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シラードのエンジン、て何?

「はぁ、はぁ、はぁ、……はぁ」

 ボクはインチキ似非(えせ)魔法使いの娘々(ニャンニャン)に酷い目に遭わされた。その腹いせに、ついさっきまで、コイツの頭を必殺のヘッドロックに極めていたのだ。

 まぁ、ちょっとだけ疲れたが。


「うううー、ヒドイぞ、オマエ。オレ、オマエ、タスけたのに。……あ、アタマがイタい」

 少女──に見えるが、コイツは四十過ぎのオバサンだ。遠慮する事は無い。

 それに、海から引き上げてくれて身体を温めてくれたのは確かだが、そもそもボクが海に落ちたのはコイツのせいだ。

「娘々、オマエが風に乗って舞い降りて来なければ、ボクが海に落ちる事も無かったんだよ。分かってるのか! 全部、オマエの所為だ」

 未だ怒りの収まりきらないボクは、小屋の真ん中で座り込んでいる彼女を叱咤していた。

「ううー、オレ、ワルいことしたのか? よくわからんが。……スマン」

 (にせ)ロリータは、眼を潤ませながら、取り敢えずそう言って誤った。

 うん、最初から素直に謝っていれば、こんな騒動にはならなかったんだよ。

 ボクは、少しだけ気が晴れたような気がした。


「ところで娘々。オマエ、一体どうしてこんなところにやって来たんだ?」


 ボクは、彼女に関わったついでに、ここへやって来た理由を訊いてみた。

 なんたって、ボクは魔法少女ヲタク(・・・・・・・)なのだ。

 大きな声では言えないが、受験生時代に、学校と塾と勉強部屋の三ヶ所しか知らなかったボクには、通りがかりの電気屋でかかっているテレビ番組の魔法少女がキラキラして見えたのだ。


『本当の姿はナイショだが、魔法の力で変身すると、正義の力で悪行を働く大人達をバッタバッタと薙ぎ倒す』


 そんな正義の魔法少女は、ボクが息の詰まりそうな受験生活を生き抜くための心の拠り所だったのだ。

 そんな大事な夢をこんな偽魔法少女に汚されたのは、少なからずボクのトラウマにはなったけれど。


「オレか? オレ、娘々。魔法道士だぞ。エライだろ。昆仑(クゥェン ルゥェン)からヒトリでとんできたんだゾ」

 ボクの問い掛けに、娘々は、さも自慢げにそう言った。


(『クゥェン ルゥェン』? あぁ、『崑崙(こんろん)』の事だな、きっと)


「あのなぁ、それはもう聞いたよ。だから、どうして崑崙(こんろん)みたいな奥地から、何しに日本までやって来たのさ? ボクは、その事を訊いてるんだ」

 日本語の怪しいこの女と話していると、言っている事が堂々巡りで、なかなか前に進まない。ボクは、再びムカムカしそうになるのを我慢して、コイツの答えを待ってやる事にした。

「えーと、なぁ。……はて、オレ、ナニしにキたんだっけ? オマエ、しってるか? しってるなら、オシえてくれ」


「…………」


(そうかいそうかい。それが答えね。期待していた訳じゃないけど。これには、ちょっとムカつくな)


 予想通りの斜め上の返答に、しばらくの間、ボクは唖然としていた。


「……あぁ、ええーっと、娘々さん。君は自分が日本にやって来た理由も知らないのデスカ?」

 少し──いや、かなり腹が立っていたが、話を手っ取り早くまとめる為に、ボクは敢えて優しく訊いた……つもりだ。

「ううー、そんなにオコるな。オレ、ツラくなるだろ。行くアテもない、哀れな美少女にシュクフクを」

 そう言って、彼女は両手を胸の前で握り合わせると、ウルウルした目で懇願するようにボクを見上げていた。

「なにが美少女だっ。四十過ぎのオバサンのくせして。一体どこで、そんな日本語を覚えたんだよ」

 ボクは騙されないぞ。

 彼女と接触した時間はホンの僅かだったが、ボクはこのなんちゃって少女の本性が分かりかけてきていた。

「あーと、アニメでオボえた。美少女(メイシャウヌュ)战士(ジャンシー) 水兵月(シュイビンユェ)!」

 立ち上がった娘々は、派手なポーズをつけながら名乗りの台詞を叫んだ。

「そ、そのポーズは、……まさか」

 その後は、ボクの想像通りだった。

我要代表月亮ウォヤウダイビァウユェリャン 惩罚你(チェンファニィメン)!」

 彼女は、人差し指をピストルのようにしてボクに向けながら、お約束のポーズを極めた。

「…………」

 呆気に取られているボクに、似非魔法使いがニヤリと笑みを浮かべる。

「どうだ、ショウネン。マイッタか」

 お気に入りのポーズが決まったからか、偽ロリータは満足気だった。


「お、オマエなんかにお仕置きされたくなんか無いよ。一体どこで『びしょうじょせんし せーらーむーん』なんて覚えたんだよ。テレビか?」


 ボクは大好きな『せーらーむーん』が汚されたような気がして、娘々に怒鳴った。本当は、彼女がどういう方法で、それを知ったかなんてどうでも良かったんだけど。

「いやいや、オレの住んでいる小屋まで、デンパ、とどかない。因特网(イントゥワン)でやってるのを、电脑(ディェンナオ)で見てる。オレ、美少女(メイシャウヌュ)战士(ジャンシー)、大好きだぞ」

 快活そうに話す娘々は、今にも小躍りしそうだった。

「何だよ、その『イントゥワン』とか『ディェンナオ』って。新たな魔法か?」

 謎の言葉の意味を問い正そうと、ボクは娘々に訊いてみた。本当は嫌だったけれど。

「なんだ、オマエ、因特网(イントゥワン)をしらないのか。たくさんの电脑(ディェンナオ)智能手机(チィーニェンシャージ)がつながってるんダゾ。微博(ウェイボー)とかもみられれるんだ。オマエ、しらないのか?」


(ウェイボーって言ったら、支那版のTwitterみたいなもんじゃないか。って事は、『イントゥワン』って、……ああ、インターネットの事か。だとすれば、『ディェンナオ』って、……ディェンナオ、ディェンナオ、デンノウ、……電脳! パソコンの事じゃないか)


「娘々。オマエ、ネットでアニメを見てたんだな」

 ボクは、彼女の言っている事が、ようやく理解出来た。

「おう。スゴイだろ。映画も、『哈利波特(ハリーポッター)』も、アニメも、因特网(イントゥワン)でタダで見られるぞ」

 娘々は両手を腰に当てると、自慢気にエッヘンとペッタンコの胸を反らした。

 でも、ネットで見てるって事は……。

「おい、それって著作権法違反だぞ。オマエも、その老師ってのも、スゴイ魔法使いなんだろ。ケチくさい真似なんてしてないで、アニメや映画くらい、きちんと金出して見ろよ」

 ボクは彼女達が違法な事をしていることを指摘してやった。

「へっ? ちゃさきくぅぇん……はう? 何だそれ。ウマイのか」

 やはり、分かってないらしい。

「あのね、他人が作った映画とかアニメとか、本人に黙って勝手にインターネットで公開しちゃダメなの。そんでもって、それをダウンロードしたりするのもいけないの。分かってる」

 ボクはそう説明したが、彼女は分かったのかどうか。まだ、頭を捻っている。

「あのね、コンテンツの無断使用は、日本だけじゃ無くって、世界的にやっちゃいけない事なの。娘々、本当に分かってる?」

 ボクは尚も重ねて説明した。

「ううー。いけないことなのか? オレ、さっぱりわからない。どうしてだ。ミンナ、やってるぞ」

「いや、皆がやってるからって、良い訳じゃないよ。ああーと……、ほら、盗むとか、殺すとか、良くないだろう」

「え? オレのところじゃ、ホシくなったらヌスムし、ジャマなヤツはコロスよ。これってイケナイことだったのか。オレ、よくわからない」


(えええー。崑崙って、そんな無法地帯なの。いや、でもダメでしょう、それって)


日本(ここ)は、娘々の住んでたところとは違うの。そんな簡単に殺しちゃダメだよ。分かったのか? ……分かったら、『はい、分かりました』だろ。ほら、娘々」

 ボクは、コイツの考え方に一抹の不安を覚えたため、キツく言い渡した。これに観念したのか、偽小学生(にせしょうがくせい)は、シュンとして縮こまると、

「は、はい、わかりまし……」

 と、ボソボソと応えた。

「声が小さい。もう一度。大きな声ではっきりと言ってみ」

 ボクが尚も強く言い聞かせたので、彼女は、

「はぁい、わかり、ま、し、たっ」

 と、ヤケクソのように返事をした。思いのほか大きな声だったので、ボクは一瞬耳を押さえた。だが、ちゃんと返事が出来た事は認めてやらないとならない。犬だって、芸が上手く出来たら餌をやるよね。これが(しつけ)ってもんだ。

「よ、よぉーし、いい返事だ。よく出来ました」

 ボクがそう言って褒めると、満更でもなかったのか、娘々は胸を張ると、「うへへ」と気味の悪い笑みを浮かべていた。

「しっかし、娘々。目的も分からないまま日本にまでやって来て、いったいどうするつもりだったんだ?」

 ボク等は、一周して初めの疑問に戻って来て仕舞った。

「ううー、オレ、なんで、ココきたかワスレた。コマッた。おい、オマエ、どーしたらいーとオモう?」

 もう四十を過ぎたオバサンなのに、崑崙の魔法道士なのに、娘々は本当の小学生のように泣きそうな顔をしていた。

 うーん、どうしたものだろう。これでは、『ボクが幼気(おさなげ)な少女を虐めている図』にしか見えないではないか。

「なぁ、オマエ、魔法道士なんだろ。魔法が使えるんなら、それでどうにかしたら良いんじゃないかい」

 誰でも普通に考えつく事だが、敢えてボクは、そう提案してみた。

「おおっ。そうか! 魔法(モォーファー)だな。そのテがあったな。オマエ、アタマいいな。ショウライ、シュッセするぞ」


(こいつはぁ……。今の今まで、気が付かなかったのかよ。本当に魔法使いなのかなぁ)


 再び、ボクの頭に基本的な疑問が浮かび上がってきた。

「おい、その魔法って、本当にあてになるんだよな」

 少し──と云うか、相当不安に思っていたボクは、娘々に念を押した。すると、

「ダイジョブ。オレには、このMDGがあるから。老師とオレのジマンの魔法の道具だ。スゴイだろう」

 またしても、この小さなオバサンは、(くだん)の悪魔的デザインのポシェットを持ち上げると、自慢気にそう言った。


(ムカッ)


 改めて自分を吹き飛ばした元凶を認めたためか、ボクは再び怒りが込み上げて来るのが分かった。

「だから、それが不安なんだよ。そもそもの問題は、そのポーチだよ。何がMD機関マクスウェルズ・デモン・ジェネレータだよ。それ、魔法の道具じゃなくて、電子機械じゃないか。中には膨大な量の『シラードのエンジン』が詰まってるんだろう! 違うのか。ほら、何か言い返してみろよ」

 ボクは、もう既に目の前の問題を解決するよりも、どうにかして、このインチキ魔法道士を懲らしめたくてしようがなくなっていた。

 そのためには、まず、魔法と主張する核心(コア)を叩かねば。

「え、あ、ううー。し、しらんどのえんじぇぃん? って何だ? オイシイのか」


(あ、えっとぉ……。そーゆーこと……)


 ちっきしょう。コイツは肝心な事を全然知らないんだな。

 そんなのを大陸の山奥から日本まで送り出すなんて、その老師とか云うオッサンは何を考えてるんだよ。ってか、老師って誰?

「お前が説明出来ないんだから、ボクが見てやるよ。早くよこせよ」

 ボクは、又も強引にMD機関を取り上げようとした。

 すると、娘々は、例のポシェットを胸前に突き出すと、こう言ってボクを脅した。

「く、くるな。オマエ、オレからMDGをとりあげようとスル。さては、オマエ、ワルモノだな。み、みてろ。オマエなんか、长江(チァンヂィァン)の果まで吹き飛ばしてヤル」

 それを見たボクは、一瞬、怯んで仕舞った。

 MD機関マクススウェルズ・デモン・ジェネレーターは、分子レベルでその運動を制御──と云うか選別出来る。また突風で吹き飛ばされてたまるか。

「おい、そんな手を使うなんて卑怯だぞ。堂々と、魔法を使ってみろよ」

 ボクは、少し娘々から離れると、屁っ放り腰になりながらも、そう言って威嚇していた。

「ウルサイ。コレ、りっぱな魔法。オレ、魔法道士。なんどもいわせない!」

 うぐぐ。参ったな。これでは、手が出せない。

 兎に角、MD機関の弱点を探して、コイツを黙らせないと。

 そうでないと、ボクの気が収まらない。


 娘々の話から推測すると、あのポシェットマクススウェルズ・デモン・ジェネレーターの中身は、膨大な量の電子機器と云うことだ。ボクの推測通り、『シラードのエンジン』が大量に実装されているに違いない。


 さっきも考察したが、レオ・シラードは、1929年にマクスウェルの思考実験を単純化したモデル──シラードのエンジンを提唱した。これは、分子の熱運動を仕事に変える装置(エンジン)で、一個の分子を観測する為に、微小な悪魔が一匹張り付いている。

 気体分子の熱運動から仕事を得るためには、①分子の運動を観測する、②仕事を取り出せる時には仕切りを入れる、③元通りに箱を初期化する、のサイクルを繰り返すことが必要だ。

 この時、


  W = kT ln 2


 の仕事が取り出せる事が計算できる (さぁ、皆も計算してみよう)。

 極論すれば、状態が完全に分かってる分子一個は、kT ln 2 のエネルギーを持ってるとも言えるな。

 え? そうそう、kは、ボルツマン定数だ。

 超頑張って超々大容量のメモリを搭載し、分子状態を完全に記憶させれば、それだけ分のエネルギーを貯蔵する=仕事をさせる事が出来る、と言う訳だ。


「娘々、お前の持ってる気色の悪いポシェットには、シラードの微小な悪魔が超たくさん詰まっていて、ボルツマン定数と関係付けられたメモリ容量分のエネルギーを貯蔵してるに違いない。どうやって創ったのかは謎だが、科学の産物だ。魔法なんかじゃ無い」

 ボクは、先輩に叩き込まれている知識を思い出しながら、このチッコイ小悪魔に言ってやった。

 案の定、コイツは、困ったような顔をしていた。

「う、うぐぐぐ。ぼ、ぼつるまんジョースウ? ってナンダ。ぜんぜん、さっぱり、ワカンナイぞ」

「ボルツマンだ! 偉大な科学者に失礼だぞ。兎に角、それは魔法じゃないの。科学なの」


(ぐふふ、言ってやったぞ。ざまぁー見ろ。そーら、言い返してみろよ。やぁーいやぁーい)


 ボクは、心の内でそんな子供っぽい事を考えながら、目の前のチビ助を見下(みくだ)して──いや、見下(みお)ろしていた。

「ヒドイぞ、オマエ。オレ、いっしょうけんめいにガンバッテ、リッパな魔法道士になるために、シュギョウにきたのに。なんでサイショからイジメられる。ヒドイよ。うわぁーん」

 と、娘々は、とうとう泣き出して仕舞った。


(うっ、これでは、ボクがイジメっ子みたいじゃないか。くそっ、気分が悪くなる。……てか、コイツ、今、何て言った)


「おい、娘々。オマエ、崑崙(こんろん)くんだりから日本まで、『修行』に来たのかぁ?」

 ボクは、この嘘くさいチビが泣きべそをかいているのが可愛そうになって、そう問いかけた。

「あっ、そーだ。そーだった。オレ、修行しにきた。そーだった、修行、修行。今、オモイダシたぞ。あはははは」


(現金なヤツだな)


 ボクは、やっと自分の目的を思い出した小魔法道士を、哀れに思い始めていた。




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