、確かにそこにあり、漂っていた」
師匠は、弟子に言う。
「悪しき力、でしょうか?」
「分からぬ。しかし、アレからは悪意は感じない」
「ならば」
「いや善なる力も、感じなんだ。そう、何も感じなんだ。感じたのは、あの者の服から漂う異質な魔力だけ。
この世界にあるものは、大なり小なり魔力を持っている。世界に満ちる魔力が体内に影響を与えるからだ。しかし、あの者はまったく何も感じなかった。いくら、魔法の服で覆いかくそうとも何もないところには、何も存在しない……」
★偽次回予告★
しゅりるり「魔法★少女(になる予定の)ありすだよ〜」
ありす「魔法少女になんて、なりません!」
アトリス「……面倒だなぁ」