2015年
【ゲーム実況】コースが作れるそうですわね?【スーパーマリオメーカー】 / 神望リリア 2015年9月の投稿動画
「みなさま、ごきげんよう」
白い空間に、ワンピース姿のお嬢様風の少女が立って挨拶する。わずかに傾げた首に応じて、頭の後ろのボリュームのある茶髪の三つ編みが揺れる。
「みなさまを天に導く、バーチャルYouTuberの神望リリアですわ」
にこりと笑い、頬にかかる髪を手で払う。
コメント:いろいろ導かれたい
コメント:昇天したい
「今日はゲームで遊ぼうと思うのですけど、タイトルが……スーパーマリオメーカー、あのマリオの新作ですわね」
片腕を胴に回し、もう片方で頬に手を当てる。ふくよかな胸がぐっと強調され、服の胸元が緩んで谷間が広がった。
コメント:REC
コメント:ココ!
「どうやらこちら、コースを作って遊ぶゲームらしいのですが……わたくし、こういったことは苦手で。仕方ありませんね、アレを呼びましょう」
パン、パン、とリリアは手を叩く。
「イヌビス? イヌビス、いらっしゃい」
「呼んだか」
ぬっ、と。宙に浮く異形のものがリリアの隣に並ぶ。包帯でぐるぐる巻きにされた犬だろうか――手足はないようだが。
コメント:出た、犬
コメント:かわいいのに渋い声のギャップよ
「イヌビス、ゲームで遊びます。準備しなさいな」
「いいだろう」
なぜか二人とも不遜な態度でやりあう。イヌビスはゆるキャラのような外見から渋い声を出し、包帯を手の代わりにしてゲームパッドを取った。
コメント:犬偉そうだな
「それでは遊んでいきましょう。イヌビス、面白いコースを作りなさい」
「無茶振りが過ぎる。せめてテーマを決めろ」
「あらあら、自分で決められないのですか? 仕方ありませんね。そうですね、そのアイテムが面白そうですね、それを中心にしてくださる?」
「これか……ならアスレチックステージがいいだろう」
コメント:なんだかんだ言ってリクエストを聞く犬好き
もくもくとイヌビスがコースを作り始める。そこに横からリリアがアレコレと口を挟んだ。
「そうですね、そこで不意打ちをいれてみましょう」「別の色になりませんか? 色合いがちょっと」「もっとユーザーに優しくしたらいかがです?」「ああ、そこはもっとコインを置いてください! 華やかに!」
「……おい」
やがてイヌビスが不機嫌そうに顔を上げて言う。
「いちいちうるさいぞ。そこまで言うならお前が自分で作ったらどうだ」
「あいにくわたくし、印鑑より重いものを持ったことがなくて」
ふぅ、とリリアは悩ましげな息を吐く。
コメント:印鑑が持てるなら問題ないなリリアちゃん結婚しよう!
コメント:タッチペンはそんなに重いのか?
「イヌビスはこういうことが得意ですよね? だから任せているのですよ。それともいつもは口だけなのかしら?」
イヌビスが――動きを止めて声を低くする。
「あまり調子に乗るなよ」
「あら」
リリアは手を後ろで組むと、イヌビスの顔に近づく。
「誰に向かって口をきいているのかしら?」
「うッ」
イヌビスは不自然なほどに硬直した。
コメント:犬負けたな
コメント:リリアちゃん強い
「……うふふ。冗談ですわ。イヌビスの作ったコース、楽しみにしていますからね。きっととても面白いに違いありません」
その後なんとかコースを作り上げたイヌビスはテストプレイを求め、リリアはイキったわりには苦戦する。しかし最終的にコースの穴をついて裏道からゴールしてしまい、勝負? はリリアの勝ちとなる――
◇ ◇ ◇
【カリーム・ジブリール・サイード・ジャウハリーの記録】
「お疲れ様でーす!」
「はい、お疲れ様でした」
スタッフに声をかけられて、ラトナ・アンゴドという華僑の女がニマニマと笑う。その笑いが自分にも向けられて、カリームは身構えた。
「あなたもお疲れ様でした。まあまあ良かったですよ」
「……まあまあ、だと?」
「わたくしのような素人に、ああも簡単にクリアされるようでは、ゲーム開発会社の社長の名が泣きますね」
「ふざけたことを。あれはキサマのレベルに合わせてやったのだ」
裏道があったことは想定外だったが――こいつ――ラトナの演じる神望リリアが本気で打ちのめされるような高難易度コースを作っては、動画の趣旨にあわないだろうが。
「キサマはそこを汲むべきだ。いいか、神望リリアは天使の末裔という設定なのだ。相方のマスコットキャラクターとバチバチにやりあってどうする」
「あらあら、すでにもうイヌビスを雑に扱うのがお約束ではないですか。視聴者にも好評でしょう。――それに」
ラトナは笑みを深くする。
「わたくしほどのエンジェルはいないと思いますけど? この事業への投資額を思い出させてあげましょうか?」
「ぐっ……」
カリームは――反論できない。
そもそもがラトナはガブガブゲームスの大株主でもあり、このバーチャルYouTuber事業では筆頭株主だ。しかも押しつけたはずの演者役がやたらと気に入ったらしく、追加で出資までしてきている。エンジェルどころかアークエンジェルと言っても差し支えない投資家だ。
だからこそ収録内容にいちいち口を出してきたり、企画や編集にまで絡んできたり、挙げ句の果てに「マスコットキャラクターがいたほうがいいですわね」とか言ってカリームを演者に引っ張り込んでくることを断れない。
「わたくしの施策のおかげで、登録者数も増えてきたでしょう?」
「……まだ赤字だがな」
YouTubeからの広告収入だけでやっていくにはどれほどの登録者数が必要なのか。世の中のYouTuberはどうなっている? いや、個人、一人で運営しているチャンネルなら問題ないだろう。しかしこのプロジェクトはそうではない。人件費もスタジオの賃料もかかっている……。
「……彩羽根トーカが恐ろしい」
「トーカが、ですか?」
「正確にはあのプロジェクトがだ。あのクオリティに企画内容。オレたちよりも金がかかっていることは想像がつくだろう?」
「……まあ、そうですね」
ラトナがゆっくりと頷き、カリームは先を進めた。
「リリアは動画の広告収入だけでは黒字にならん。最近、他の企業もバーチャルYouTuberに手を出し始めたから、そいつらにスタジオを貸すなどして、わずかながら稼いでいるが……トーカはどうやって収益を上げているのだ?」
「企業からの広告案件ではないのですか? 最近だとスマホゲームのテレビCMにも出ていたでしょう」
「そのゲーム会社に値段を聞いたが、あのペースで黒字になるとは思えん」
「それならトーカさんに直接聞いてみては?」
「コンタクトは取ってみた。ゲームのCMに出てくれないかと。……出演料の情報は正しかったな」
ということは相手を選ばず一律の価格設定というわけで、やはり収入源としては弱い。
「つまりあれは赤字を垂れ流しながら走っているプロジェクトということになる。4年間もだ。それが恐ろしい」
もっともリリア以外のバーチャルYouTuberでも、黒字になっているところは聞いたことがない。どの企業もいずれ儲かると信じてやっているようだが、バーチャルYouTuberは全体的に登録者数が伸び悩んでいる。そろそろ手を引こうか検討しているところもあると、風の噂で聞いた。
バックに巨大企業がついている可能性もあるが、それなら関連性を宣伝しないわけがない。トーカは異常だ。なにもかも。
「実はこちらもバーチャルYouTuberをやっていることを伝え、技術共有や共同開発など、協業できることが何かないか片っ端から聞いてみたのだが……」
「どうでしたか?」
「すべて断られた。特にスタッフとのコンタクトは絶対に駄目だと」
「そうでしょうね」
ラトナがなぜか満足げにうなずく。カリームは少しイラッとして――口を滑らせた。
「収穫がないわけではなかったが」
「へえ、なんですか?」
食いつかれる。
結局、カリームは秘密裏に進めようとしていた計画を吐くことになった。
「以前作っていた動画配信プラットフォームがあっただろう」
「ああ、あなたがYouTubeに収益を吸われるのを嫌がって結果赤字になったアレですね」
「フン、なんとでも言え。トーカのスタッフはそれに可能性があると言ったのだが?」
「可能性……?」
「あれは複数の角度からライブが見れるというのをウリにしていたが、今後出てくるVR機器が……――……配信だけでなく交流……――」
トーカのスタッフからの言葉と、それを受けて作り出そうとしているものについて語る。
「――……というところだが、実現にはやはりハードルがいくつか」
「金ですね。出資します」
「……いや、確かに金も必要だが」
「金があれば大抵の問題は解決できるでしょう。人が足りないなら雇う、技術がないなら買う。それとも、金で解決できない問題でも?」
「いや……」
「ならばわたくしが投資します」
ラトナが胸を張るのを見て、カリームは急に、家に置いている宝物のことを思い出した。これは投資だと言って、少女が稼いだ金で買い与えられた、今の自分を作り上げた宝物たち。
テルネの期待する結果を、自分は出せただろうか? テルネはどこかで自分の作ったゲームを遊んでいるだろうか?
……決まっている。テルネはきっと気づいているはずだ。いずれ彼女の琴線をショートさせるようなコンテンツを作ったときこそ、彼女は喜び感激して自分のもとへやってきて、この腕に抱かれるのだ。年末調整には配偶者有りに丸をつけないといけない。
「いいだろう」
だから、カリームはラトナの金を受け入れる。
「オレに投資させてやる」
◇ ◇ ◇
2015年11月。
「ほうほう、神望リリアちゃんねえ。かわいいじゃないか。アシスタントのイヌビスとのやり取りもいい。すごいテコ入れしてきたな。二人同時取り込みもこの時点じゃ地味に技術力の高い……」
「リリア?」
コタツの上でタブレットをいじって独り言を言っていると、悪魔が向かいから、首を傾げて割り込んできた。
「リエルじゃなかったっけ? 神望リエル」
「リエルは妹の方だな……たぶん引退したんだろうが」
神望リエル。残っている画像ではリリアと違ってショートカットの元気娘だ。衣装もリリアが胸元一点勝負なのと違って、全体的に露出が多い。
「妹の方もかわいいし、実際に見てみたかったんだがなあ」
「……ああ、YouTuberじゃないんだっけ?」
「ガブガブゲームスの子会社が作ってた……ナントカとかいう動画配信サイトで活動してたらしい。サイトが閉鎖されてYouTubeに活動場所を移したようだが、その時から姉のリリアだな」
なのでリエルにはアーカイブも残っていない。不覚にも追いきれなかったVtuber的存在だ。俺としたことが……くそう。
「たぶん急な交代だったんだろう。素体はリエルの使いまわしみたいだし……」
「ふーん。で、どうしたのさ。新しいVtuberが出てきたのに面白くなさそうだね?」
「リエルちゃんが引退したんだぞ?」
「総数では増えてるじゃないか。そのリリアと犬で」
悪魔は数字を数えて言う。
「他にも少しずつバーチャルYouTuberも増えてきているし、君も満足なんじゃない?」
「増えてきたのは嬉しいが、リエルちゃんの引退は嬉しくない。Vtuberの引退ほど悲しいことなんてないだろ? ファンの数は少なかったかもしれないが、ゼロというわけじゃないんだ。どこかで誰かが、推しの死に泣いている。そんなの嫌すぎる」
「実際死んだわけじゃないよね? 大げさだなあ」
この悪魔、人の心はないのか。……ないか、悪魔だし。
「減ったことより増えたことを喜びなよ」
「確かに増えてきた。だがブームは起きていない」
新しく増えたVtuberはいずれも企業が運営しているものだ。いやごく一部には個人がやっているものもあるが……俺ぐらい熱心にチェックしていないと見つけられないぐらい、マイナーな存在だ。それこそ独自プラットフォームに引きこもっていたリエル以上に見つけづらい。
増えてきたVtuberたちに対して、Vtuberのオタクとして喜びはある。しかし、ジャンルとして見るとどうか。
「トーカにも案件こそ増えてきたとはいえ、やはりオタクカルチャーの中ではマイナーな存在だ。これはまだブームじゃない。何千というVtuberが爆発的に増えたあの輝かしい時間じゃない……」
トーカこそ登録者数が30万に到達したが、それまでだ。トーカ一人勝ちの市場になっている。
「……私にはブームを起こす力がないのかもな」
「もっといろいろやってみたらいいんじゃない?」
「やってはいるんだがな」
才能がまだ足りなかったのだろうか。それともそれ以外の要因が?
いずれにしろVtuberはわずかに……両手に収まる程度ではあるが増えつつあり、そして全体的なVtuberファン層は増えていない。
トーカ以外、誰一人として成功者のいない界隈。
どこもかしこも収益化できておらず、継続が危ぶまれる業界。
「……バイトの時間か」
コタツから抜け出た足に、冷気が縋り付いてくるのを振り払い、俺は答えを見つけられないままコンビニに向けて出発するのだった。
◇ ◇ ◇
【???の記録】
「おお〜」
スマホがバイブレーションしたのを見て、男は声を漏らす。進んでいなかった作業を中断して、通知を確認した。
「すごい。Twitterに動画リンク貼っただけで4人も登録してくれたぞ」
YouTubeに投稿した動画に、数少ないフォロワーが興味を示してくれたのだろうか。義理かもしれないが、それでも嬉しい。
「うん、やっぱり早いところ自己紹介動画は撮らないとな〜」
チャンネルには今、ほぼ謎と言ってもいい短い動画が一本上がっているだけだ。これでは登録してくれた人に申し訳ないだろう。数人とはいえ、見られていると思うとプレッシャーを感じる。
彩羽根トーカをきっかけにいろいろバーチャルYouTuberを見てみた結果、自己紹介動画は必須っぽいことがわかった。まずはそこから。それから少しエンタメ的なものを載せてみよう、と男は考える。
「結構動画作るのもスキルいるなあ。凝ったことしようとすると準備も大変だし。逆に言えばスキルアップにはなるか」
男は椅子をギィッと鳴らす。
「でもYouTubeっていいかも。今後の宣伝にも使えそうだし、広告費入れば収入にも……って、そこまでは無理か。まあ、あとはほら、作業の進捗報告とかに使えばサボりづらくなるし……」
現在進行形で横道にそれていることから目を背ける。
「しかし、エンタメ……ネタがないなあ……うーん」
何かないかとTwitterのタイムラインを見てみる。しばらく追っていると、ふと一つの広告が目に入った。
「へえ、そんな日があるんだ……そういえば、アセットストアに良さげなやつ売ってたな」
ストアを検索する。意外とキーワードに引っかかるものがたくさんあった。それでもなんとか目当てのものを見つけ出す。
「自分で作るより安い! よし買った! ……よーし、収録するか!」
男はそれまで悩んでいた作業を一度脇に置き、動画撮影を始めるのだった。