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1997年

タイトル長すぎたのでちょっと短くしました。

「うーん、ボリュームのある髪は難しいかな」

「……何をしてるんだい?」


 放課後。

 大きな鏡のある特別教室で、ヴァレリーをその前に座らせて髪をいじっていると、悪魔は不審人物を見る目で俺を見てきた。


「見てわからないか?」

「ヴァレリーの髪型をいじっているのは分かるけど……何? ついに君もファッションに目覚めたのかい?」

「そんなわけあるか」


 テルネとして小学生四年生になった。


 これぐらいの年になるとだいぶ周囲の女子も女子女子してくるのだが、俺は中身がおっさんなので特に興味はない。髪型だって常に男子レベルのショートカットだ。おかげさまで悪魔とお揃いになっているが……まあ双子というのはそういうものだろう。


「ならなんで急に髪型なんか」

「いや、どういう髪型がいいか考えていてな。実際に手元で作ったほうがイメージが湧くかと思って」

「それであたしがテルネに協力してあげてるのよ!」


 俺に頭をこねくり回されているヴァレリーが得意げに言う。


「ナルトももう少し、女の子の気持ちを理解するべきね!」

「ああ……うん……」


 ヴァレリーはどうも俺が自分の髪型を模索していて、それを恥ずかしがっているのだと考えているらしい。

 惜しいな。俺の髪型じゃないんだ。バーチャルな俺の体の方なんだな。まあヴァレリーには計画を教えていないし、勘違いしてるなら別にそれでいいが。


 時は1997年。


 そろそろネット上での活動をしていく必要がある。2011年を予定しているバーチャルYouTuberデビューを前に、まずはバーチャルネットアイドルとして存在する必要があり、そのためにはキャラクター……後の俺のアバターのイラストが必要だ。

 そのためキャラクターデザインを早急に固めないといけないわけで、こうしてヴァレリーの髪をトルネードしている。


「で、髪型の何を悩んでいるのさ?」

「大事なのはシルエットだ。個性的なキャラクターというのは、シルエットだけでそれだと分かる必要がある。まあ、安易にトゲを生やしたりすればすぐ見分けはつくが……やはり『最初』は普通の女の子であるべきだ」


 バーチャルYouTuberの親分、始祖の存在を目指すのであれば、奇抜な格好は好ましくない。そういうのは後続の役目だ。むしろ目指すところは普通の女の子。どんなメディアでも取り上げられやすい姿形。


「そしてシルエットのなかでも、バストアップが特に重要になる。人物を紹介するのに、わざわざ紙面を割いて全身を載せてくれるメディアは少ない。ワイプ表示が主流になる今後の動画環境ではバストアップのシルエットにこそ力を注ぐべきだ」

「なるほどね。それで髪型?」

「そうだ。ついでにいうと、髪型が特徴的だとデフォルメされるときも有利だろうな。目や鼻、顔がまともに描けない絵心の人間でも、髪型の輪郭は描くことができる。髪型さえなんとか描ければキャラクターとして認識できる……というのは、絵が下手な人間にとってとてもありがたい」


 今は悪魔からもらった才能と、教室に通った経験があるから顔もしっかり描けるが、前世では目鼻口は全部「・」でしか表現できなかった。そのレベルの絵心でもキャラクターが認識できれば、ファンアートを描くモチベーションにもなるだろう。


「それで特徴的な髪型を作ろうとしているわけだね」

「ああ。髪が長ければバリエーションは増える。めちゃくちゃに長いツインテールとかな。ただ……長いのはやはり難しいか」

「なんでさ? 長いだけだろ?」

「バストアップに収まらない場合、それ以降の部分は簡単な想像で補えるようにしないといけない。クソ長ツインテの先っぽにオーブをつける、とかしてもバストアップからは見えないだろう? 人間の記憶は曖昧だから、一度全体を見たことがある人でさえ、オーブの数やら色やらを間違えてもおかしくない。ましてや初見では装飾の有無など」


 描き分けしやすくはあるんだがな。


「うーむ。やはり長い髪は難しいな。……ところでヴァレリーは髪をいつまで伸ばすつもりなんだ? 手入れが大変だろ」

「えっ。き、切ったほうがいい?」

「いや? 好きにしたらいい。聞いてみただけだ」

「そ、そう。ならこのままにするわ。だって、綺麗な髪でしょ?」


 自分で言うかこいつ。確かに日本人離れしたブルネットは美しいし、小さい頃にそれを褒めたことも一度ぐらいあったのは認めるが、ずいぶんナルシストに育ったものだな。


「しかしショートヘアの研究には向かないな。やはり別のモデルを使うべきか」

「別って誰だい? 僕はお断りだよ?」

「誰がお前に頼むか気持ち悪い。そんなことより適任がいるだろ」


 俺は教室の入り口の方を向く。


「おい」


 開きっぱなしの扉。


「いるのは分かってるんだぞ」


 一見誰もいないように見える廊下に向かって、呼びかける。


「出てこいよ、ルーニャ」


 しばらくして――姿を現したのは、妖精のような子どもだった。


 はらはらと揺れる金の髪、悔しそうに歪む青い目。小さくて細い体が、スッと半身を見せる。


「うわ、びっくりした。いたのかい、ルーニャ」

「……危険人物、監視してる」


 薄い金髪を肩まで伸ばした子どもは、体を扉に半分隠しながら鈴の音のような声で言った。


 こいつの名はルカ・ウラジミルヴィッチ・スミルノフ。ソ連崩壊の間際に日本に亡命してきたらしい、おえらいさんの息子だ。


 そう、息子だ。


 正直男の制服を着てなければ女の子としか思えないぐらいかわいい。


 だが男だ。


 そんな男に俺は監視されているのである。


「立場がいつの間にか逆だよね」

「楽だからいいんだけどな」


 ルーニャとは担任の紹介で知り合った。


 俺たちは学校で目立たないようにテストや実技で手を抜いていたのだが、勘のいい担任はそれに気づいて呼び出しをしてきた。やれやれ怒られるのかと行ってみればわりと話の通じるやつで、手抜きは不問にしてもらえることになったのだが、そのかわりに「面倒を見てくれ」と押しつけられたのがルーニャだ。


 まあちょうどロシア語も実地で使いたいところだったしと『お前がルーニャか? 私はテルネ。よろしく』と挨拶した瞬間――子犬のような目をしていたルーニャが猟犬の表情になって襲いかかってきた。


 ロシア語を理解する日本人――というか、日本人のフリをしたロシアのスパイだと思ったらしい。道場に通ってなかったら危なかった。その場で取り押さえておとなしくさせるのに、どれだけ苦労したことか。


 その後、俺はただロシア語を勉強しているだけだと説明したが、それで全ての警戒が解けたわけではないらしく、それからルーニャは学校で俺を付け回している。面倒を見る、という目的は結果的に達成できているようなものだから、手間がはぶけたんだと思うようにしているが。


「監視はバレバレだぞルーニャ。おとなしくヴァレリーと交代して私の前に座れ」

「捕虜交換……仕方なし」


 ルーニャを座らせると、ヴァレリーから借りた道具箱に手を突っ込む。


「暗殺道具」

「違う。短めの髪型でシルエットを出すなら装飾が必要だから、それを試すんだ」

「なるほどね。単純な形ならイラストにもしやすい?」

「ああ。ぴょこぴょこやアホ毛は偉大だ。シルエットとして完璧だからな。髪以外の装飾を使えば簡単に特徴を出すことができる……が、ひとつだけ気をつけないといけないことがある」

「何をさ?」

「左右対称であることだ」


 それは親分的な存在を目指すなら必須の条件。


「左右非対称だと、どうしても『集合時』に真ん中に配置しづらい。真ん中、センターを目指すなら、左右対称であるべきなんだ」

「ええ……考えすぎじゃない……?」

「ただシルエットでは左右対称でも、その内側では左右の区別がつくのが好ましい。そうなると……ふむ」


 ルーニャの髪の片側を一部だけ編んでみる。耳の前に三つ編みが揺れた。うん、いい感じだな。


「装飾はやはりリボンか? 金髪にデカイ赤リボンは正義だが……」

「セーラーヴィーナスの話!?」

「特定のキャラの話じゃあない」


 ヴァレリーが食いついてくる。こいつ結構なアニメオタクなんだよな。


「というかセーラームーンは冬に放送終わったんじゃなかったか?」

「ヴィーナスはかわいいのよ! ヴィーナスについて話しましょ!」


 この学校、いいとこだけあってアニメ見てるやつ、そしてそれを公言するやつとなると今のとこ俺ぐらいしかいないんだよな。オタクにはつらい環境だ。


「私とアニメの話がしたければGHOST IN THE SHELLを見てからにしろと言ってるだろ。もうレンタル開始してるんだから」

「ホラーは嫌よ」

「幽霊って意味じゃないんだ」


 VRの歴史を考えるに、攻殻機動隊は重要なアニメだ。エヴァもいいけど、VR的にはまずこっちを見ろだ。


「とにかくリボンを試そう。……ってこのリボン、デカイな」

「ヴィーナス!」

「分かった分かった。……ふむ、直立しないな」


 当たり前だが、現実で頭の上に立つリボンを再現するには針金が必要そうだな。これじゃどちらかというとタレ耳のウサギだ。いや待てよ……。


「あまり頭の上のスペースを使うのもなんだしな。むしろ下ろして……ボリュームを逆手に……ふむ」


 リボンを髪の後ろに大きく垂らしてみる。


「いいな。二色目の髪って感じだ」

「いい?」

「ああ、かわいくできた」


 ルーニャに答えると黙られた。まあ、髪をいじられて気分がいいわけもないか。こんなに良く似合ってるが男だし、かわいいなんて言われて喜ぶわけもない。


「ホントだ! ルーニャ、かわいい!」

「ヴァレリー粛清する」

「なんでぇ!?」


 男にかわいいなんて言ったらそりゃそうなるよ。


「なるほど。つまりテルネはこういう髪型の子が好みなんだ?」

「違うが?」

「ええ……?」


 この悪魔はまったくもって分かっていない。


 Vtuberの器は魂の性癖の発露だ。モデラーは誰しもこだわりの部位に力をかける。その性癖がニッチであればあるほど、深く刺さる人がいるというものだ。


 だが、最初のVtuberが俺の性癖全開というわけにはいかない。


 目指すところはあくまでも親分なのだ。万人受けが必要なのだ。でなきゃ髪型の模索などしない。


「何はともあれ、方向性は見えてきたな。ヴァレリー、ルーニャ、協力してくれてありがとう」

「いいのよ、親友でしょ!」

「監視の一環」


 いつの間にか親友にされていた。まあ、ヴァレリーも自分のクラスじゃけっこう浮いてるらしいし、友達設定ぐらいでどうこう言うのはよそう。……ルーニャはいい加減、スパイ疑惑を解除してくれ。


 バーチャルYouTuberの日の出は遠い。YouTubeはまだ影も形もない。しかし時間は確実に進み、その時は着実に近づいてきている。


 1997年。バーチャルネットアイドルとして、今年中には存在を主張する。まずはそこからだ。

応援ありがとうございます。どういう計測期間かよくわからないのですがとにかく日間ヒューマンドラマ1位いただきました。週間も2位、月間も7位のようです(月間入れるとは思ってませんでした)。ありがとうございます。明日も更新します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 初音ミクって神デザなんだなあと思いました(小並感)
[一言] 野球に興味のない身としては、こちらの方が安定して楽しめます! この先も楽しみです!!
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