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「花に寄す/いにしえの薔薇・2

新書「花に寄す/いにしえの薔薇」2


翌朝、心配していたロサヴィアンの特別号の見出しは、「王子、王位につかず、宰相へ?無視できない『汚れた』血の系譜。」だった。

「やると思ったが。」

とグラナドは呆れていた。朝食までに、届けられた(集められた)新聞や雑誌、各種号外は山ほどあった。俺は昔の誌面を知っているから、「大人しい」と思ったが、ハバンロは朝食を吹き出す勢いで、

「なんですか。帰ってきた王子に、言うことがこれとは。」

と憤慨していた。グラナドは、

「今回は、ほのめかすだけならインダセンス紙もオルドーン紙もやってる。俺も曖昧な言い方をしたからな。だから、女王陛下は抗議はしないと思う。」

と答えた。グラナドは王位の放棄について、ハバンロは『汚れ』についての発言のため、噛み合ってない所がある。

カッシーが、ロサヴィアンをパラパラと廻り、

「『ラッシルの連続殺人犯クラマールは、実は名門コーデラ貴族の愛人の子孫?問われる貴族の血の自堕落。名門犯罪を振りかえる。』

『タリアテ男爵、ナデレーン伯爵と示談成立!『不細工が遺伝しないのは不貞の証拠』発言の顛末。セリオン博士が、名家の血筋を斬る!』

『トウトン男爵、『雪夜の王子』上演問題、敗訴!判決に拍手喝采!血族行政の、質の低下を考察。』

…最後のが、よくわからないけど、何か、貴族の血統に、妙なこだわりがあるのね。

でもここまで書いたら、見出しだけで中身がわかってしまうわ。」

と、笑いながら感想を述べた。ミルファは、「今夜、王宮でお見合いパーティ。王室の『余裕』の理由。」と書いた見出しのあるものを見ていた。シェードが、自分が見ていた雑誌を差し出し、

「こっちに寄ると、グラナド、お前、ラッシル大使になる、と書かれてるぞ。ミルファの婿決定コースで。」

と、半ば面白がるような調子で言った。ミルファは、

「なんて事いうのよ?!」

と、真っ赤になって慌てた。シェードが、

「いや、俺が言ってるんじゃなくて、書いてあるから。」

と慌てた。

「まあ、シェードったら。」

と、レイーラがころころと笑う。

グラナドは、雑誌をパラ見して、脇にやった。

「朝食が済んだら、皆で宮殿に行く。陛下と一緒に、国民に『挨拶』だ。後は別行動だ。俺とラズーリ、ファイスは議事堂から神殿、魔法院を回る。他の皆は、自由行動…と言いたい所だが、なるべく今日は宮殿の敷地内にいてくれ。行きたいところがあれば、昼にシスカーシアが来てくれるから、服選びの後に…。」

「服?」

シェードが尋ねた。

「今夜のパーティに備えてだ。お前は、ダンスの特訓もだ、シェード。」

これにはシェードは、

「ダンス?!真面目に言ってるのか?」

と反論した。グラナドは短く、「冗談で言う意味、あるのか?」

と言い、

「レイーラ、悪いけど、貴女も一緒に。」

と流した。レイーラは、

「はい。…よろしくね、シェード。」

と微笑む。当然シェードは、言い返せない。勢いを削がれてうなずくしかない。

俺は、直ぐに支度するか、と、ファイスを見た。

彼は、ヒポクラテス誌を見ていた。医師用の月刊誌で、たまたま発売が今日だっただけで、俺達の事は出ていない。表紙の見出しは、「シュクシン医療の前線。若手の医師の躍進。」とある。

もう一度声をかける。顔を上げたファイスは、グラナドと同じように、雑誌を脇によけた。

「そういえば、君、シュクシンだったね。気になる記事でも?」

「ああ…俺は、メリオ麻という、シュクシン特産の香辛料が合わない体質で、一度、倒れた事がある。アレルギーの研究の記事があったから、気になった。」

ファイスはさらりと言ってのけたが、グラナドは、

「そういう事は、早く言え。」

と真面目な顔をした。ファイスは、郷土料理独特のもので、コーデラでは栽培も輸入もしていないから、と言った。

彼は俺と違い、宿主の体質を熟知して(俺も融合時は怪しかったが)いたわけではない。そういう事も当然、あるだろう。

やがてオネストスが迎えに来て、ソーガスの隊と共に、議事堂に向かった。

ソーガスは外に出るときの護衛隊、オネストスは女王付きだが、一時的にその護衛に加わったそうだ。彼等の他は、若手の騎士が四人。この前、出迎えてくれた、ソーガスの新隊だ。

ディオニソス、グランス、ベクトアル、サリンシャと名乗った。

ベクトアルは、昔の副団長と同じ姓だが、身内親戚ではなかった。綴りが異なるそうだ。

「『オ・ル』のないベクトアルと言われています。」

と言った。

ディオニソスは、何となくだが、ラッシルで会った、リュイセント伯爵に似ている気がした。それでまじまじ見てしまった(古代神話の酒の神だったか。)。

ソーガスが、

「彼の母方の家は、代々、酒造りなんで、これでも本名です。」

と笑って付け加えた。この二人は、土魔法だった。

グランスは、ラッシル系の顔立ちだが、ラッシル人としても騎士としても、やや小柄で細い。彼等の中では一番年少で、養成所を出たばかりだそうだ。彼は風魔法だった。

残るサリンシャは、名前からしたらアレガ方面だと思ったが、その通りだった。ソーガスの紹介によると、魔法医の資格もあるそうで、魔法は水だ。

ソーガスが風で、オネストスは火、おそらく、オネストスはバランスで一時貸しされたようだ。

彼等に、俺とファイスを加えたら、グラナドを八人で取り囲む事になる。昔、ディニィが遠出する時は、直接の護衛は六人(ルーミ、ホプラス、クロイテス、ガディオス、アリョンシャ、エスカー)だった。街中への移動にしては、多いと考えたが、クーデターを考慮に入れたら、少ないとも思えた。

ソーガスは、

「私がいうのもなんですが、以前のような事は、トウトン男爵が引退してからはありませんので、ご安心ください。」

と言った。トウトン男爵の名には、聞き覚えがあった。

グラナドは、俺とファイスに、

「今は、辞職して領地にいる。地方貴族だが、元教育協会長だったから、その資格で、議会に参加していた。」

と説明した。

「『モラル重視の、昔ながらの教育を子供たちに』で、協会長として強く指示されたんだが、変な方に厳しくなりすぎた。結局は指示を失った。その後、センクレア伯爵のつてで、歌劇場の顧問に入ったが、

『不道徳な脚本を劇場から追放しよう』

と主張して、総支配人のカリエント伯と対立した。いう通り実行したら、オペラもバレエも、音楽しか残らん。センクレア伯は、カリエント伯の義父だったから、最終的には、娘婿の味方だった。結局、頓挫したわけだ。

引退後も、個人で運動していたが、色々度が過ぎて、訴えられた。理由にあげた、『著しく不道徳だから』が適切かどうか、を争点にしてだった。

そういえば、今朝のロサヴィアンに、『敗訴』とあったか。」

聞き覚えは、読み覚えだったか。いや、確か、見出しだけ、カッシーが読み上げていた。

「その人物がいるかいないかで、それほど差があるのですか?」

とファイスが尋ねた。グラナドに聞いたようだが、答えたのはソーガスだった。

「人気はあったんですよ。前は、それほど高圧的でも無かったし、一応、有名文化人でしたから。取り巻きに、有名な娯楽作家や歌手もいました。この手の問題は、締めれば緩くしろ、乱れたら自粛しろ、と、繰り返すもんですからね。どうして斜め上に行ったかは、わかりません。

そういう審議の時、議事堂の外に集まった、一般市民の支持者は、最初は外で野次る程度でした。が、エスカレートして、魔法ぶつける輩がいたので、取り締まり対象になりました。

もう、支持者も減りましたから、今は徒党を組むほとじゃないですね。」

グラナドはこの事について、何も言わなかったが、俺は、「魔法をぶつけられた」のは、グラナドではないか、と思った。子供だった彼が、議会に出るとは考えにくいが、ルーミに同行する機会があったのかもしれない。聞きたかったが、議事堂に着いてしまった。


議事堂は、殆ど昔の姿だった。修復したような跡も見られない。

聞いてみると、ソーガスが、

「もともと議事堂は、内部は凄く簡素ですからね。会期中じゃないから誰もいなくて、装飾品も仕舞われてたから、ほっといたんじゃないでしょうか。扉と窓は壊されたようですが。」

と答えた。

中に入ると、モノトーンを基調にした、簡素な(王宮にくらべて)内装の「円形劇場」になっていた。改装したらしい。

議員達は、今日から会期ということもあり、勢揃いしていた。ボイコットなどはないようだ。グラナドは開催宣言を女王から任された。これは通常は国王の役目だった。反発を招くかもしれないと思ったが、議員達は拍手で迎えた。


その後は、目まぐるしく、王宮前広場(国民に演説)、神殿、魔法院。神殿では、戻りたてのリスリーヌと、副神官長のファランダ、メドーケが主に迎えてくれた。ファランダは、クラリサッシャ女王と同年代くらい、メドーケはリスリーヌよりは若い。ファランダは、女王が即位で「休職」のため、代わりに選出された、という。グラナドは、神官総出の中、礼儀正しく、挨拶を交わした。

神殿は、クーデターの惨禍が、最も少ない場所だった。暴徒が自粛したと思われていたが、魔法結晶のある区域に、扉を閉ざして立てこもり、内側から堅く守ったからだった。

彼女達は、非常時には、魔法結晶を守れ、を第一命題にしていた。結晶は、神聖魔法の核となるものなので、ある意味、コーデラそのものだ。

グラナドから聞いていた話も会わせると、テスパン達の目的の一つが、魔法結晶の奪取だったことになるが、これは失敗に終わっている。


最後に魔法院に行った。

クーデター当時は、若手の魔法官が何人も犠牲になった。ミザリウスとヘドレンチナは不在で無事だった。他は、試験期間中だったので、試験に関係ない者は休暇になっていたため、居合わせず助かった。

出迎えたのは、ヘドレンチナで、魔法官は勢揃いしていた。

「ウェイルダとディニクスは、交代のため、シィスンに向かいました。他も、適任と思われる者を数名送りました。」

ヘドレンチナは、二人とも、殿下によろしく、との事でした、と言い添えた。

これでまた、王宮に戻る。

ソーガス達は、移動時は俺たちの護衛だが、夜は宴会の警備につくから、と辞した。

オネストスだけは本来、女王付きのため、正装して出なければいけない。

当然、ソーガスは、軽くからかってから、任務に向かった。オネストスは、決まり悪そうに、支度いたしますから、と辞した。

入れ違いに、カッシーが、女官三名と、俺達の服を持ってきた。

彼女は、右半分が赤のサテン、左半分が黒の麻の、直線的なラインのドレスを着ている。耳飾りは、右が黒、左が赤の、大降りなガラス細工だ。襟は首まであったが、背中は空いていた。靴は踵のない、シンプルな黒い靴だ。

「靴は動きやすいのでないとね。」

と微笑む。

着替えを促す。ファイスは、俺もか、と軽く抗議したが、カッシーは、笑顔で「当然」と返した。グラナドは、女官に、隣室に連れていかれた。

俺は濃紺、ファイスはグレー、光沢のある生地で、昔のものと比べ、やや丈が短く、ズボンは先が細い。とはいえ、男性の服は、あまり変化がない。俺は一人で着られたが、ファイスは、カッシーに手伝って貰っていた。襟が着けにくいらしい。

グラナドがまだだが、皆が次々顔を出した。

レイーラは、カッシーに似た服を着ていたが、色は黒と金だ。耳飾りはいつものだが、ブレスレットを黒と金にしている。

シェードは、俺のより、明るめの青地の上着だが、袖と裾に、金の刺繍がある。襟は簡素なもので、彼も耳飾りは、何時もの物だった。

予想外なのはハバンロだった。いや、失礼な言い方だが、彼は、普段は薄い動きやすい武道着しか着ない。しかし、こうやって正装すると、もともとライトブラウンの明るい髪に、青い目の彼は、長身も相まって、正装した騎士のように見える。

上着は、濃いグレーに見えたが、よく見ると、紫で、微妙な濃淡が染め分けてある。

「似合うじゃないか。」

グラナドが出てきた。

俺達の物より、少し長い、昔風の上着だ。一見黒だが、光が当たると、干渉色と、濃い深紅の地が浮かび上がる。それがよく似合っていた。

「やっぱり、王子様ねえ。一番、決まってるわ。」

とカッシーが褒めた。グラナドは、

「やっぱり、て、何だよ。」

と笑う。それから、レイーラに、

「靴、大丈夫か?歩きにくいんじゃ?」

と言った。彼女の靴は、踵の高い黒い靴だった。

「実は少し…。シェードに捕まっていれば平気だけど。」

シェードが慌てる前に、グラナドは、女官に靴を取りに行かせた。

「カッシーが履いてるのと同じタイプのやつで。」

と希望を添えて。

「私は、派手ではありませんか?」

と、ハバンロが言った。

「お前、この手の集まりは、なれてるだろ。五年前の、マローデル夫妻や、フェルローナ夫人の衣装を思い出せよ。さすがに、今回は、あそこまではないと思うが。」

ハバンロは、ああ、と手を打って納得した。グラナドは、続けて、シェードに、

「お前は慣れてないだろうが、堂々としてろ。お前、コラード、海賊の首領だろう。捕まった仲間を助けるために、悪徳貴族のパーティに、潜り込んだと思え。」

と言った。シェードは、

「あ、ああ、すまない。」

と答えた。

「ミルファは、陛下と一緒か?」

グラナドは一通り見回して言った。そういえば彼女がいない。カッシーが、

「ええ。楽しみにね。」

と、妖しげに微笑んだ。


俺達は、恐らく、本日最大の難所へと向かった。


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