10-2・布団がふっとんだ!
立派な赤い色の玉座に座っている。シーツをぶっている者が。
「やっぱり布を被っているのね」
ただその布は門番の綿っぽい素材の布とは違い手入れも行き届いており、独特の光沢、柔らかそうな質感、絹製だろうか。動くたび、しゃきゅ、しゃきゅと、心地良い音もする。本物の絹であることの証明、絹鳴り。よく精錬されたものらしいことがわかる。
「私の前を素通りして宝箱を取りに行くとは、なんともはや、おろかなことよ」
あきれたような、ため息交じりのアネーハの言葉。そう玉座から少し離れた部屋の隅に宝箱があったのだ。それを取ってから話しかけたのだ。
「まぁ、よくあることだから気にしないでおこう。私は、アネーハ。布団の総裁にして、この城の主だ」
アネーハは立ちあがり、両手を挙げる。
「うん知ってる。その後に続くであろう、長い能書きは言わなくていいからね」
しゅりるりはアネーハの言葉をさえぎる。魔王業をやって者は、普通の話でも無駄に長くなる傾向にあるのだ。
「それはそうと、おめでとう♪ あの床はすごいねぇ」
「ふふふ、ありがとう。ここから私の野望が始まるのだ! そして城を……」
「悦になっているところ悪いんだけど、実は今、魔王倒しにはまっているんだよねぇ」
再びアネーハの主張をさえぎった。すっかりペースはしゅりるりのもの。
「覚悟はいい?」
「ふふふ、相変わらずおもしろい人だ。いいだろう相手になってやる!」
アネーハは絹の布を揺らす。この展開に満足しているらしい。布越しなので確信は持てないが。
「しかし『布団5人衆』を倒さないと、相手はしてやらんぞ」
アネーハは指を鳴らし合図を送る。
何も無い空間から7人の手下が現れる。
(7人いるような)
アトリスはそう思うが口には出さない。なぜならありすが何も言わないからだ。突っ込むのは彼女の役目なのだから。
7人の布団は門番よりもやや弱いが、なにより数が多い。それでも3人は退けた。
「く、くそー。こうなったら」
すっかりボロボロになった布の布団リーダーらしき布が言う。
「今こそみんなの力をあわせるんだ!」
「おー!」
布団たちは一致団結する。
「布団が、ふっとんだ!!」
しゅりるりは、突然、面白みのない普通の駄洒落を言う。
すると布団7名は大爆発・大音量・黒煙にまきこまれた。
いつのまにか、しゅりるりが7人いる『布団5人衆』の足元に爆破草を仕掛け、「ほむらほむろ」と短い呪文を唱えて召還した松明を火種としたのだ。
だから、7人はふっとんだのだ。
「あぁまた、あの松明がでたわ……」
もう2度と出ない、出落ちの魔法かと思ったのに。
布団たちのか細い声が聞こえる。
「こういうときは、何もしないのが敵としてのお約束だろう」
「何か夢のようなものの見すぎだよ。現実はきびしいよぉ。ふふふふふふ♪」
しゅりるりは、たいまつを得意げに振り回している。場所が町の広場なら、きっと賽銭が飛んでくるであろう。
「うぬぬ、私の手下をあっさりと」
「あいかわらず、せこいなぁ。手下ばかり仕掛けないで、たまには自分も戦いなよ。一応、魔王なんでしょ?」
「うむむ、仕方ない」
アネーハは立ち上がると、不意をついて魔法を唱えた!
形を成した魔力が3人を襲う。
MISS!
しゅりるりは華麗に避けた!
ありすは羽毛に包まれた!
しかし、ありすには効かなかった!
アトリスは羽毛に包まれた!
あまりの気持ちよさに、意識が遠のいてしまった!
「だ、大丈夫?」
だめだ、羽毛にまみれて、ぐっすり眠っている……しばらく起きそうに無い。そのうち起きるだろう放っておこう。
「……というかアネーハ! 不意打ちはびっくりするから、やめて欲しいよ」
しゅりるりにとってあの程度のものは、不意打ちには入らないのだが一応言っておく。
「ふふふ、しかし、さすがだな。ここからが本番だ。いくぞ!」
それを分かっていてアネーハもやっている。
ありすは、このまま様子を見ようか迷っている。たぶん、これは友人同士の戯れでしかないのだ。
「私もあの魔法にかかれば良かったわ……」
なまじ耐魔力があるがために、眠りの魔法にかからなかったのだ。今からでも遅くないかもしれない。
「こっそり寝た振りしようかしら」
(……かからなかったことが残念に思うことなんて、あるのね……)
何も知らずぐっすり眠っているアトリスが、ものすごくうらやましく思えてきた。
「まぁいいわ、しゅりるりもあのアネーハって魔王も私の存在忘れているみたいだし、このまま傍観しましょう」
アネーハは白い布を被っていて、しゅりるりは白い服を着ていて、白い者同士。アネーハの布がたなびく、しゅりるりのマントもたなびく。遠目ではもはや白い布が戦っているように見える。
それにしても一人で魔王と対等に遣り合えるなんて。お互い、本気では無いといえ、おそらくしゅりるりの方がずっと強い。
「しゅりるりって、何なのかしら」
魔王と知り合いなことといい、ありえない能力を見ていると魔王に近しい者のような気がしてくるのである。
「うぐぐぐ、やはり貴様には勝てぬのか。だがまだ終わってはいない。あのお方がいる限り……あのお方のためにも、この城から出すわけには行かない。こうなったら……」
色々しゃべりだす。
「あらら、中級魔王のスイッチが入っちゃった」
「今、君は『あのお方』から独立したろうに。昔の癖が抜けていないんだね」
身内しか分からないネタだ。
「そ、そうだった。こうなったら、この城もろとも……消えるが良い!」
お決まりの文言。揺れ出す部屋。
「うわ、城が揺れ始めたよ。べたべたな展開だな。脱出時間制限とかあるのかな。わくわく」
「わ、地震? に、逃げなくちゃ」
そろそろ魔法の持続時間も切れる時間というのもあり、揺れで目が覚めたようだ。アトリスはおどろいて飛び起きた。
「わははははははは!」
アネーハは余裕の高笑いをしている。
そこへ慌てて入ってくる布団の門番。
「ボ、ボス大変です。2階の半分が崩落しました! 残りも時間の問題です」
「な、なにぃ! そんなはずは」
(しかけを作るために建築基準法破りまくったからな、2階の部屋は。しかし、それは想定済みだ)
「大丈夫、2階が崩落した程度では、この城は壊れないように作ったから大丈夫だ」
「え? この城崩壊するんじゃなかったの?」
ついつい突っ込んでしまうアトリス。
「雰囲気つくりに揺らしただけだ。安心なさい。まさかこの程度のゆれで崩落するとは。透明床装置システムは改良の余地ありだな」
(2階が崩落? あの透明床の階?)
しゅりるりは、にやりとする。
(このままだと、素敵なことがおきるなぁ)
「あ、ちなみに、あの部屋の宝箱取らなかったのあるから、大爆発も起こると思うよ♪」
爆破草を侮ってはいけない。草とはいえ箱の中には、5、6束入っているのだから。宝箱が落下した時の衝撃や落ちてきた岩か何かの衝撃で箱が潰された時、大爆発してしまうだろう。
「えっ、宝箱全部とらなかったのか? 爆発なんかしたら。本当に2階どころか、この階まで崩壊してしまう」
一同(しゅりるりを除く)に、絶望の色が立ち込める。
「魔王を倒すと、お城が崩壊するのは設計ミスのせいだったのか♪ あはははは♪」
揺れの止まらない城の中、ひとり危機感の無いしゅりるり。
「笑ってないで、さっさと外に出るわよ」
「2階崩壊して、無いんじゃなかったっけ?」
おろおろしつつも、意外と細かいことを覚えているアトリス。
「じゃあ、どうやって逃げるのよ」
「あはは♪ 飛んで逃げる? ちょっと危ないけれど、ここにいるよりはいいと思うよ」
しゅりるりは怖ろしいことを言う。それ以外に方法が無いなら、仕方ないのかもしれない。
覚悟を決めようか。どうしようか。
しゅりるりは、そんなアトリスとありすの様子を楽しんでいるようだ。あわてる人々を見て、とても、うけて……いや、落ち着いている。
「あるいは玉座の裏なんかによくある非常階段? それが安全で良いんじゃない♪」
しゅりるりは玉座を指差した。
「きっとアネーハが準備してくれるよ♪」
玉座の裏や奥のほうの部屋にすぐに外へ出れる非常階段を造るのは、今や義務なのだ。
「そうだ! そういえば、そんなものを造ったな」
パニック状態だったアネーハは玉座を動かしにかかる。
「作った本人が忘れてどうするのよ」
作業はあまりはかどっていない。揺れのせいだ。
「この揺れを止めないと、作業しにくくなぁい?」
しゅりるりは笑みながら言う。この揺れ自体は、そもそも崩壊と関係なくアネーハが起こしたものだ。だから揺れだけは止められるはずである。予想外の出来事には弱いアネーハなのでした。
――そうして、みな無事に脱出した。
城は全崩壊は免れたが、半壊くらいはしただろうか。布団たちはせっせと直している。彼らは基本的に造るのとか直すのが好きなので、壊されても気にしないのだ。
「酷い目にあったわ」
もう2度と、崩落するような城には行きたくないと思うありす。
「まぁ、あんな城だけど安いし仕掛け満載だし、城を建てるならアネーハと言うくらい、魔王の間では割と人気なんだよね」
そういうものらしい。
「自分は絶対に注文しないんだけれどね」
ああいう城が非常に好きそうなのに、意外なことを言うしゅりるり。
「意外ね」
「だって自分の方がもっと素晴らしい城を作れるから、ね」
あぁ、なるほど。一同は納得するのでした。
★おまけ★
アトリスの日記。
魔王の城は、アネーハさんが設計するらしい。
主が死ぬと崩壊するシステムを開発したらしい。
それってかなり危険だね。
でも、地震には強くできているらしい。
よく分からない。
あぁ、ひどい目にあった。
7人いた布団5人衆。
みんなの力を合わせたら、どうなるんだろう。
合わせることなく、ふっとんでいった。
なんか、こんな夢を見ていたような気がする。