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8・希望に満ちた世界に幸いを。

 世界には魔王も多いがそれ以上に遺跡も多い。前回は何も手に入れた物は無かったが、今回行くところはどうなることやら。


「うぅ、なんか面倒くさいなぁ、暑いし」

 アトリスは猫背になりながら、最後尾を歩いている。周りは樹々の密集地帯、湿度も気温も高いのだ。

「もうすぐ着くはずだよ」

 しゅりるりは『ザ・古代の遺跡(下)』と言う本を片手に言う。

「本に紹介されている遺跡に行ってもねぇ」

 あまり期待はしないほうが良いだろう。


 そんな密林を歩くこと数時間、遺跡が姿を現した。人が踏み入れることがほとんど無い場所にある遺跡は、自然の手によって地に還るのを待っているだけなのである。

「それにしても立派な遺跡ねぇ。いつの時代のものかしら」

 ありすは見慣れない形式の建築に少し興味を持ったようだ。

「魔道の道具が使われ始めた時代の……多分、黎明期あたりの遺跡だからね、ありすは勉強になることもあると思うよ」


 遺跡の入り口の扉は、幾何学的な紋章が対称に描かれている。昔は魔術的な力で人を感じると勝手に開いたのだろうが、今は開かない。ツタや木の根にも覆われていて、簡単には開けられそうにない。

「この植物たちを燃やして、扉を壊してもいいんだけれど」

 しゅりるりなら、やりかねない。

「まぁ、さっき、ちらっと見えたんだけれど、あっちに盗掘した人が空けたらしき入り口があったんだ」

 目の良いしゅりるり、目ざとい視力のよさ。


「盗掘って、また何も無い遺跡のような気がしてきたわ」

 ありすは暑さとは違った、頭のくらくらを感じてきた。

「まぁ、でも、折角ここまできたんだから、見ていくだけでもいいかしら」

 遺跡が嫌いではないありすは、すぐに前向きになる。


 盗掘者の穴は、だいぶ昔のものらしい。木の根が崩落を防ぐかのようにしっかりと根付いている。遺跡は草木の浸食が激しい。

 木の根に覆われた入り口をくぐり、梯子の変わりに根を伝い、石の床に降りる。鏡のように姿が映る透明色の壁、黒い床、合間から覗く光の柱。外の蒸し暑さを忘れそうなくらい、凍りつきそうなほど透き通った空間。人工的な造り、彫刻、遺跡の内部は、外とはまったく異なった雰囲気。

 3人はしばらく誰も何も言わず歩く。気軽にしゃべれるような雰囲気ではないのだ。何年も何十年も動かない時の流れが、沈黙の音しか許さない。


 最終的に行き着いた先は、少し広めの部屋で行き止まりだった。上の方に入り口のようなものが見えるが、壁を登って行けそうな場所ではないし、階段のようなものも無い。あるとすれば右手の宙に浮かぶ石。それが怪しい。それには、うっすらと魔方陣が描いてある。刻まれている幾何学的な模様は、上に移動するための物であることを示していた。


「これは、あそこへ移動するための装置ね」

 ありすは言う。魔法を学ぶものとしては、魔方陣の解読は基本的な知識なのだ。

「そうだね、あの村にあったやつの昔版の転送装置だね♪」

 しゅりるりも魔方陣の解読はできるようだ。


 こういう類のモノは触れると、その魔力が発動するのだ。

「てい♪」

 しゅりるりは、ぺちっと右手で触れてみる。


 空間が縦に伸び、横に伸び、そして渦を巻き、空間の歪みと共に浮遊感が襲って……こない?


 触れてもまったく反応しなかった。


「むぅ、昔のものだからね。魔力切れ?」

 遺跡探索では良くあることだ。


「まぁ、上に移動するだけだし」

 しゅりるりは宙に浮き、当たり前のように飛んでいこうとする。


「待って、私たちは飛べないのよ」

 勇者と魔術師は飛べない。置いていかれている。

「おおっと、いつもの癖で……ん~困ったなぁ。他人を『安全に』宙に浮かせる魔法は、忘れちゃったんだよねぇ……それでもいいなら」

 しゅりるりは、その魔法を唱えようとする。

「だめだめだめぇぇ」

 アトリスは、高所恐怖症気味なので、即座に声を上げた。

「私も遠慮しておくわ」

 ありすも即座に断った。


 地上に降りたしゅりるりは、少し考える。

「しょうがないな……」

 しゅりるりは再び石に触れる。多少の魔法陣構築についての知識があるので、無理やり動かそうと考えたのだ。

「昔の型だから仕組みは簡単♪ 何とかなりそう♪」

 光る文字を次々に。魔方陣に新たな模様を付け加えていく。

「ここの回線を切って、手動発魔に切り替えてっと……」

 輝く美しい造形の文字を、どうでもいい落書のような速さで描き足していく。


 しかし、こんなにも真面目に取り組む、しゅりるりを初めて見る。

「私も構築の基礎はわかっているつもりだったけれど、勉強になるわぁ」

 ありすもそれを見て感心する。

 魔術師の卵ということもあって、魔方陣とその改造の様子は興味深いものらしい。時々、ありすも提案し二人で作業している。


 魔法というものに全く関われないアトリスは、暇なので自分の荷物を枕にした。

「終ったら起こして」

 スキル『いつでも、どこでも眠れる』を使い、アトリスはすぐに寝息をたてる。暇さえあれば眠っているので、いつも通りの行動である。



 ――幾らかの時間がたって。



「魔方陣を刻むなんて、久しぶりで楽しくなっちゃったよ」

「しゅりるりったら、いろいろ無駄な機能付け加えるんだもの」

 余計に時間がかかってしまった。

「あはは♪ 無駄に暗証番号機能つけちゃったしね。しかも、間違うと入り口に飛ばされるの♪」

「うわぁ、極悪」

 アトリスはつぶやいた。


「大丈夫、簡単にばれる様に暗証番号は特に保護しないで内部に書き込んであるから、魔法に詳しい人がいたらすぐに解除できるよ」

「そうだと良いんだけれどね」

 遊びというにはやり過ぎな様々な仕掛けを組み込んでいるのを、ありすは見ているので何ともいえない表情をしている。


 何はともあれ今度は魔方陣は正しく発動した。しかし、何事も無くというわけにはいかなかった。問題がひとつだけあった。

 アトリスがふらふらだ。

 転送酔いをしたアトリスの回復を待って、3人は出発したのでした。


「つまり、この先は誰も来ていない可能性があるって事だよね?」

 続く廊下をまだちょっと気持ち悪そうなアトリスは言う。

「そうね。あの転送の石が停止する前に人が来ていなければ、だけれど」

「あと空を飛べる人や、ロッククライマーが来ていない事を祈るだけだね♪」

 あらゆる可能性を考えている点では同じだが、ベクトルの違う二人の意見。


「誰も来ていない可能性がある以上、罠には気をつけないといけないわ」

 ありすはそう言い終わらないうちに、何か音がした。そちらのほうを見てみるとアトリスが慌てている。

「い、今、何か踏んじゃった」

 床に隠されていた何かのスイッチ踏んでいた。

「言っているそばから、罠ね」


 しかし何もおきなかった。何も起きる気配が無い。

「ん~、きっと歯車がさび付いているとか木が腐ったとか、もうすでに誰かがかかってしまった後で罠を仕掛け直す人がいなかったか」

 何せ古い遺跡なのだ、罠が老化で動かないこともあろう。

「拍子抜けしちゃうわ、本当に」


 遺跡を順調に進んでいくと、広い場所に出た。女神像がありその足元に石碑がある立派な部屋だ。

『この地に巣食う闇の者、光に守られし勇者の手により魔の脅威は去り、……云々』

 石碑にはこう書かれている。

「ここ昔魔王の城だったの?」

 アトリスは少しおびえているようだ。

「そうだね。でもその後、勇者記念館になったみたい。この時代は魔王が世界にとって、本当に脅威だった時代だから……」

 この頃の魔王は数十年、もしくは数百年に一人の周期でしか、現れないほど人気の無い――いや、本当に選ばれた強さの者しかなれない職業だったのだ。


「ここは勇者に縁がある地みたいね。この勇者はアトリスのご先祖様かしら?」

「勇者の家系はもとはひとつだから、直接の先祖でなくとも同じ勇者の血はついでいると思うよ」

「ボクの先祖様の」

 アトリスは思い出す。そういえば自分は勇者の血を一応引いていたのだと。


「この箱みたいなモノは?」

 宝箱とは違うようだが、石の箱のようなものが石碑の前に置いてあった。

 小さな石の箱。

 調べてみると罠はないようだ。しかし、しゅりるりが開こうとしても開かない。なにか魔法的なもので、鍵がかけられているようだ。

「この手の封印は解くのが面倒なんだよね。『想い』という最強で複雑な魔法がかかっているから」

 しゅりるりもお手上げみたいだ。


「開かないんだ」

 罠がないと分かりアトリスは箱に触れる。と、アトリスが触れた途端、箱は聞き慣れない歯車の音を立てる。

「わわわぁ、罠はないって言ったじゃん、うわわわぁん」

 慌てるアトリス。


「罠じゃないよ。魔法が解けているんだよ。勇者にゆかりのある場所だもの、さすが勇者の血。勇者の特権だね。勇者の血は解けない呪いみたいなものだから、鍵には丁度よかったのかな」

 表現がおかしいが、的は射てるような気がする。


 箱に勇者の紋章が浮かび、蓋が勝手に開いていく。

 さて、何が入っているのか。

「からっぽだ」

 アトリスは言う。

 期待に反して、箱の中には何も入っていなかった。しかし、ありきたりな文字が、光輝く文字が箱の蓋の裏側に刻まれていた。

『わが子孫へ。ここまでくるのに、大切なものを君は得た……云々』

 他には何も無かった。

 アトリスは期待させておいて、この結果にがっかりな様子だ。


「まぁ、たとえ中身があったとしても、すばらしい魔具で無い限り、錆びたり風化したりしているからね。何か残っていただけでも、良かったんじゃない?」

「そうよ、何も残ってないよりは断然いいわ」

 しゅりるりと、ありすは残念そうなアトリスを慰める。

「そうかぁ」


 魔法を普段から扱っているありすとしゅりるりは感じることができたが、魔力を持たないアトリスがそれに気がついたかどうか。


 箱の中に入っていた微かに残る思念が希望の魔法を、幸いの祈りを、恵みの祝福を、アトリスに与えていた。


『――希望に満ちた世界に幸いを』


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