第2話 知らないのか 知ろうとしないのか
転職を決意した後、私は約1ヶ月間にわたり酒を飲んだりゲームをしたりと、人生を面白くするのとは、かけ離れた行動をしていた。
はたから見れば、嘘つきだとか、三日坊主とか、口先だけの男だとか言われるだろう。確かにそう思われるのは必然だ。
しかし私にとって、この行動はそれと異なった『好機を待つ』という非常に楽観的且つ、時間を有効活用する為の手段でもあった。
尚、後に『好機を待つ』のであれば、遊ぶのではなく学ぶべきであったと思った。しかし、同時に後悔はしていなかった。
そんな給料を得ては浪費する生活を送っていたある日、大きな転機が訪れる。
私は昼休憩後の仕事を終えて一息つこうと考えていた。
(うーん。哲学。そうだ哲学について調べたい。哲学といえばソクラテスだよな。)
私はスマホでソクラテスの言葉を調べた。
『いい本を読まないということは、字が読めないのと同じである』
(グサッ!刺さるな〜。でも読書は苦手なんだよな・・・。)
『他人からされたら怒るようなことを人にしてはいけない』
(あ〜。おばあちゃんが言ってたっけ。『自分がされて嫌なことは他人にするな』ってね。どれも納得出来るけどもっと面白いのは・・・!)
『食うために生きるな生きるために食え』
『周りが求める物と自分の能力が交わればそれが天職となる』
(これは新鮮だなぁ〜。ありがとう!ソクラテス先輩!もっと他にも・・・あれ?)
私は、そのサイトに貼られているリンクに注目した。IQテストサイトへのリンクであった。
(IQねぇ。どうせ大したことないだろうし・・・・・・・試してみようか。)
私はIQテストサイトに飛び、どうせなら真面目に診断しようと思った。
(次の内、仲間はず・・・あー。鳥ね。哺乳類じゃない。3・6・10・15・・・。はいはい。隣あった数字の差が1づつ増えてるね21だ。これはこれ。これはこれかな。うーん・・・これだな。)
回答進めて行くと、かなりの難問に足止めを食らった。私はスマホと睨め合いながら暫く考えていた。
(流石にこれは難しいなぁ。・・・ってかトイレ行きたい。)
昨晩、飲みすぎたせいだろう。私の腸は悲鳴をあげていた。我慢してテストを受けていたが、流石に限界が来たためトイレ休憩を挟んだ。
(さて、続きだ。)
5分ほどして休憩室に戻り、問題の続きを解こうと思ったが答えに辿り着かない。仕方なく諦めて次に進もうとした時、思いも寄らない壁にぶち当たった。
(おい、『わからない』って選択肢がないじゃないか。これじゃ、適当に回答して正解になっちゃうパターンもあるんじゃないか?!)
私は不満を覚えつつも、適当な選択肢を選んだ。その後、難問がもう1つ出題されたが、それ以外はサクサク解いて結果が出た。
『あなたのIQは142』
さあ、ここからいつもの考察タイムが始まった。
(・・・・・・ないね。ありえない。そもそも、選択肢が変だったじゃないか。下駄履かせて、アクセス数を稼いでるんじゃないか?それに、IQが高い人は賢くて、コミュニケーション能力が高くて、仕事が出来るんだろ?じゃあ、なんでオレは怒鳴られたり、否定されたり、いい人を装って攻撃されたり、陰口言われてるんだよ。・・・いや待てよ。否定から入るのは如何なものか?もちろん、肯定してナルシストみたいになるのは嫌だ。嫌だけど・・・、ソクラテス先輩じゃないが、オレはまだ何も知らないんだ。無知、恐怖、故に否定。人は得体の知れない、わからないものに恐怖を感じ、回避し否定する。ので、あ・れ・ば!知ればいいんだ!統計を取ろう。もちろん10個も100個も診断するわけじゃないから、統計学には法ってないと思うが、やる価値はあるだろう。)
私は結果に納得できず、別のIQテストサイトをいくつか回り統計を取ろうと思ったが、昼休みでもないのに、これ以上休憩する訳にはいかなかった。事務所に戻ってから約1時間、次第に頭の中が、なんとも言えない暗雲に覆われていく感覚を覚えた。
(・・・・・・気になる。)
時刻は15:20。統計を取ったら、どのような結果になるのか気になって、私は仕事が手につかなくなってきた。そんな時、いいタイミングで『もう1人の私』が、話しかけて来た。
((どうした?さっきのテストか?))
(そうなんだよ。あー!気になる。気になる。気になる。気になる。気になるー!)
ついに好奇心が爆発し、頭の中が雷雨となった。
((そんなに気になるなら、トイレでも行って統計取っちゃえばいいんじゃね?))
(仕事もしなきゃ。)
((オマエ、夕方の方が仕事の効率いいし、これくらいなら1時間あれば十分だろ?))
(・・・。)
私は、お腹を抱えるフリしてトイレにかけ込み、6〜7つ程のテストを受けて結果の統計を取った。
(全部140以上・・・。)
((1回、151が出たな。認めてもいいんじゃねーか?))
(いや、まだだ。流石に怪しまれるから事務所に戻るけど、『日内変動とか体調で変化するか』っていう検証と、『国際IQテスト』ってのがあるらしいから、それを試してみる。)
事務所に戻り、フル回転の頭を使って50分程で残りの仕事を終えた私は、業務報告して帰宅する準備に取り掛かっていた。すると・・・。
「司さん。」
部長から声がかかった。
早く帰宅し国際IQテストを受けたい私にとって、苦手な部長と私の間にある距離を移動することは苦痛以外の何ものでもなかった。
「司さん。時間ある?」
(・・・あ、そっか。)
私は、部長が締め切り間近の仕事で忙しいことを知っていた。頼られるのは嬉しいし、困っている時はお互い様という気持ちもあったため、快く引き受けようとした。
「はい。手伝います。」
「何言ってんの!聞かれたことに答えればいいんだよ!時間があるのかって聞いてんの!」
部長は普通に話していれば攻撃的な人ではないのだが、注意や指摘するときに声を荒げる事があった。
「申し訳ございません。時間、あります。」
「じゃあ、これ手伝って。そんなに時間は、かからないと思うから。」
「はい・・・。」
(なんや、この茶番!?え、これって漫才?だから『手伝う』ゆーたやん。って、なんで関西弁??)
その後は、特にトラブルもなく手伝いを終え、若干残業になってしまったが、許容範囲内である事に安心した私は、興奮気味に急いで家路へとついた。
尚、私は車中で先ほどの会話が、噛み合っていなかった。回答が適切でなかったと少し反省した。
「ただいまー!って、誰も居ないけど。急げ!早くテストを受けるんだ!」
(いや、ここは一旦落ち着こう。興奮状態では正しい答えを導き出せない。)
帰宅した私は真っ先にPCの電源を入れた。そして目を瞑った。ゆっくり数回、深呼吸した後に国際IQテストを受けた。
問題は40問。レベルとしては、昼間に解いた問題より若干高い程度・・・。いや、レベル範囲の下限が同じくらいで、上限が高くなり範囲が広がっていた。
「終わった。」
回答を終え、メールアドレス等の登録を済ませたPCの画面は、しばらくロード中となった。目を凝らしていると思いも寄らない画面が出てきた。
『このテストは一生に一度しか受ける事は出来ません。
貴方のIQを記載したカードをお送りいたします。
5ユーロ(約600円)
支払い→《クレジットカード》or《PayPal》』
「え?」
((オマエ、クレジットは・・・。))
「持ってない。」
((だよな。じゃあ、PayPal登録してみたらどうだ?))
「やってみよう。」
私は初めて、PayPalなるものを登録してみた。すると・・・。
『ただいまの時間は、お取引出来ません』
((まあ・・・、確かに・・・夜だしな。))
「やめたやめたー。いいや。明日休みだし、酒飲んでから二日酔いの状態で無料の問題解いてみる。おそらく状態が悪いと低く出るのは予想つくけど、とにかく検証してみよう。」
((じゃあ、お楽しみの・・・。))
「晩・酌・だっ!」
いつもの様に晩酌を楽しむ私であったが、いつもと違う点があった。この夜、私は動画やゲームで遊びながら晩酌していたのではなく、『IQが高めの人はどの様な特徴があるのか』を調べながら自作のカクテルを楽しんでいた。
次の日、二日酔い+寝起きという最悪のコンディションで問題を解いた私のIQは112だった。
私は、カーテンを開け大きく背伸びした後、『もう1人の私』に話しかけた。
「なあ。」
((どうした?))
「オレは知らないらしい。」
((何をだ?))
「自分のことを。」