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花に寄す/いにしえの薔薇・4

新書「花に寄す/いにしえの薔薇」4


長く広い回廊は、月明かりの他、連なる大振りの夜光花の花壇にも照らされていた。

「まあ、きれい。さすが、王宮ね。」

カッシーは感嘆した。修復中の回廊は、上方はステンドグラスで飾られていたが、下方は素通しで、向こう側に夜光花が植えられていた。所々、まだ何もはめられてない部分から、庭が見える。

ファイスは、

「この花は、自然の物なのか?水棲系のモンスターに光るのがあるが、こうまで色数はない。」

と言った。カッシーが、

「改良種だけど、南の花と、最北の花と、他にもいくつか、掛け合わせたものよ。」

と説明した。

「というか、原種の一つは、シュクシンの花よ、確か。」

「ホタルイシ草か?こんなに光らないが。あれは、もっと花も小ぶりだ。ザンドナイス公爵の連れていた女性が、髪に飾っていた…。」

「ギンバイカのこと?あっちにあるのが、それかも。」

二人は、喋りながら、離れていった。カッシーはステンドグラスを見たいと言っていたはずだが、実際にグラスの前にいたのは、俺とグラナドだ。

コーデラの教会のステンドグラスであれば、デラコーデラ教の題材が定番だが、この回廊は、古代神話や、民話の題材も見られた。連れだって少し歩くと、小さい広間(まだ廊下のはずだが)に出た。

片側の壁には、四角い大きな穴がある。ステンドグラスはない。来た道と反対には、まだ廊下が延びていた。足場が悪いと聞いていたが、改装中のわりに整理されている、と思った。ガーベラ嬢の靴にはどうかわからないが。

「そこに、修復した絵を嵌め込む。」

と、グラナドは、立ち止まり、静かに窓を眺めて言った。月が見えている。

「お前は見たことがないだろう。ダレルの最高傑作の、『勇者集合図・決戦の日』の三部作だ。その三作目の『宴の夜』だ。

『戦いの昼』は、ヘイヤントのお前の記念館に。これも修復だ。

『出立の朝』は、門の近くにあった、『王室歴史館』に飾ってあった。クーデターでバラバラに持ち出されて、ほとんど行方知れずだ。」

「バラバラ?」

「『朝』は、大がかりな絵でね。八枚に別れる。ユッシさんの部分は、ナンバスの道具屋が、売りに来た奴を通報して、見つかった。キーリさんの部分は、オルタラ伯の所に、ついこの間、流れの古物商が売り込みに来たが、伯爵が怪しんで、締め上げたら、あっさり吐いた。

二人とも、単独で肖像画になることは、滅多にない。それに、『朝』は、ラズーパーリ郊外で、遠景に島がある、明るい戸外だ。上手く加工しても、肖像画と言い張るには、限界があるからな。しかも、ダレルの腕だ。只の絵で、済むわけはない。」

ラズーパーリの教会で見た絵を思い出した。風景だけで、人物はいなかったが、美麗で力強い画風だった。ホプラスと違い、俺はここの美術品に、詳しい審美眼はないから、それより細かいことは分からなかったが。

「『宴の夜』は、最初は、戦いの後、王都に戻った日のパーティーの絵になるはずだった。だけど、ダレルは、帰還の途中に、立ち寄った居酒屋での食事風景を描いた。

テーブルを囲んで、ビールを飲んで、鶏肉に齧り付くユッシさん、ワインを飲み過ぎたらしいラールさんは、母とキーリさんにたしなめられていた。サヤンさんと…ヴェンロイド師は、テーブル越しに、菓子の皿をやり取りしていた。取り合ってるようにも見えた。

そして、お前は、父様に、自分の分の氷菓子を差し出していた。」

昔の皆の姿が、ありのままに浮かんできた。いつもの日常の食事風景、よく繰り返されていたやり取り。

《旨い、旨いぞ!》

《本当、いいお酒だわ。》

《料理ももっと、食べないと。》

《もう、デザートしかないわね。》

《これ、いいですよ。甘さがほど良くて。》

《じゃ、あたしに頂戴。》

そんな中で、好物の氷菓子を先に平らげてしまって、手持ち無沙汰なルーミに、俺は自分のをあげた。形だけ遠慮するルーミに、

《僕は、お前が食べてる所、見るのが好きだから。》

が、決まり文句だ。それに答えて、ルーミはーー。

「俺は、リスか何かかよ。」

グラナドの声だ。顔は、絵の合った場所を見つめたままだ。

「いつも、そう答えていた、と、父様がそう言った。

俺がまだ子供の頃、よく回廊で、絵を見上げている父様の表情が、いつもとても不思議だった。議会用でも国民用でもない、なんともいえない、柔らかい笑顔だった。でも、どこか悲しそうな。

ある時、思いきって、どういう絵なのか、尋ねてみた。父様は、俺に昔の詳しい話は、あまりしなかったが、説明してくれた。

《大切な仲間達と、一緒にいた時の、かけがえの無い、思い出だよ。お前も、いつか、同じ気持ちになる事が、あるかもしれないね。》

それから暫くして、回廊を一人で通った時、ふと、父様と同じ角度で、絵を見上げてみた。

絵の中のお前は、俺に向かって、真っ直ぐ微笑んで見えた。

正面から見ただけじゃ、分からなかったが、そういう絵だったんだ。」

俺は、なんと答えてよいか、分からなかった。ルーミの気持ちは嬉しい。だが、父と慕った人の、感情の行き場を知った、グラナドの気持ちはどうだったろう。すまない、と言えたら楽だが、楽になるのは間違いだ。

「ラズーリ。」

グラナドは、俺の方を向いた。静かな表情だった。

「そんな顔、するな。責めてる訳じゃない。」

俺を見上げる彼の目は、月明かりを奪って、琥珀色に光っている。

「子供心に複雑だったのは確かだが、ずっと考えていた。父様に、あんな顔をさせるなんて、いったい、どれ程の人物だったんだろう。ラールさんは、『なんだか、神様みたいな感じだったわ。』、と言ったことがある。実際、お前は、半分は、上から来たんだから、当たってはいる。

だが、神は特定の一人のものにはならない。デラコーデラ教では、少なくともな。

それからは、時々だが、お前を繋ぎ止めてしまった父様より、留まったお前が、気になることがあった。クーデターですっかり忘れてはいたけど。

そして、お前が会いに来た時、最初にお前の事を考えた時の事を、一気に思い出した。

『あの彼が、今、俺の目の前にいる。』ってな。」

グラナドは、俺のすぐ近くにいた。手を伸ばさなくても、全身を捕らえる事すら、容易なくらいに。

「ラズーリ、『話をする』と、言っていただろう。だから、話した。お前は?」

自然の明かりの中、俺は、

「グラナド…。」

と言ったきり、黙ってしまった。だが、一方で、声以外は、自然に任せた。

一瞬だった。

グラナドの気持ちが、単純に嬉しかった。だが、単純どころか、思慮のない、今までの俺の言動、それを忘れて棚に上げるほど、まだ単純にはなりきれなかった。

俺が離れるより、一瞬早く、

「殿下、こちらに…。」

と、懐かしい声がした。アリョンシャだった。グラナドは、声に反応して、自分から抜け出し(俺の転身は、曖昧になった訳だが)、

「アリョンシャ、久しぶりだな。いつ戻った?」

と明るく言った。

「ついさっきです。正装に手間取って、遅くなりました。お話は後程。それより…。」

彼の声に、奥にいた、カッシーとファイスが戻ってきた。アリョンシャは、

「お戻りにならないと、シェード君が、難儀していますよ。」

とグラナドに言った後、二人に軽く挨拶をする。

俺たちは、連れだって、戻ろうとしたが、俺だけ、アリョンシャに呼び止められた。

「ネレディウス、解ってるとは思うけど、ルーミ君の時とは、違うよ。」

グラナドは、王位を継承して、血を残さなくてはいけない。計画があろうと、なかろうと。

「ああ、解ってるよ。すまない。」

「解ってるなら、いいよ。僕だって、二回も、殿下を行方不明にして隠すなんて、できれば避けたいし。」

そっちか。アリョンシャらしいと驚く暇もなく、今度はハバンロが呼びに来た。アリョンシャより先に出たのだが、「道に迷って」しまったそうだ。

「何度もお邪魔させてもらったところですが、改装中なのを忘れてましてな。お恥ずかしい。」

「昔と違う所と、そうでない所が、微妙に混ざってるからね。僕も、回廊の入り口では、ちょっと迷った。」

二人が話しながら進む後で、俺は背後を振り返った。

庭と回廊は、昔は、古代風のレリーフの柱に、王家の花である、蔓薔薇が、その腕を馳せていた。夜光花のベースは、薔薇のようではあるが、伝統的なオールドローズではなく、より新しい品種のようだった。


俺は、いにしえの庭に背を向け、新たな方向に戻り始めた。



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