花に寄す/銀木犀・2
新書「花に寄す/銀木犀」2
ミルファは、異空間で、フィールとシェードと共に、オーリに捕らわれた。先にフィール、次にシェードが追い出された。
「霧みたいなのがまとわりついて、口や鼻から、入ってこようとしたの。フィールの場合は、『足りない』『合わない』『やはり違う』と、言ってた。霧は、次に私を狙った。でも、何て言うのかな、弾き返した、みたいで。腕輪のせいだと思う。『はめて運んだほうがいいよ。』って、フィールに言われて、何となくはめてた。でも、霧は気づかなかったみたい。『確実なのに、入らない』と、言われた。
シェードが、やめさせろ、って、オーリに、糸車みたいなのに、切りかかった。あの、髪みたいなの、シェードを捕まえて、締め上げて、『これは使える』と言ったんだけど、霧が、『でも偽者』と、もめてた。シェードが、隙を見て、糸車を切ったら、ぎゃっと言って、彼を勢いよく放り出した。
霧と髪は、一時私を離したけど、また捕まえようとしたわ。
『探してた。見つかった。』
『もっとよく調べなければ。中身まで。』
言い方がぞっとした。怖かった。でも、武器もない。霧が迫ってきた時に、ダメ元で、魔法を放ったの。そしたら…土礫でも盾でもない、光線みたいなのが、出た。
ああ、土のエレメントだなって何となく思った。とにかく、敵が怯んだから、もう一発打てるかな、と思ってたら、力が入らなくて。腕輪が割れて、外れかけてた。
そこに、ファイスが来てくれたの。」
ミルファは、また水を一気に飲んだ。暫く静かだったが、今度は、代わりにファイスが語りだした。
「俺が飛び込んだ時、髪と霧は一体になって、ミルファに向かっていたが、髪は俺に向かいだした。俺はミルファを支えながら、盾で霧を避けて、髪は剣で切った。
妙な言い方だが、霧と髪は、『内輪揉め』を起こしているようだった。霧はミルファを、髪は俺を狙っていたが、俺達二人の距離が近すぎて、『思うように行かない』と喚いていた。
俺達とは、会話が成り立たなかった。最後は、グラナド殿下の魔法がきて、一気に消し飛んだが、それまで、
『まさかここまで生き延びるとは。』
『この状態を保てるのか。』
『優れた親和性だ。』
と言われて、それに
『どういう意味だ。』
『俺の事を知っているのか。』
と問い返したが、無視された。
彼等が、俺について言った事は、エパ師…最初に不死の戦士としての俺を作り出した奴が言った事と似ている。
同じ事は、今まで、何回か言われた事がある。
いずれも、相手は、目の前の敵、禍々しい物、そう思って、ただ倒してきた。俺の故郷の考え方だが、死者の魂には、子孫に益を与える物と、害を成す物がある。それを聞き分け、善きにつけ悪しきにつけ、人間に有益に利用する力を持つ者がいる。一方、声に惑わされ、奴等が表に出るために、利用される人間もいる。
今まで、奴等は、宿主を滅ぼしてしまえば、消滅するか、あるべき場所に帰る、そういう物だと思っていた。悪しき者の思考なんか、考えても仕方ないと、遭遇したら倒す、それだけだった。
だが、奴等がミルファに言った事を考え、ラズーリ、君から聞いた話も考慮すると、倒せば終わり、ではなく、全体を貫く、何か一つの物があるように思える。
それが何なのか、俺には説明出来ないが。」
ファイスが話終えると、次はグラナドだ。
「ラズーリ、俺は今まで、お前が『上から』、俺の手助けにきた事を、不思議に思った事はなかった。父様は勇者…実の父は違うが、母は王女で最高位神官、俺は身分は王子だ。信仰と秩序を纏めて世界を導きたいなら、俺みたいな立場の者を助けるのは、自然に思えたからだ。それに、俺には、人の中身を見分ける力もある。
だけど、それなら、俺たちの相手は、ファイスの言う『悪しき者』でも、基本は『人』に属する物のはずだ。少なくとも、複合体の時までは、そうだったろう。
でも、今のは、多分、違う。
俺は、カオスト公が、俺を遠ざけておきたいのは、政治的な意味だと思っていた。だが、もしも、彼が『黒幕』ならば、俺の能力で、看破されたくないからじゃないか?自分の中身を。
お前やセレナイト、本来は、もっと色々できる立場だけど、『人』として協力する時は、多分、制限があるんだろう。お前が、出来るだけ、俺達に協力してくれてるのも分かる。
だけど、人を越えた物に、人が勝てるのか?黒幕、とは、本当は何だ?ミルファが狙われたわけは?
今回は被害が少ない、と言われている。確かに、人対人の戦禍には、もっと悲惨な物は、数多くある。人ならざる物に対してなら、本当に少ない、と言えるかもしれない。
だが、死者が出た事は、事実だ。
俺の王位を正統な物とするなら、騎士や魔法官を率いて、カオストと戦う、のは分かる。それが秩序になるからだ。
でも、もし、人でなく、人を越えた物なら、やり方は変えなければならないんじゃないか?
俺は、一個人としてでも、お前と一緒に、敵と戦う。俺には力があるし、それは、このためだと思う。
だが、俺達以外は、『違う。』このまま続ければ、俺が指揮する機会も増える。その立場から、皆に、『人を越えた存在と戦え。』と、何も知らずに指揮する事は出来ない。
少なくとも、争う物は、王位だけじゃないよな?
答えてくれ、ラズーリ。」
静けさが重い。柔らかいはずの銀木犀が鼻に付く。
俺にとっては、ラスボスがカオスト自身だろうが、人ならざる者だろうが、大して代わりはない。人でなくても、ワールドの存在なら、超越界の手の中だ。だが、彼の言う通り、ワールドの人々にとっては、違う。
「答えてくれ、ラズーリ。」
グラナドが、ひたむきな目を向ける。守護者の正体ばれが、禁止なのは、『神』を求められるからだ。だが、彼は、俺に神など求めてはいない。
答えは、ほとんどは、俺に知識がなくて、答えられない事だった。さっき、連絡者にもねじ込んだ部分だ。一方、知識があっても答えられない事がある。こういう場合のシミュレーション経験はある。嘘でも本当でも、質問者は、満足する答えを得ないと、不信感を持つ。この手の質問が出てくること自体、「詰んだ」状態だ。
だから、推奨されるのは、たいてい、嘘だ。セレナイトは、嘘は言わなかったが、計画については、話さなかった。聞いた本人が、計画に反発すると考えたからだろう。
グラナドもミルファも、まだ若い。いくら好きでも、運命だと言われば、逆らう年だ。すでに運命の恋になっていれば別だが。
グラナドは、俺の隣で、俺を見ている。ミルファ、ファイスも、注視してくる。
俺に求められているものは、仲間だ。神じゃない。仲間なら、どうする。シミュレータは忘れろ。
「まず、ミルファ。」
呼び掛けられて、ミルファは、どきりとしたように、「え、なあに。」と言った。
「君、自分の血筋については、どれくらい、知ってる?ラールから、何か聞いているか?」
「うん。一応。最初に聞いたのは、母からじゃなくて、グラナドからだけど。五歳か、六歳の時に。」
俺はグラナドを見た。グラナドは、仰天して、ミルファを見たが、ミルファは真面目な様子だ。
「…ミルファ、子供の頃から、よくコーデラに来ていた。話しただろ。
子供の頃だよ、子供の。
園遊会の時でさ、子供だけで、菓子とか食べてたんだ。ラエル伯爵の、姪の姉妹の、妹のほうが、子供の頃から、器量自慢というか…『貴族の女の子の中で、私が一番可愛い。』っていったら、姉のほうが、
『ミルファちゃんのほうが可愛い。』
って。そしたら、妹が、
『ミルファちゃんは、庶民でしょ。身分の高い人の話をしてるの。』
ミルファは、菓子を頬張ってて、口が塞がってるから、俺が、
『ミルファは、ラッシルの皇女じゃないの?父様が言ってたよ。』
って、言っちまったんだよ。
父様は、ラールさんとガディナ叔母様に絞られたらしいけど、言ってたのは、実はガディオスだった。父様と雑談してて、俺は本読んでたけど、耳に入ったんだ。
…でも、それ、関係あるのか?ミルファには、ラッシルの皇位継承権はないぞ。ラールさんのお祖父様は、パシキン殿下ではなく、彼の部下って事になっているから。」
パシキン殿下は、先代の皇帝の兄で、今の女帝陛下の伯父にあたる。三人兄弟の長男だった。末の弟の反乱で、戴冠することなく、若くして死亡、恋人のお腹には子供(ラールとホプラスの父)がいたが、身分の差があり、結婚していなかった。パシキンは、死ぬ前に、彼女を自分の部下の老将に託し、老将は、自分の妻として、彼女と子供を守った。
反乱は、先代の皇帝、つまり三人兄弟の真ん中が、弟を打ち倒して終止符を打った。先代は、兄の子を復権したがったが、母親が拒否した。
ラールとホプラスは、母親が違うが、その『隠された皇子』の子供で、パシキンの孫に当たる。
「ラッシル皇室には、『史上最高の女傑』と呼ばれた、『烈女王エカテリン』がいた。現在、存命中の子孫で、潜在的に、能力を受け継いでいるのが、ミルファ、君とラールだけなんだ。」
遺伝情報、という表現は説明しにくい。うまく言い換えたつもりだが、当然、彼女は驚いた。
「それを受け継いでいるから、直接的にどう、という訳じゃないよ。時代も環境も違うし、同じものが、同じ出方をする、とは限らない。
君とラールでも、親子なのに、能力は異なるよね。後から学んで努力で身につけた物は、子孫に伝える事は出来ないし。
でも、拘る人、気にする人はいる。『敵』も、そのタイプなんだろう。」
こう説明して、俺は次の質問に構えた。文字どおり、構えた。
「それでは、敵は、ミルファと…その、子孫を残す個体を探していたのか?」
ファイスが、少し言いにくそうに尋ねた。ミルファが少し震えているのが分かる。
「それじゃ、俺を遠ざけるのは変だ。俺と成り代わる、という発想はないのか?ミルファの気持ちがどうであれ、世間は婚約者と見てる。子供の頃から。」
以外にさらりと、グラナドが言ってのけた。ミルファは、少しうつむいたが、赤みの走った頬を隠すためのようだ。
やっぱり、来たか。これを言うときが。
俺は気付かれないように、呼吸を整えた。
「奴等が探していたのは、十中八九、君だよ、グラナド。君の中にも、聖女コーデリアが持っていたのと、同じ物がある。これは、ディニイから君に伝えられた物で、他の人には、ないんだ。」
重くならないように、あっさりと言う。続けて、
「これも、だからどうこう、と言うものじゃない。仮に君たちが結婚して子供を作っても、うまく伝わるとは限らない物だ。現に、父親は同じなのに、ラールに伝わって、ホプラスには伝わっていない。ディニイと妹二人では、同じ両親から産まれた姉妹なのに、ディニイにしか伝わっていない。クリストフ王子については、覚えていないが、多分、伝わってないはずだ。」
これを守護対象の勇者本人に伝える。本来、というか、前回なら、強制回収物だろう。だが、今、新型の俺は、ある意味、特例だ。前回の事があるのに、今回も俺、それは何か、意味があるのだ。俺は、それに掛ける事にした。
「だが、俺にも、奴等の正体、目的、真意まではわからない。
前の時は、途中からホプラスと融合した。それまでは、融合後に比べれば、情報は豊富だったが、すべて教えてもらってる訳じゃなかった。特に、ホプラスの個人的な感情までは。
こういう形で、皆と行動を共にする場合は、渡される情報は、もっと少くなる。『全能』にしてしまうと、リアルガーみたいな者が出てくるからだ。
今回は、次元の穴があり、これは、本当に、予想外の事故だ。だから、上も、敵の正体がわかってないのかもしれない。今の俺は、昔に比べ、禁止事項は緩くなっている。が、それでも、俺に与えられる物は、隠されているものより、少ないんだ。」
息をついだ。苦しい。嘘はない。一部は隠した。計画の要については、関係なさを白々しいほど強調した。仕方ないが、それが苦しい。
ミルファは、
「話してくれて、有難う。」
と、微笑んだ。俺は、目を見張った。黙ってた事を責められても仕方ないと思っていたからだ。
「正体と、最終目的はまだ不明だけど、あの時、受けた感じと、今の話と、合わせて考えると、当面の敵の目的は、はっきりしたでしょ。多分、体がないから、単純に、欲しがってるのよ。敵の基準で、『強い』のを。
それをするのに、何年も研究した、技術がいるんじゃないかな?今のままだと、遠隔操作くらいしか出来ないのかも。
根っこで操ってる人はどうか知らないけど、手先は、あんまり頭よくないし。『体を寄越せ』『はい、そうですか。』と期待している、みたいな感じがしたもの。
複合体の話、習ったけど、『動植物と違い、人間には意志かあるから、完全に宿主の意志を無視して入れても、不具合を起こす。』って。
色々説があるらしいけど、エレメントでもそうなんだから、人の魂なんか、勝手にはいるのは、もっと難しいんでしょ。
無敵じゃなくて良かった。これなら、勝てそうよね。」
緊張が溶けて、力が抜けた。グラナドが苦笑しながら、楽観的だな、と言ったが、ミルファは、
「あら、グラナド、魔法院で一番だったくせに、あの程度に、負けるの?」
と、明るく言った。グラナドは、
「そりゃ、知恵比べなら、負けないが。」
と珍しく、僅かに遠慮がちに言った。
「お前は、ファイス。」
グラナドが声をかける。
ファイスは、表情を変えなかった。俺は、再び緊張したが、
「すっきりした。」
と返事がきて、これも驚いた。
「今の俺は、エパ師がいなければ、存在していない。だが、俺の存在は、何人もの運命を狂わせて、巻き込んだ。
ルミナトゥス王が、エパ師を倒したと聞いた時、俺は嬉しかったが、同時に虚しかった。
強大な力を持つもの、完全に倒せるとは、思っていなかった。俺がどこかで、諦めていた物だからだ。
同じ場所に立つことが可能なら、倒したい。それが叶うかもしれない。」
あまり表情のない彼だが、ないからこそ、僅かな差がわかる。笑っていた。
「ファイスさん…。」
ミルファが、感動したように言った。
「さっきもだけど…実は照れ屋で、ワンセンテンス以上、喋れないって、カッシーさんが言ってたのに…。」
「…それは嘘だ。」
「あ、ご免なさい。」
俺とグラナドは、同時に吹き出した。
ミルファのお陰で、空気が軽くなり、そのまま解散になった。
三人が部屋を出る時、グラナドだけが、
「ラズーリと話があるから。」
と残った。ミルファは、
「じゃ、お休みなさい。」
と言った。ファイスは、彼女を部屋に送るために一緒に出たが、
「下がシェードの部屋だ。明日、久しぶりに海と船だから、眠れない、と言ってた。」
と、「心配」を仄めかしてから、行った。
二人が去った後、俺とグラナドは、静かに、部屋で向かい合った。
「ラズーリ、確認したいんだが。」
真面目な表情だ。俺は、何だか、いたたまれなかった。
「セレナイトから、お前は、将来の勇者王である父様と、その仲間達を支援していた、と聞いた。主に、父様の親友である、ホプラスの近くに付く事が多く、彼が間違って、母の代わりに暗殺されかけた時に、彼の中に入り、助けた、とも。
だが、お前がホプラスの近くにいたのは、父様達ではなく、彼を、彼個人を、支援していたからじゃないのか?」
彼の言葉は、視線と共に、核心を突いてきた。
グラナドの瞳が、矢のように射抜いてくる。琥珀色の目は、狼のように、鋭く俺を、正面から見ていた。
「女帝エカテリンの血はラールさんに、聖女コーデリアの血は母に。リアルガーやセレナイトが、ジェイデアに付いていた事を見ると、男性に拘る必要はないな?
父様は、立派な方だった。でも、貴族ではない。騎士でもない。勇者王になるのに、そんな物は関係ないが、もし、王女の夫、として選ばれた、と言うことなら、あの時、あの場には、もっと的確な人物がいた。
お前と融合した、ホプラス・ネレディウスだ。
表向き庶民だが、実はラッシル皇家の血を引いていた。それは父様もラールさんも、死後に聞かされたらしいが、ラッシル皇家内部では、公然の秘密だったそうだ。
しかも、本人は、今でも語り草になるほど、希に見る、優秀な神聖騎士だ。
彼を差し置いて、父様か?リーダーは父様だった、と聞いている。融合してしまったら、勝手に抜け出せなくなるんだよな。そういうリスクを侵してまで、守護している者ではなく、その友人を助けるために、特別な力を使ってしまったのか?
恋愛感情抜きしても、特別な友人だったろう。でも、背後から守るほうが、守りやすいんだろ?自分の勇者を守りにくくなるのに、そこまでする物なのか?
セレナイトが、リアルガーについて言った事から考えると、お前達は、降りた世界に、子孫は残せないようだな。
俺はリアルガーがあんな奴だと知らなかったから、長く争っていた魔族と人族をまとめるなら、女性としとのジェイデアの花婿は、魔族のイシュマエルより、神族と見なされていた、リアルガーのほうが、適当じゃないか、と最初は思っていた。それをセレナイトに言ったら、
『一歩譲って、プロポーズするまでは良しとしよう。ジェイデアが応じるなら、問題はない。だが、彼は、
『女性のままで、自分と子供を作るのが指命。』
と言った。自分のために、事実に反する事や、実現不可能な事を言い、勇者の意志を自分の都合に合わせようとしている。もっての他だ。』
と、こう言った。
ラズーリ、本当は、お前が守っていたのは、ホプラスで、融合してしまったから、母との間に子供が期待できなくなった、だから、途中から、父様になったんじゃないか?
お前、さっき、『ホプラスの内面までは解らなかった。』とか、言ってたよな。こういう台詞は、お前がホプラスを守護していたからこそ、出るものだろう。」
やはり、気付いてしまったか。この情報量から、良く…いや、この情報量なら、充分だ。俺は、
「うん。当たってる。」
とうなずいた。
「やっぱりか。」
グラナドは、静かに言った。彼が、俺に失望しているか、激昂しているか、それすらわからない。静かな声と顔。
「だから、自分の勇者である、ホプラスの意志を、優先したのか?」
それは頷きかねた。確かに結果はそうだが、そこに至るまでの葛藤が、山とある。ホプラスは、ルーミの幸せのために、自分の幸せは、押し込めようとしていた。相手がグラナドでも、それを肯定してしまうと、すべて無くしてしまう気がした。
「ホプラスの望みは、ルーミの幸せだった。そのために、自分の想いは、押し込めていた、
だけど、そのルーミは、最終的に、ホプラスとの未来を望んだ。だから、俺は…。」
上の計画に、抗った。
計画、と言う言葉を飲み込んでいるうちに、グラナドは、恐らく、彼が一番聞きたかった事を聞いた。
「俺は、どうなんだ。」
声が、僅かにほそくなる。
「お前が、俺に期待しているのは、ミルファとの子供、それだけなのか?」
「違うよ。」
反射で答える。何が違う、計画は、その通りじゃないか。俺がホプラスの幸せを、計画より優先した後始末、そう言ってもよい。だが、俺は否定した。
「じゃあ、何のためだ?俺が産まれたのだって、偶然じゃないだろ。その頃は、お前は自由に動けなかった、と聞いてる。
もし、俺にコーデリアの血がなければ、今、俺の側にはいないはずだ。お前は、俺を選ばなかった。」
それはそうだ。だが、守護者には、勇者を自由に選ぶ権利は、そもそもない。もし、あの時、融合しないで、ホプラスが死亡したら、俺はそのまま上に帰り、ルーミのために、別の守護者が降りたはずだ。
背後型は、融合型に比べ、ワールド住人に対する考え方は、ドライだ。俺は、単にホプラスがいい奴だから、助けたが、融合する前に抜けるつもりだった。ホプラスが意識を失ったから、脱出可能な制限時間を越えて、融合してしまった。
俺は、あの時の選択は、後悔していない。ホプラスとルーミの事もだ。しかし、ディニイやエスカー、そしてグラナドについては、罪悪感があった。グラナドを守護するのは、上の決定だが、俺に取っては、贖罪でもある。
「それは、そうかもしれない。勇者は、守護者が選ぶ訳じゃないからね。それは本当だ。」
俺は答えた。グラナドの空気が冷える。
「だが、俺は、今、もし、上から、守護者を変えるから、戻れと言われても、断る。」
グラナドは、驚いて、
「断れるのか?リアルガーは、でも…。」
と言った。勿論、強制回収なら、断れない。断る暇も与えられない。
だが、ルーミとディニィを引き離すような選択をした俺は、六年間、生かされた。俺だけではなく、当事者の意志だったから、回収対象にはならなかった。それに、ラスボスを倒す方は、しっかり完遂した。
強制回収については、大まかには、
「計画の完遂を意図的・能動的に妨げた。」
「ワールドに故意に一定レベル以上の損害を与えた。」
「個人の都合により、守護対象を謝った方向に誘導した。」
「ワールド住人に、超越界で知り得た情報を不用意に与え、その結果、文明レベルに深刻な影響を与えた。」
などの基準がある。
一応は、融合型の場合、自分が関わっている以上、勇者の回りの人間関係を壊す訳にはいかないため、「原則として。」と但し書きや、レベルを規定した細則が付く。
ルーミの事は、
「計画を能動的に妨げた」
に該当するだろう、と予想していたが、違った。
ルーミはホプラスと俺の知らない所で、国王の申し出を断っていた。また、最初の計画はハプニングで中止せざるを得なくなり、二番目の計画は代案だった。さらに、最初の計画のために、上が俺に隠していた事(ホプラスが女性に興味が無いことなど)があり、それは、そもそも計画に無理があることの証明になった。
俺はその中、悪条件に負けず、できる限り使命を果たした、と見なされていた。最後に、守護対象と、宿主の意志(融合中は、守護者本人の意志でもあるが)を尊重しただけだ。
《「本物の『神』が、唯一、残してくれた最後の物だ。例え、
『神』が返せと言っても、断る。》
昔、俺が、上ではなく、敵に言った言葉だ。あの時は、上も敵みたいなものだった。
「断れるかどうかは、わからないな。正直な所。でも、断る。」
頼りない答えだ。グラナドは、
「お前、追放されたりとか、しないのか?」
と尋ねた。追放、とはワールド放置、という意味か。ワールドに不適格と判定されたら、ワールドに置いておく訳にはいかない。そういう意味なら、追放はない。守護者として最後の仕事になってしまう可能性の方が大きい。
「それは無いと思うけど…仮にあったとしても、それだけの覚悟が無ければ、守護者なんて、出来ないよ。」
新人の就任式で、元守護者の計画者が、こう演説した。
《君たちの使命は、勇者を守る事だ。己の全てを掛けて。勿論、我々計画者からもな。》
俺達は笑った。守護者の仕事は、計画のために、勇者を導いて適切な選択をさせる事だ、と考えていたからだ。ユーモアだと思っていたが、あの演説は真理だ。今は、理解できる。
「今の俺の勇者が、君で良かった、と思っている。信じてくれとは、言えないが。」
暫し沈黙。冷たい空気は無くなり、沈黙は軽い物だった。
やがて、グラナドが口を開く。
「ミルファの事は?俺とあいつが、結婚しないと、困るんじゃないのか?」
それが計画には違いない。それにより、産まれた究極の女王により、この世界の「バランスの球体」を整える。
「バランスの球体」とは、超越界にある「秤」だ。。ワールド毎に一つあり、七色に輝いているが、混沌に傾くと鈍く暗く、秩序に傾くと白けて眩しくなる。明るさ、鮮やかさ、七色がバランスよく、色に傾きのない状態が理想だ。現在のこのワールドのものは、俺がホプラスについた時点では、極端ではないが、長く混沌寄りで停滞していた。ルーミ達の活躍でバランスを取り戻したが、クーデターで、また混沌が強くなった。今は、新しい勇者の活躍があり、恐らく改善はされているだろうが、どうかわからないが、時空の穴の影響もある。
そういえば、連絡者が、さっき、バランスの球体の話を引き合いに出さなかったのは、少し妙だ。もともと、あの連絡者は、そういう話はしない質だから、聞き忘れてしまったが。
「ラズーリ、お前が欲しいのは、ミルファと俺の、子供なのか?」
我に返る。悲壮な顔のグラナドが、すぐ近くにいた。
「違う、違うよ。」
ごちゃごちゃ考えるのは、後だ。こんな時の沈黙は、肯定でも否定でも、問い質した物は、悪い解釈をする。口に出して、答えなくては。グラナドの、俺の勇者に、俺自身の答えを。
「君達が、お互いに好きなら、それに越した事はない。でも、それは、君達自身が、自由に決めていい事だ。君達の、権利だ。
それに、仮に君とミルファが、お互いに他に好きな人がいる、と考えてみてくれ。なのに、『そうしなければならない』
けで結婚したら、君もミルファも、不幸になるだけだろう。守る相手の不幸を、わざわざ願う守護者はいないよ。
俺だって、君達がそんな理由で相手を決めても、嬉しくない。」
背後型の時の俺は、勇者が「不幸にならない」事は、多少考慮したが、基本は計画に支障のない範囲を守った。もともと、計画の成就が不幸に直結するような人物は、勇者には選ばれない。だが、不幸にならない、事と、幸福を感じる事は、似て異なる。
「ラズーリ。」
グラナドは、俺と距離を詰めていた。幼い子供のような表情。
「お前、そういう所、ずるいよな。」
「どういう意味だ。」
「言った通りだ。」
俺の考えの隙に、彼は、少し距離を詰め、そこがだよ、ささやいた。
この距離感は良くない、か?何を、今さら。往生際が悪い。だが、ミルファの、薄紅の頬が頭に浮かび、一瞬、止まった。その時、
「殿下!」
オネストスが、ノックもせずに、飛び込んできた。背後に、ファイスもいる。
「あ、その、ファイスさんが、こちら、と。」
グラナドは、ゆっくり俺から離れ、平然と、
「何だ?君が慌てるとは、珍しいな。」
と言った。確かに、オネストスは、取り乱したりしないタイプだと思っていた。それが、人の部屋に、いきなり飛び込む。ノックはしたかもしれないが、鍵をかけ忘れたから、結果的に飛び込んでしまった、のかもしれないが。
オネストスは、グラナドの平常心に自分を取り戻し、
「大変な事が。」
と前置いた(しかし、この言い方からしたら、まだ取り乱していたと思う。)
だが、答えたのは、ファイスだった。一言、本当に一言、
「ピウファウムが、死んだ。」
と。




