0・運命という歯車に、組み込まれてみせる。
よく晴れた日の昼下がり。
雲は、北西から南東へと流れて行きました。
なんとなく一日が過ぎる。
今日が終われば、過去という時間が長くなる。
しなくちゃ行けないことはたくさんあるけれども、そんなことはもうどうでもよくて、ただなんとなく彼方を見るのもいいかなぁと、思う。
ここは誰も知らない辺境の地にある謎な場所、しゅりるりの部屋。何もすることがなくなったしゅりるりは、ぼんやりと天井を見る。
「あ〜あ〜あ〜、突然だけど、な、ぜ、か、暇だぁ〜」
しゅりるりは部屋を一周すると、大きな豪華な椅子の上に座る。椅子は意外と弾力性にとんでいるので、トランポリンとして使えるのだ。
「あ〜あ〜あ〜、ひ〜ま〜だぁ〜」
しゅりるりのラフな外見には不釣合いな豪華な赤い椅子の上で、準備体操をしている。ふかふかでありながら程よい固さを持つ椅子は、床の上でよりも快適に体をほぐすことができるのだ。しゅりるりはさらに椅子の上で逆立ちまでしてしまう。
「ひま」という言葉ほどいやなものはない。
その言葉について考えると、その言葉のとおりになってしまう。
その言葉を口に出すと、その言葉のとおりになったような気がする。
その言葉を聞くと、その言葉とおりになった気分になる。
いわゆる「言葉の魔力」というやつだろうと、そうささやいた。
「ひまーひまーひまー、まひ!」
しゅりるりは逆立ちしたまま手下に指先を向ける。そこから放たれた怪しげな光が手下を襲う。
「うわぁ!」と、声をあげたのはしゅりるりであった。
逆立ちして片手を挙げてしまったために、しゅりるりは椅子から派手に転げ落ちたのだ。
本来なら手下が駆け寄ってくるところであるが、しかし手下は魔法にかかり麻痺しているので助けようにも動けない。
「ひまだなぁ」
しゅりるりはひっくり返った態勢のまま動かない。
手下も動けないままだ。
「こういう暇な時。その時、やることは決まっている!」
片足をすっとおろし、それを元の位置に戻す勢いを利用して、ひょいと上体を器用に起こした。
「世界を」
しゅりるりは不敵な笑みを浮かべる。
「世界を、せかいを〜」
ついにはくるくると回り出し、椅子の上に仁王立つ。
「救ったりしてやる〜!」
と、勢いよく椅子の上からジャンプした。
「あっ」
しゅりるりは何か青く柔らかなものを踏んでしまった。それは先ほど麻痺してしまった手下である。
沈黙。
「……」
長い、沈黙。
「……」
長い、長い、沈黙。さらに、沈黙。
「……ごめん、つい踏んじゃった」
手下は麻痺しているので反抗の言葉も出ない!
「はい! これでよし!」
しゅりるりは指を鳴らし、手下にかけられた魔法を解く。なかば忘れられていた手下は、やっと麻痺から回復することができた。
「ひどいっぴ! ひーどーいっぴ」
手下はゲル状の体を震わせてしゅりるりを責めたてる。
「あはは、いつものことじゃあ〜ないか♪」
笑顔でそう答えるしゅりるりは全く悪びれた様子はない。
「ひ、ひどいっぴ……」
手下は涙目になるが、泣くことはしない。それは決して彼らが我慢強いわけではない。むしろ泣き虫の部類になる。もともと液状に近い体をもつため、仮に涙が目からあふれても、その瞬間、皮膚に吸収されてしまう。涙を流すことが物理的に無理な生物なのだ。
「うふふふふ、帰ってきたら色々お土産あげるから♪」
しゅりるりは、ふくれ面の手下を適当になだめ部屋を出た。
そして廊下を走る。走る。
廊下は走ってはいけない! というのは、人間界の、主に学び舎で適応されるルール。ここではそれは通用しない。
しゅりるりは地底深くまで続く螺旋階段をどんどん下りる。減速することもなく走り抜けたしゅりるりは、最深部の扉を勢いよく開き中に飛び込んだ。
そこには世界を見渡す『目』があるのだ。
この設備は外界とは切断されたところに住居を建てる者の必需品なのだ。秘境に住んでいても、世界の情報は満遍なく手に入るに越したことはないのだ。
「何か面白そうなことはないかな」
浮かぶ黒曜石の『目』に世界が映る。
しゅりるりは映し出された映像と音声に意識を集中する。
――再び闇の循環が顕れ、
闇は集い、新たに力、目覚め、
その闇の循環に憑き、従い、
渦に飲まれて破壊の循環か――
――お告げは長々と続いている。
「相変わらず、長々と難解なおつげだなぁ。でも、なんと都合よく世界征服を志す魔王がいるではないか!」
この世界には魔王があふれている。魔王と言っても、世界征服を趣味にしている者ばかりではない。魔王にも、色々いるのだ。そして、いつの時代も、一人は必ずいるのだ、世界征服をたくらむ暇人いや、魔王が。
「そんな暇つぶしにもならない世界征服を企むなんて、本当に暇なんだなぁ」
しかし、力を手に入れた新米の魔王とあっては、世界征服は企んでしまうのも、うなづける事実。
「まぁ、新米さんが陥りやすい思考だね」
しかし、そういう魔王が定期的に現れるからこそ「世界を救う」という暇つぶしのネタ……ではなく、勇者による魔王退治伝説のネタには尽きないのだ。
「さてと……世界を救うためには、まず仲間を見つけなくては。やっぱり世界を救うのは勇者と魔術師と決まっている。勇者と魔術師を何としても仲間にしなくては」
そこらへんの情報も、この『目』で、ぴぴっと調べれば、あっという間。
「なんと! 都合が良いことに、あの勇者の子孫が旅立ったのかぁ」
運命はしゅりるりに向いていた。たとえ向いていなくても、強制的に向かせてしまうのだが、この状況はしゅりるりにとって好都合な舞台であった。
「ちょっと面影がある。それにしても懐かしいなぁ」
今思い出しても、笑みがこぼれる昔の記憶、思い出。
「あれは、なかなか。本当に神々に愛された人間だったなぁ」
あはは、としゅりるりは笑う。今度の「勇者様」はどんな者なのか。
「とにかく誰にも見つからないように、こっそりでかけなくては……」
必要な情報はそろったのだ、すぐにでも旅立ちたい。特に、几帳面な執事(しゅりるりは彼のことを「ひつじ」と呼んでいる)に知られると、うるさい。「ヒツジではなく、正しくはシツジです」と、いつも怒られるのだ。
まぁ、たとえ見つかったとしても、小言をくらうだけなのだから、無視してしまえば別にどうでもいいと言えば、どうでもいいのだが。
「……さっき、踏んじゃったやつを身代わりにして、しばらくの間、ここの主にしたてあげるのも面白いかも。どうせ何かが尋ねてくる予定なんて、当分ないのだから」
思いつきで物を言い出したら、止まらない。
「果たして世界はどうなってしまうのか〜」
しゅりるりは秘密の道から外の世界へ出て、そのまま人間たちの住む村へ、勇者が現れるであろう村へ歩き出したのである。
(暇つぶしになりそうな冒険ができそうだ)
こうして、しゅりるりは暇つぶしのための、不可解な動機で世界を救う冒険は始まったのである。