第1話 感情の有無
【生き辛ければ自分が変わればいい たったそれだけの難しい事】
「ありがとうございます!」
私は司 光。とある企業に勤める普通のサラリーマンだ。
今日も一通り業務を終え、控え室に戻り一息つく。あとは、事務的な作業を終えれば帰宅できる。
定時までに完結できればよかったが、基本的な活動時間が夕方以降の私にとっては努力した方であった。
「ふー。今日もなんとか乗り切ったな。」
全力で1日の仕事をこなし進捗報告をしようとした私の携帯に着信が入る。
「え?副支店長?!」
私の上司は近い方から順番に係長、課長、部長、副支店長、支店長という関係になっている。基本的に問題があれば近い上司から連絡がくる仕組みになっているのだが、いきなり副支店長から電話が来たとなっては驚きを隠せなかった。
(オレ、何かやらかした?ミスしても普通は係長から連絡があると思うんだが・・・。)
私は、不安に思いながらも焦って電話に出た。
「お疲れ様です。司です。」
「お疲れ様です。梅宮です。司さん、先月受けた講習のアンケート返した?」
そう。先月に全社員受講必須の講習があり、受講した記録としてアンケートを提出しなければならないことになっていたのだ。私は完全に忘れていた。
(しまった!忘れてた!ごめんなさい!謝んなきゃ!)
「すみません。」
私は心から反省し、周りに迷惑がかかったことに対して謝罪した。それに対し、鼓膜が痛みを感じる程に梅宮副支店長が罵声を浴びせてきた。
「すみませんじゃないんだよ!!!」
副支店長は通話を切りたくなる程の声量で叫んできた。だが私は、実際にミスを犯した申し訳ない気持ちと謝罪の念を持って回答した。
「申し訳ございません。すぐ返します。」
「返して!返して!!今すぐ早く返して!!早く!!!」
副支店長の返事は超絶に早口で強く煽り、私の気持ちなど関係ないと言わんばかりの言葉であった。
「はい・・・。」
私にはそう答える以外なかった。そして、言われた通りに報告書を送信した。
その後、私はPCのデスクトップを見つめながら数分間、自分の考えを整理していた。
・・・・・・
時刻は18:30この位の時間になると私の頭は高速回転し止まらなくなる。
車に例えるなら、昼過ぎまではどう頑張ってもエンジンがかからず、自力で車体という名の自分自身を押し、また引きながら気合いで走る。いや、走るというよりはゆっくり進む。15:00を過ぎると徐々にエンジンがかかり、17:00頃にはアクセルに触れているだけで時速何百kmまで一気に超加速出来る様になる。
そんな状態の私はいつもの様に超高速で考えていた。そして・・・。
(確かにこれはオレが悪い。講習のアンケートを期日までに返さなかったオレが悪い・・・だが!)
さあ、ここから私の考察が始まる。
(オレが悪いん、だ、が!上司が激しい感情で部下を責める様な悪魔の巣窟にはいられないさ。だって、上司は・・・いや、上司と表現するのは違うかな。人を管理する側は管理される側の『責任を背負えるのか。』が、大切なんじゃないか?少なくともオレはそう考えている。だって組織の上下関係ってやつは『やれ。全責任はオレがとる』ってのが理想じゃないか。そう、田中角栄さんだよ。決して現場の社員が起こしたミスを責めてはならない。注意はいいよ。方法としては、そうだなぁ・・・。先ず、相手の目線に立って、相手を安心させて自分の言葉を聞いてくれる様な状態にする。よかったポイントを伝えてもいいよね。その上で改善して欲しい内容を『冷静』に・・・ここ重要。『冷静』に伝えるとか。この『冷静に』って所、テストに出るんで覚えておいてくださいね〜。・・・誰に言ってんだよ。ふふ。最後に、管理者である為の一番大切な条件は何でしょう?答えましょう!それは責任を受け止める覚悟があるかです!あ、これはオレの考察なのであくまでも参考までに。だから誰に言ってんだよ。ははは。)
「・・・・・・帰ろう。」
やる気が失せた私は、その日に終わらせなければならない仕事のみ片付けて愛車に乗り込み帰宅していた。尚、私にとって車中というのは半プライベートな空間と考えている。
その空間で、いつもの様に物心ついた頃から私の頭の中にいるもう1人の私が話しかけてきた。
((よかったじゃねーか。))
「そうだね。ここで転職を決意できたのは、よかったと思う。」
人がいる所では、独り言を呟くことはあっても持論や考察は決して声に出さないが、自宅や車中では遠慮なく持論、考察はもちろん自問自答、もう1人の自分との対話を声に出して楽しんでいる。というよりかは、自然とそうなる。
「でもね。嫌だから辞めるってのは、オレは嫌なんだ。」
((ほう、面白いね。))
「うん。逃げること自体はダメじゃない。大切なのは逃げ方、逃げる目的だと思うんだ。オレは、自分の人生が面白くなる様な仕事をしたい。そして、敵味方問わず全員が笑顔になれる様な仕事をしたい。そういった仕事を見つけてから辞めたい。」
((悪いが、それは綺麗事じゃねーか?))
「ふふふ。おそらく1人でいる時に、綺麗事を言う奴はいないよ。理由があるんだ。」
((なんだ?))
「オレは、チキン野郎だ。」
((ははははー!確かに!怖がりで、臆病で、いつも争い事は避けたがるよな!))
「そう。だから辞めるのは今じゃないんだ。今、嫌だから転職したって結局同じ失敗を繰り返す。だからオレは変わりたい。だから今は我慢してこの職場で頑張る。でも準備が整い次第、必ず転職するよ。」
((出来るさ。オレは知ってる。オマエはいつも楽観的だが、決して他人には見せない『自分自身』を持っていると。))
「ありがとう。かなり時間がかかると思うし、むしろ時間をかけて考えたい。暫くは辛い日々が続くと思う。ごめんな。でも変わろう。未来のために!」
((大丈夫。さっきも言ったろう。オマエなら出来る。))
「ありがとう。」
自宅に着く頃、陽は落ちて夜になっていた。夜空には私が大好きな星達が輝きを放っていた。
私は星空を見上げ、満面の笑みを浮かべながら車に鍵をかけた。