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2006年

「死ぬかと思った」

「大げさだなあ」


 2006年。卒業式を終えて帰宅し、俺はようやく緊張の糸を切った。自室でへたり込む俺を見て、悪魔が小馬鹿にした顔をする。


「ルーニャからの最後のトラップも無事回避したし、最後はみんなで輪になって抱き合って涙のお別れ。最高の青春だったんじゃない?」

「その最後のハグの間もルーニャは関節取ろうとしてくるし急所を狙ってきてたんだよ。気を抜いたら死んでたぞ」

「えぇ……」

「しかも誰か知らんがドサクサに紛れてケツを触ろうとしてきてたし。ルーニャの攻撃をかわすのに精一杯で特定できなかったが……」


 カリーム……ではない気はするな。あいつはやる時は正面から来るだろうし。しかしそうなると誰かわからんが……いや、ヴァレリーっぽいな。めちゃくちゃ泣いてたが手は独立して動いたりしそうだし。


「最後まで人気者だったねぇ」


 悪魔はニヤニヤと笑う。……うーむ。


「なんだい、ジロジロと」

「いや……前から薄々思ってたんだが……お前、私の体になんかしてるだろ?」

「はぁ? 僕がテルネに?」

「気持ち悪いこと言うな。今お前が使っている私……俺の元の体の事だよ」


 蓮向ナルト。それが俺の前世での名前と姿だった。しかしその名前も姿も、今は悪魔に乗っ取られ、俺は双子の姉として今生を生きているわけだが……。


「子どもの頃の顔はあまりよく覚えてないんだけど、成人に近づいてきて気づいたんだ。お前、俺の顔に修正入れて使ってるだろ。自分で言うのもなんだが、俺の顔ってもっと情けなくてブサイクだったぞ」


 眉とかもっとこう困り眉系だったし、口元もひん曲がってた。目も落ち窪んで暗かったし、鼻もデカかったな。


「今の顔はわりと整ってるように見える。自己愛のせいかとも思ったんだが、前世では一度も貰ったことのないバレンタインチョコまで貰ってるし、周囲から見てもそうなんだろう。ブサメンで人生をやりたくない気持ちは痛いほど分かるが、腐っても俺の顔なんだから愛着ってもんはある。勝手に修正されたんだと分かったらムカついてきた」

「えぇ……感謝されるんじゃなくて? っていうかね、僕もできることならもっとイケメンで介入したかったよ。でも何度も言ってる通り、この世界にこうして入り込むので力は全部使っちゃったんだ。だから君の顔を修正する余力なんてなかったよ」

「つまりどういうことだってばよ?」

「元々君ってこういう顔なんじゃない?」

「前世の俺の非モテっぷりを見てなお言えるか?」

「いや、そうじゃなくて素養の話でさ。例えば君だってカロリーの高いものばかり食べれば太るだろう?」


 そりゃそうだ。女だからって何もせずにスリムなわけじゃない。


「でも食べなければ痩せていくわけだ」

「当然だろ。まあ運動しないと健康的に痩せないが」

「顔も体型と一緒なんじゃない?」


 ……うん?


「……つまり、体が環境の影響を受けるように、顔も環境の影響を受けて変わる?」

「そうそう」


 そんな……いや、あるのか?


「……悪徳宗教に騙されているやつの顔はけっこうヤバイ。だが洗脳が解けた途端、顔が明るくなったとかいう話を聞いたことがある。もし……ストレスの影響で顔が変わるっていうなら、心当たりはあるな」

「お、ありそう?」

「ああ。……俺は、というか、お前は、今生でイジメを受けていない」


 前世で俺は、小学校から出来が悪くて早々に目をつけられてイジメられていた。


「まあいじめられていたといっても、一緒に馬鹿をやる友達は少しはいたんだ。だが決定打は小6の秋だな。少年ジャンプで俺と同じ名前の主人公の出てくるマンガがはじまってな」

「ああ。なんかあの頃はやけに漫画を気にしていたね?」

「そうしたら俺は一躍ヒーローよ。ごっこあそびでも念願の主人公をやれるようになってなあ……調子に乗ったわけだ」


 小学生のうちはまだ良かったんだよな。道化師ポジションでいられたから。


「中学に上がってもそのノリを持ちこんだら見事にデビュー失敗。以降ずっと漫画をネタにいじめられてきたんだ。オイ、影分身してパン買ってこいよとか、お色気の術とか言って服を脱げって言われたり。アニメ始まってからがもっとひどくて」

「ごめん、いたたまれなくなってきたからそのへんにしてくれる? ていうか泣くほどならやめよう?」


 なんか視界がぼやけたと思ったらこれ涙か。


「……まあとにかく、お前はそういうイジメを受けていない。あの学校ってほんとに育ちが違ったんだろうな。おかげでストレスなしにスクスクと育ったわけだ」


 ストレス――悪環境に置いた植物は外敵に対する防御として毒を貯め込む。しかしストレスのない状況におけば、毒性のある植物でさえ毒を作らないと聞いたことがある。人間もそれと同じなのかもしれない。


「お前はストレスなく育った場合の俺の顔、ということか……」

「そういうことじゃない? いい環境だったろ?」

「まあな」


 さすがエリート校という感じで、少なくとも俺の見た範囲でイジメのようなものはなかった。モラルの高さが違う。


「まあ、あとは……あいつらだな」


 小学校から高校卒業までつるんだ4人。


「リア充ってこういうことを言うんだろうな。変なやつらばかり集まってきたもんだよ。最初はお前が用意したキャストじゃないかと疑ったぐらいだ」

「僕の仕込みじゃないかって? ひどいなぁ。僕は君が生まれる瞬間にしか介入していないよ。あの子たちと出会ったのは君の運命さ」

「運命ねえ」

「捨てたもんじゃないだろ?」

「まあ……リア充も悪くないと思った。学生生活は楽しかったよ」

「うんうん。いいね。ならさ、方針転換してもいいんだよ?」


 悪魔はムカつく笑顔でウインクする。


「何もインターネットのアイドルを目指す必要はないじゃん。テルネは美少女の素養があるし、これまでむやみやたらと身に着けてきたマルチなスキルもある。芸能界デビューして第二部開幕といこうじゃないか!」


 ………。


「何でだよ?」

「今は2006年だろ? で、君がバーチャルYouTuberを始めるのが2011年? あと5年? そんなに待ってられないよ! アイドル活動をするなら今からでも十分できるんだし、さっさと新展開といこうよ!」


 なるほど。こいつは退屈だと言いたいわけだ。


「だが断る」

「なんでさ!」

「私が人生二周目を始めたのは、アイドルになりたいからじゃない。忘れているなら思い出させてやる。私は世界が変化するのであれば、もっと違う、もっとたくさんのバーチャルYouTuberを見たい。そのためにこの二周目を受け入れてやったんだ」

「バーチャルYouTuberなんてアイドルデビューの後でもできるだろ?」

「お前は何も分かってない」


 分かってなさすぎる。

 ……いや、俺の覚悟の示し方がたりないのか。


「バーチャルYouTuberの前世が、不満のない活動だったら意味がない。その活動を続けていればいいじゃないかというだけの話だ。そんなのオタクを舐めている。そういうバーチャルYouTuberを否定するわけじゃないが、始祖が――最初の手本を示す親分が中身リア充じゃ幻滅にもほどがある」

「えぇ……そうかな?」

「私はそう思う。だから私の理想の親分になるために――退路を絶つ」


 すでに蝶の羽ばたき程度とはいえ、世界に前世と異なる影響を与えている。俺が入学したことで、成功するはずの小学校受験に失敗したやつもいるだろう。俺が地元の小学校に通わなかったばかりに、代わりにいじめを受けているやつもいるかもしれない。


「すでに何人もの人生を、前の世界とは変えてしまっている……その罪は重い」

「君は考えすぎだよ。世界の変化がほとんどないからそう感じているかもしれないけど、結果的に同じになっているだけで、同じになる保証なんてないんだ。この世界はこの世界。前の世界と違う運命をたどったところで、誰のせいでもない。自己責任さ」

「私はそうは考えられない」


 変えようとしなければ変わらないなら、変えた責任はある。


「――だからこそ、私は目標に向かって進まなければならない。途中で目標変更なんて不誠実もいいところだ。私は初志貫徹しなければならない。そうしなければ運命を変えてきた奴らに胸を張れない」


 運命を変えられた奴らが槍を持って声をあげるなら、こう答えられなければならない。


「お前らの運命を犠牲にしてまで作りたかった未来はこれだ! 私がどうしても叶えたかった夢だ! 後悔なんて何一つない!」


 そう言い切れる芯が必要なのだ。


「改めて言おう。私はバーチャルYouTuberの親分になる」

「はあ……わかったよ」


 やれやれと悪魔は肩をすくめる。


「それで、この後は? 2011年まで何をするのさ?」

「リア充を捨てる」

「は?」

「なんだかんだ高校卒業まで連中とつるむ毎日だった。正直なところ、自分でも今の私はリア充臭いと思っている」

「そうかな……」


 4人も毎日顔を合わせるやつがいて、クラスで誰かに話しかけても拒否されないのはリア充だろうが。


「そういう臭いにオタクは敏感だからな。それにリア充臭いとネットに適した発想もできなくなる。センスが鈍るといったらいいか。とにかく、今のままじゃインターネットに立ち向かえない」

「じゃあどうするのさ?」

「あいつらとは疎遠になる」

「それずっとみんなに言ってたけど、本当にそれでいいのかい? せっかく築いた人脈なのに?」

「あいつらにはあいつらの人生があるだろ」


 俺と関わることで多少変わったかもしれないが……それも離れれば本来の道に戻るかもしれない。いずれにしろこんな酔狂な道に付き合わせられないからな。


「高校卒業を期に仲良しグループがだんだん連絡を取らなくなって……というのはとても自然だ。交友関係0をキープするぞ」

「自然……? 実体験かい?」

「年代は違うがな。小学校卒業以降、リアルの友達なんて一人もいなかった」


 別の中学行ってからもたまには遊ぼうぜ、って言ってたのに、一切連絡してこなくなったしな……道ですれ違っても無視されたし。


「まあ、いいんだ。前世じゃネットにハマッてからはそこで友達も増えたし」

「ネットで?」

「本名も顔も知らないが友達なんだよ!」


 オフ会は一度も誘われたことがないが。


「ちなみに、今生ではネットの友達は作らん。というか、作れない」

「どうしてさ?」

「バーチャルYouTuberを始めたときに特定されかねんからだ」


 文体とかやってるゲームとか活動時間とか、そういうわずかな情報から中身特定してくるからな……。


「親分の前世はこいつだ! なんてことになったら幻滅だ。だからネットでのプライベートの活動はしない」

「僕が聞くのもなんだけど、君、それでやっていけるのかい?」

「やり通すだけだ」


 胸を張るために。


「あいつらともう会えないと思うと申し訳ないが……まあ、人間すぐ忘れるだろう。というか、約一名さっさと忘れてほしい」

「ああ、カリームかい?」


 あの変態のせいで毎年役所に「私は結婚しません、婚姻届が提出されても無効です」と書類を出しにいかんといけないのだ。16になったその日からだ。役所にどんな自意識過剰女だと思われていることやら。

 ……しかし防御しておかないと偽造して提出されたら終わりだからな。まったくあいつは俺の何がいいんだ。オジサンだぞ?


「話がそれたな。とにかくリア充を捨てていく。会社務めを適当にこなしてさっさとローンを組んで家を買い、退職するぞ。そして引っ越しだ……別の賃貸にな」

「え。買った家じゃなくて?」

「家はスタジオを兼任する予定だ。だから東京には出てこれるレベルの田舎に土地付き一戸建てを買う。歌ったり踊ったりするために、防音室とかにリフォームするから結構時間がかかるだろう。しばらく住めないし、仕事も周囲にはない。だから都内の賃貸を職場によって転々とする」


 何回か引っ越しする。


「……追跡できないようにな」

「追跡」

「ストーカーとか怖いし」

「あぁ、ラトナか」

「なんでそこでラトナなんだよ? カリームの話だよ。あいつ探偵とか使って家追跡してきそうだし。ラトナは今日だってさわやかに別れたばっかりじゃないか」


 鼻水垂らして泣くヴァレリーの説得もやってくれたしな。あいつが一番早く疎遠になる気がする。


「むしろラトナは貴重なラッキースケベ要員だったし、ちょっと別れるのが惜しいよな。胸はでかいし。誘ってるんじゃないか? って思うようなこと何回かあったし。まあ私も今の性別は女だし、女同士で警戒してないからだろうけどさ、無防備お姉さんってずるいよな」

「……まあ君がそう思うならそれでいいよ」


 悪魔は肩をすくめる。


「やれやれ。これじゃ君の恋愛話が楽しめるようになるのはいつのことやら、だ。社会人になったら変わるかな?」

「バーチャルYouTuberをやるのに恋愛とか邪魔だろ。リアルに恋人いる親分とか私は嫌だぞ。まあ、そもそもそんなことにはならない。男とかマジで無理だし、上司からのセクハラなんて発生する前に転職するからな」

「残念だよ。はあ、あと5年は動きなしか」

「徐々に動いてはいるだろ」


 インターネットの進歩は止まらない。すでにバーチャルYouTuberをやるのに必要なパーツは出始めている。


「去年はYouTubeがサービス開始したしな。サービス開始日がうろ覚えだったから初日にアカウント開設できるかヒヤヒヤしてたんだが、なんとかなってよかった。あとは今年の年末のニコニコ動画だな……ID一万台は確保しておきたい……いや4桁いけるか? あれって社員以外だとどうしたんだったか……」

「バーチャルYouTuberなのに、ニコニコ動画のアカウントを?」

「2017年のVtuberバズから、Vtuberという分野にニコニコは乗り出し始めるんだが……正直動画サービスとしては厳しい状況からの進出だった。それがもし6年早い2011年から流行り始めれば、もしかしたらニコニコが覇権を取る未来もあるかもしれないし」


 念のため確保しておこう。使い道はいろいろあるし。


「動画配信サイトはこれからだが、動画配信自体はすでに盛り上がってきているしな」

「配信サイトがないのに?」

「2003年ぐらいから配信はオタクのオモチャだぞ。P2Pの技術を使ったPeerCastというオープンソースソフトウェアがあってな。それを使ってデータをバケツリレーみたいな感じで流す……互助によって音声や動画を配信、視聴することができるんだ」


 導入の敷居が高いためある程度技術に明るいオタクでないと配信どころか視聴もできないのだが。


「へえ。それは使わないのかい?」

「実は一回だけ配信してみた」

「ええ、なんで同席させてくれなかったのさ……って、一回だけ?」

「ああ」


 2004年末。高校2年の頃だな。


「この当時のPeerCastはコンテンツ――アニメの垂れ流しかネットラジオ、ゲーム実況が主流でな。もちろんコンテンツを流すのは違法だからゲーム実況をやってみたんだ。バーチャルYouTuberらしくアバターも表示させてな。伺かってソフトを使って。でそれごと画面を取り込んで」

「へえ、それで?」

「大不評だった」


 なんか女声ってことだけで嫌がられた。まあこの当時だと配信は『男の世界』って感じだと聞いたことはあったが……せっかく高画質で、このコミュニティで流行のゲームを実況配信したつもりだったんだけどなあ。


「……で、しばらくしたらワラワラとセクハラの書き込みが続いてな……あまりに雰囲気が悪くなってしまったので終了した。何が悪かったんだろうな……」

「つまり、大失敗?」


 悪魔は珍しく焦った顔をする。


「君、そんなことで本当にバーチャルYouTuberの親分になれるの? これで何も起きないとかやめてよね、僕が支払った力さえ回収できない結果に終わったら許さないよ?」


 おっと、悪魔らしいセリフだな。まあよく考えたら失敗したら逆恨みで地獄行きとかもあるかもしれんのか。しかし。


「お前に許されるいわれもないが、確かに言うとおりでもある。少し反省したよ……修行が足りないと」


 あまりにコメントがひどくて苦言を弄してしまったからな。本番なら炎上待ったなしだ。PeerCastはアーカイブがないから平気だと思うが……物好きが録画していたら分からんが、短時間だし初配信で録画されていることはないだろう。


「あれから壁打ちも自主錬メニューに加えている。同じ失敗はしない」

「壁……? そんな運動してたっけ?」

「壁に向かって独りで話し続けるやつだよ。YouTuber必須スキルだぞ」

「ああ、夜中にブツブツやってるあれ……意味のある行動だとわかって安心したよ」


 なんだその目つきは。頭がおかしくなったわけじゃないぞ。


「とにかく、いろいろ準備している。2011年からは忙しくなるから、たった5年しか準備に使えないと考えるべきだ」


 悪魔をこき使っても準備が足りるかどうか。


 しかし――やると決めたのだ。


「退路を絶ち、すべてを目標の成功に向ける。成功しなければ死が待っているだけだ。やるぞ、私は!」

応援ありがとうございます。明日から章が変わりまして「活動開始」編です。動き出します(年代ジャンプします)。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 多分学生時代の取り巻きは全力で追いかけてくると思う 直接コンタクト取れなかったとしても動向は把握されてて、なんとか自然体で再会できるチャンスを伺うことすらすると思う
[良い点] 学生時代というのは、家族と友人が世界のすべてですので、その依存先の友人がいなくなるのは世界が失われるレベルの出来事ですからね。ましてや母国でないわけですから。 必死で探すでしょうね
[一言] 伺か懐かし! 去年まで使ってたな…あれこそオタクコンテンツって感じありますよねー
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