トンデモ密入国者
「おい、行くぞ、娘々」
ボクは、木造の掘っ立て小屋の真ん中でボケーッと座っている、一見小学生くらいの少女に見える女に声をかけた。
ソイツは、ボクの言葉に不思議そうな顔を見せると、こう言った。
「どした。どっか、連れててくれるか?」
(うぐぅーううう)
ボクは、そんな呑気そうな彼女に心が爆発しそうになったが、既のところで、これを堪えた。
「いいか、ボクはオマエに海に落とされて、死にそうになったんだ。それでなくても、心が潰れそうなのに、とんだ迷惑なんだよ。オマエなんか、さっさと誰かに押し付けたら、今日は家に帰って風邪薬を飲んで寝るんだ。分かったか!」
ボクは、思わず強い口調で、キョトンとしている似非魔法使いに、そう言い放った。
「ほぇ」
言葉の意味を理解していないのか、彼女は奇妙な鳴き声を吐くと首を傾けた。
「だぁかぁらぁ、オマエも一緒に行くんだよ。オマエみたいな得体の知れない危ないヤツを、こんなところに放っておいたら、何をしでかすか分からないからな。取り敢えず、交番に連れてってやる。分からない事があったら、そこで聞け。いいな」
ボクは、再び語気を強めてそう言った。
すると、インチキ魔法道士の顔が、みるみる蒼ざめていった。
「コーバン! ケーサツ、連れて行くのか。それ無し。オレ、それ困る。ケーサツ、いや」
警察を嫌がるなんて、何か後ろめたい事でもあるのか?
しかし、コイツの最適な引き渡し先は、どう考えても警察だろう。
えーっと、確か大陸の奥地からやって来たらしいけど……、亡命でもしにきたのか?
あ、あれ? ちょっと待てよ。確か、コイツ、空を飛んでやって来たって……。
「お、おい、娘々。大事な事だから、もう一回訊くぞ。オマエ、崑崙から日本まで、どうやって来たんだ」
ボクには嫌な予感しかしなかったが、思い当たる節があったので、念の為、訊き直した。
「へ? ああ、MDG使った。風を起こして、空を飛んで来たんだ。スゴイだろ、オレ。ヘヘヘ」
さも自慢げに、眼前のチビ助はそう言って薄い胸を反らした。
「……あのう、娘々さん。空港とかは通りました?」
ボクの胸の内で、不安が現実になりつつあった。
「空港? そんなとこ、通らなかったぞ。大っきい飛行機が、ガンガン飛んでて危ないからな」
はい、尤もでございます。
空港の管制官も、空飛ぶチビっ子に着陸許可なんて出す筈ないしな。で、という事は……。
「ええーっと、娘々さん。空港は通って無いと、おっしゃいましたね。と言う事は、税関とかも通って無いと……」
疑惑は確信に変わっていたが、ボクは一縷の望みに賭けて、確認を続けた。
「ゼイカン? 何だそれは。ゼイカン、ゼイカン、……ああ、税関だな。そんなところは通らないぞ。三十年前に、一度行ったら、MDGを取り上げられそうになった。共産党は横暴ネ」
ああぁ……。やっぱりそうなんだぁ。
「あ、えと、娘々さん、パスポートって知ってる?」
ボクは、震える声で最後の質問をした。
「ぱ、ぱぁす……ぽと? 何だソレは。美味いのか?」
あーあ、思った通りだよ。やっぱりそうかよ。全くもうコイツは。
「という事は……。おい、娘々。オマエ、出国の時も、入国の時も、税関通って無いんだな。ってか、パスポートも持って無いなんて、どういう事だよ。それって、密入国って事だぞ」
ボクは確信した。コイツは外国からの密入国者だ。さすがに共産党のスパイって事は無いだろうけど、怪しい犯罪者には違いない。
これは、マズイ。何がマズイって、
1.税関を通って無い
⇒密出国&密入国
⇒ソレ自体犯罪=ヤバイ
2.持ち物の検閲を受けてない
⇒密輸品を持ってる可能性がある
(特に例のMD機関が怪しい)
⇒当局に知られたらヤバイ
3.娘々自身も検疫を全く受けていない
⇒変な病気やウイルスを持ってたら……
⇒パンデミック=そうとうヤバイ
⇒ボクも感染しているかも=個人的に超ヤバイ
4.MD機関そのものが禁制品の可能性がある
⇒中共が取り返しに来るかも知れない
⇒国家規模で超ヤバイ!?
⇒ボクも秘密を知って仕舞った=生命の危険も有り得る
5.パスポートを持っていない
⇒身元不明者で身元引受人も居ない (恐らく)
⇒とにかくヤバイ=強制送還だ!
6.きっと日本円なんて持って無い──どころか人民元も持っていないに違いない
⇒当面、ボクが払わされるの?
⇒絶対、嫌だ!
ちょっと考えるだけで、これだけのヤバイ事が思いつく。
兎に角、娘々が厄介なヤツには間違い無い。
コイツが嫌がろうが何だろうが、無理やり引きずってでも交番に連れて行かなければ。
そうしなければ、ボクがババを引いて仕舞う。
「娘々、オマエは嫌かも知れないが、ここに放っておく訳にはいかないんだよ。そんな事をして、後になってボクがオマエと関わりの有った事が知れたら、ボク自身がヤバイ事になるかも知れないんだ。ボクの平穏な生活の為に、素直に当局に捕まってくれ」
どうせ、コイツとボクとの関係なんてこんなもんだ。いや、元々関係なんか無い。どころか、ボクは、コイツのせいで死にかけたんだ。
ここまで手をかけてやるのは、むしろ親切だと思ってもらいたい。
「うぐうぅ~」
続けざまにボクが言葉を浴びせているので、娘々には反論する暇が無かった。唇を噛み締めて唸っているだけである。
(ふふふ、ザマァー見ろ。この程度で済ませてやってるんだ。ありがたく思えよ)
「さぁ、行くぞ、娘々」
ボクは先に立って、掘っ立て小屋の出入り口──と言っても、建付けの悪い木製の引き戸に過ぎないのだが──へ向かった。
「ケーサツ、行くのか。オレ、捕まるのか?」
未だ小屋の中央に座り込んでるチビ助は、今にも泣きそうになっていた。
(ちょっと、可愛そうな事をしたかな。死ぬ思いをしたのはコイツのせいだけど、海から拾い上げて助けてくれたのは事実だからな。一応、プラマイ・ゼロなんだが、知らない異国の地に一人ぼっちなんだよな、コイツ)
そう思うと、ボクの中に、ほんの少しだけ同情心が芽生えた。
「捕まるというより、保護してもらうんだよ。……おい、娘々。そんなにしょげるなよ。オマエ、密入国者なんだから、ここで見逃してもらったとしても、いずれは捕まって強制送還される運命にあったんだよ。最初に出逢ったのが、ボクみたいな大人しい人間で良かったな」
同情したとはいえ、ボクの口から出てきたのは、悲運な現実だった。
「ぐうううう。オレ、可愛そう。オマエ、ヒトの心は無いのか。道端で遭った、可愛そうな婦女子を邪険に扱うと、後で後悔するゾ」
この期に及んでも、口の減らないヤツだな。まぁ、仕方ないか。
「はぁ、しょうがないな。いいから着いて来いよ、娘々。アイス、奢ってやるから」
ボクがそう言った途端、彼女はパアッと明るい顔を見せて立ち上がっていた。
「あ、アイス。アイスって、あのアイスだよな。冷たいけど、ただの氷じゃ無くて。甘くてちょっと酸っぱくて。そんで、食べると口の中でフワッと溶けて。すっごいウマいヤツだろ!」
娘々は、早口でそう言うと、ボクのところまで走り寄って来た。
「オレ、日本のアイス、喰いたい。崑崙の雪氷は味しないからな。ずっと夢見てきたんだ」
そうか……。四十過ぎのオバサンが夢に見る程の日本のアイス……。凄い人気だな。
「分かった、分かったよ。兎に角、アイス、喰わしてやるから着いて来い。さっさと行くぞ」
ボクは、武者振りついてくる娘々を、力づくで押し戻していた。
それから振り向いて、引き戸に手をかける。フゥーと深く深呼吸をすると、手に力を入れた。
最初は、建付けが悪くてびくともしなかったので、両手を使って、尚も力を込める。
すると、小屋の引き戸は、ガタピシと悲鳴を上げながら開いていった。
「うぉ、眩しい」
小屋の外は、未だ陽が高かった。強い夏の日差しが、ボク等を照りつける。
「そっかぁ、今、夏休みだもんな。……っちい」
大学受験で日に当たらない生活を長くしてきたボクは、半年経っても強い日光に弱かった。……ドラキュラじゃあるまいし。はぁ、情けない。
と、そんなボクの服の裾を、ツイツイと引っ張る感触が伝わった。
「おい、オマエ。ほら、行こうぜ。アイス、アイス」
まるで本当の小学生のように、娘々はボクにせがんでいた。現金なヤツである。
大陸に特徴的な平坦な顔の細い目が上に凸の曲線を描いていた。
(しゃーねーな)
ボクは、念の為、上着のポケットに手を突っ込んでみた。ジャラジャラといくつもの硬化が指先に当たる感触が返ってくる。この分なら、安いアイスバーなら二人分くらい買えるだろう。
「行くぞ。着いて来いよ」
「おう」
ボクが短く声を掛けると、ホクホク顔のチビっ子魔法道士は、例の悪魔的なデザインのポシェットを両手で胸に抱くと、トコトコと着いて来た。
(もう少しの辛抱だ。コイツにアイスを喰わせたら、即交番へ直行だ)
ボクは、頭の中でそう考えながら、強い太陽の光の下、近くのコンビニへ行くために海岸から戻る道を歩いていた。
十数分後、ボクと娘々は、国道──と言っても田舎の国道は狭い──に面したコンビニエンスストアに来ていた。
(やっぱり、コンビニの中は涼しいな。一回海に落ちたとは言っても、この日差しの中十五分も歩くと汗だくだよ)
そうなのである。MD機関などと言う怪しい魔法道具なんか使わないでも、文明の利器──クーラーがあれば、暑い夏でも屋内を涼しくする事が出来るのだ。
それだけで、ボクはなんとなくこの嘘臭いチビ助に勝ったような気がしてきていた。
「おお! ここは涼しいな。これだけ涼しければ、冬に積もった氷も溶けずに残っているハズだよナ」
フフフ、現代文明とは隔絶された大陸の奥地からやって来た蛮族め。科学の力に驚いているな。
「どうだ、涼しいだろう。クーラーが効いているからな。オマエの持っている怪しい魔法道具なんか使わなくても、涼しい空気も冷たい氷も、科学の力で作り放題なんだ。少しは驚いたか」
ボクは、誇らしげに、コンビニの中の涼しさを堪能しているチビっ子に言って聞かせた。
すると彼女は、『冷たい氷』という単語に反応した。急に、ボクのところまで駆けて来て、
「おいっ、アイスは。アイスッ、アイスッ。早くっ早くっ。アイス喰いたいぃー」
と、早速騒ぎ始めた。
「小学生かよ、オマエは。ちゃんと買ってやるから、静かにしてろ」
ボクは、そう言ってインチキ小学生を黙らせると、先に立ってアイスクリームの陳列されているショーケースへと向かった。
「ほら、ここにいっぱいあるぞ。どれが欲しい?」
冬に積もった雪が固まった氷などは、前近代までの時代には重宝がられたかも知れないが、二十一世紀の現代では、冷凍庫で作り放題である。
「うおおおぉぉぉぉぉーー。スゴイ。スゴイな。これ、全部、アイスクリームなのか? 何種類もあるぞ。しかも、たくさん。どれも、冷たくて甘くて美味いんだろ!」
こうして騒いでいるところを素で見ると、その辺で鼻水を垂らせている小学生と何ら代わり映えしない。
たかがアイスで、こうまでハシャゲるのは、却って羨ましいくらいだ。
「あっ、アレだ、アレ。ネットで見た事あるゾ。棒が二本刺さってるヤツだ。親子や仲良しが二つに割って喰うんだ」
娘々が指差したのは、毎度お馴染みのソーダアイスだった。
「折角、ボクが奢ってやろうと言うのに、そんなチープな物、チョイスするなよ。それに、ボクとオマエは、親子でも兄妹でもないし、従兄妹でも仲良しでもない。勘違いするなよな」
ボクは、ちょっとだけ彼女に釘を刺した。
「どうせ買うなら、……んーと、コレだ。最先端文明国=日本の誇るヒット作、「ガリガリ君」だ。どうだ、凄く美味しいんだぞ」
ボクは、敢えて大袈裟に言ってみせた。クククク。どうだ、崑崙の奥地に「ガリガリ君」なんて無いだろう。
「オマエにはだなぁ……、この「スイカ味」を買ってやろう。えーと、ボクはぁ……と、「はじけるぶどう」にしよう。それで良いな」
ボクは、冷凍陳列棚の中を覗き込んでいた偽小学生を無視して、独断でアイスを選んだ。
「おおっ、それが噂の「ガリガリ君」か。聞いた事あるぞ。日本の子供は、皆大好きなんだよな」
アイスを包んでいるプラフィルムに描かれている男の子のイラストを見て、彼女は眼を輝かせた。
「そうだ。日本人は、子供の頃からアイスを食べ放題なんだ。勿論、MD機関なんて使わないぞ。この国には二十世紀の大発明=冷凍冷蔵庫があるからな」
(フフフフフ。どうだ、参ったか。ボクと自分との立場の違いを思い知るがいい。そして、魔法なんて古びたファンタジーは棄ててしまえ)
冷え切った身体を温めて救ってくれた不思議道具だったが、どうしてか、ボクはそれを肯定する事が出来なかった。娘々に対して、ボクは心無い言葉を吐き続けていたが、当の本人はアイス喰いたさに、そんな事には全く気を払っていなかったが。
「早く、早く。オレ、ガリガリ君、早く喰いたい。おい、ガリガリ君ー」
分かっていた事だが、コイツの中身は見かけ通りに小学生と大して変わりなかった。
これ以上待たせると、何をしでかすか分からない。『待て』をちゃんと出来た訳ではないが、そろそろ『ご褒美』をやるか。
「急かすな。今、買ってやるから」
ボクは、霜をかぶっているガリガリ君を二つ取り上げると、レジに向かった。「すぐ食べるので」と言って、袋はもらわずにテープで済ませる。
支払いを終わってお釣りを受け取ったボクは、未だ騒いでいるチビを連れて、コンビニの隅っこにある、椅子とテーブルのあるコーナーに行った。たかがアイスを食べるのに、また暑い炎天下に出るのは嫌だったからだ。クーラーの効いた店内で優雅にアイスを食べる。これでこそ、科学文明を手に入れた現代人の姿である。
「おい、早く。オレ、もう我慢出来ない。アイス! 早く、アイスぅ」
「よーしよし。よく今まで我慢したな。そーら、アイスをやろう」
ボクは、勝ち誇ったようにそう言うと、未開の民族に文明の象徴たる「ガリガリ君スイカ味」を渡した。
「うおおおお、これがガリガリ君かっ。つ、冷た。よ、よし、喰うぞ」
初めてアイスバーを手にした魔法使いは、特徴的なイラストの描かれた包装を破くと、中身を引っ張り出した。そして、一旦はしげしげとそれを見つめていた。しかし、もう我慢が出来なくなったのか、大きく口を開けると、その先端に噛み付いていた。
「うぉ。冷たい。甘い。スイカだ。スイカの味だ。でも冷たい。うううううー、美味いぞぉ」
小学生の大好物=ガリガリ君を初めて食べたチビっ子魔法道士は、形容し難い表情でソレを噛じっていた。
「くわっ。あ、あ、あ、頭がぁぁぁぁぁ」
「ほらほら、だから言わんこっちゃない。急いで食べるからだ。少しは味わえよ」
「だ、だってぇー。オレ、真夏にこんな冷たいアイスを喰うの、初めてだから……」
律儀にお約束ごとをしでかした彼女は、アイスバーを一旦口から離すと、額を手で温めていた。そして、痛覚が少しは引いたのか、再びアイスを噛じる。
「ううーん。やっぱ、うっまぁー」
そうして、如何にも幸せそうな表情を見せるのだ。それを見ていると……、
(こうして見ると、その辺のガキンチョと変わらないなぁ。まぁ、実は四十過ぎのオバサンだけど。でも、このまま警察に突き出して強制送還にするのも、何だか可愛そうになってきたな)
そんな甘い事を考えていた時、誰かが後ろからポンとボクの肩を叩いた。
「こんなところで、何をやっているんだい」
鈴の鳴るかのような声で、ボクに話し掛けてきたのは、
「朝永センパイ。どうして、こんなところに……」
そこに居たのは、サラサラの長い髪がよく似合う、美人女子大生だった。
「どうもこうも無いよ。キミが変な事を言ったあと、ワタシの言葉もろくに聞かないで疾走って行っちゃったからだよ。もう、随分探したんだぞ」
小柄だがメリハリのある肢体を白衣に包んだ彼女は、ボクの大学の二学年上の先輩だ。
そして、ボクが海岸まで来た理由の根源である。
そう、ボクにさっき告白されて、それをあっさりと振った、当の本人である。
「おっ、良いもの食べてるじゃないか。ワタシにも少しおくれよ」
彼女はそう言って、その細いしなやかな指でボクの手を巻き取ると、グイと自分の方へと引き寄せた。そして、噛りかけのガリガリ君の先端をハムっと口に含むと、そのまま噛り取ったのだ。
「んんー、おいし。やっぱ、夏はガリガリ君に限るね。「ぶどう味」とは、なかなか良いチョイスだ。ワタシも好きだよ」
彼女はそう言いうと、なんとも言えない笑みを浮かべていた。
絶妙に紅い唇を、舌が軟体動物のように動いて、氷菓の残滓を舐め取っている。
(ああ、これって、か、間接キスになるんじゃないか? いや、それより、どうしてこの女は、さっき振ったボクを前に、こんなに平気なんだ?)
複雑な感情が渦巻いて現状を理解しきれないボクは、きっと真っ赤な顔をしていたろう。今にも顔から火を噴きそうだった。
「ええっとぉ、せ、センパイ?」
思考停止してしまったボクは、それ以上を言う事が出来なかった。
「ん? 何だい? 見たところ、キミは、どうも子守を押し付けられたようだね。……まぁいい。ワタシはキミにこれを持って来たんだよ。ほら」
朝永センパイは、思い出したようにそう言うと、左肩にぶら下げたトートバックを弄ると、中から紙の束を取り出していた。
それを不思議そうに見ているボクに、彼女はこう言った。
「ルートヴィッヒ・エードゥアルト・ボルツマンの論文のコピーだ。ついでに、ボルツマンの方程式や、Η定理のリファレンスも録ってきたやったぞ。キミ、ありがたく思え」
ボクに分厚いコピー紙の束を手渡すと、センパイは少し口をへの字に曲げてプンスカと云う感じで、現在の気分を表現していた。
(やっぱり可愛いなぁ。振られたからって言っても、忘れられる訳ないよ)
論文のコピーを受け取っても、ボクがボウッとしているので、
「どうした、キミ。変だな。いつも以上に様子が変だぞ」
とセンパイは、訝しんだ。
そんなところへ、お邪魔虫が割り込んで来た。
「お姐さん、美人だな。コイツの知り合いか?」
(くそっ、娘々め。変なところで出てくるなよ。ボクとセンパイの貴重な時間を削りに来るなよな)
口に出しては言えなかったが、ボクは心のなかで苦虫を噛み潰していた。
「ん? ……ああ、ワタシか? ワタシはこの子の大学の先輩だよ。そう言う君は?」
柔らかい声で、そう応えた朝永センパイに、密入国者かつ似非魔法使いは、堂々とこう返事をして仕舞った。
「オレ、娘々。魔法道士だ。ヨロシクな」