次元救済会社は貴方を歓迎します。
特に続きませんが、読んで頂ければ幸いです。
俺は、人を守れる仕事をしたいと思って警備員になったが、もしも他の職業に就いたとしたら何になっていただろうか。
警察官? いや、事件や事故が起きてから人を助けるなんて事はしたくない、やっぱり未然に防く事が可能な警備員一択だ。
なのに今、どういうことか外国人のおじいさんとセーラー服を着た女子高生が俺を囲んでいる。
外国人のおじいさんは有名な喜劇王とよく似たちょび髭で山高帽と紳士服姿。
女子高生は表情筋がこれでもかというぐらい硬いのか、瞬きと口以外は動く様子がない。
そして、女子高生は言う。
「ようこそ、次元救済会社へ。貴方を社員として迎えます」
俺には一切意味が分からなかった。
いつの間に聞いたことが無い会社に迎えられ、俺が働いていたはずの警備会社は消え、一面畑だらけの平地に立たされている。
「い、一体なんだよ? 勝手に入ってきて、いきなり変な場所に飛ばして、次元救済って頭が追いつけない! とにかくもっと詳しい説明をくれ!!」
勝手な事をされたのだから、怒ってもいいだろう。
女子高生に説明を求めると、右手を空に向けて伸ばした。
これは、突然警備会社に不法侵入してきたと思ったら突如畑に飛ばされた時と同じ仕草だ。
親指と中指で摩擦を起こして鳴らすと、一面畑の平地はどこへ行ったのか、強めの風が吹く屋上に立っている。
柵に手を乗せ周囲を見渡すと、紛れもなく高層ビルが建ち並ぶ東京のコンクリートジャングル。
「私は次元救済会社取締役社長宝ノゾミと申します。隣にいる彼は相談役のおじ様」
「おじ様って……名前はない、のですか?」
今のご時世女子高生でも起業できるから気にならないが、相手は社長なのだから敬語で話そう。
ちょび髭のおじいさんは青い目に笑みを浮かべ、
「これは失礼、わたくしの名前はE1056です。申し訳ありませんが、わたくしの住む世界ではこういう名前が当たり前なのです」
深々と最敬礼をする。
「私はおじ様と呼んでいます。貴方はもしもという世界を考えたことがありますか?」
「いや、そんな世界考えたことないですよ」
「人にはもしもという次元が幾つも分かれています、そして貴方にはその次元が存在しないのです。どこを辿っても警備会社にいるという世界だけ。とても興味深く、貴方のような人なら次元救済が可能だと思いました」
とても光栄な事だが、あまりにも話が大きすぎてなにも返事ができない。
「他に、並行世界が存在し、私達が立っているこの場所で今も誰かが争っている次元が存在するのです。困っている人を助け、争いを失くすのが私達の仕事です。人を助けることに変わりはありません」
「わ、分かりました。ですが、俺は警備員です。この仕事にやりがいを感じているので今回の件は……」
断ろうとしている俺を静かに見守る宝社長は、相談役のおじいさんに視線を送っている。
宝社長の合図に頷くおじいさんは、
「その点は大丈夫です、ご安心を。何故なら貴方はもう解雇されていますから」
ハッキリと答えた。
「さ、さっきから勝手な事ばかりして、俺に選択権はないんですか!?」
「給料は倍払います。福利厚生は手厚くあります。負傷して体の一部が破損したり、脳にダメージが与えられうまく機能できなくなったりしても死ぬまで生活を保障します。死亡した場合もご家族様に補償金が出ますのでご安心を」
宝社長は淡々と説明してきて、温度差を感じてしまう。
「世界を救いましょう、貴方にはその力があります」
感情はいまいち読み取れないが、人を助けたいという気持ちは伝わってくるような気がする。
「はぁ具体的にはどういう風に救助を?」
仕方ない、もうどう嘆いても元には戻れないようだ。
宝社長が再び指を鳴らすと、今度は大草原が広がる周りに何もない平地に景色が変わった。
「早速依頼が来ています。今回の依頼は集落同士の争いで、依頼者のご友人が捕まっているそうです。救助をお願いします。目標は、この先を真っ直ぐ向かってください、殺される可能性もありますので気を引き締めて任務遂行するように」
物騒な事を言う宝社長はポケットから丸い小さな機械を取り出す。
「殺されるって……どうすればいいんです。俺、自衛隊じゃないんですよ?」
「通信機と翻訳機が搭載したインカムです。耳に装着してください……事前に調べたところ、拳銃やライフルを所持していません。この世界は近接武器しか存在しないので不用意に近づかなければ安全です。おじ様、護身用を渡してください」
おじいさんは、俺に拳銃を渡してきた。
競技用とよく似たデザインで、銃弾が入っている様にもみえない。
「ピストルタイプのスタンガンでございます。身の危険を感じた時のみご使用ください」
耳に専用のインカムを着けて、ホルスターにスタンガンを収納。
「それでは任務終了後、迎えに行きます。それまでは通信機のみでお願いします」
宝社長はおじいさんと一緒に姿を消してしまう。
確か、真っ直ぐ行けば敵の集落だったか、俺は大自然の中を歩く。
道を示す看板や目印がない草原をひたすら歩くこと15分、ようやく集落と思える建物が見えてきた。
住居用のテントを想像していたが、金属で建てられた家が目視だけで5軒。
さて、どうすればいいんだ。
そういえば任務が終わるまでは通信と言っていたな。
「社長、俺は警備をしたことはありますが、侵入したことはありません。とりあえず、どうしたらいいんでしょうか?」
通信の先にいるはずの宝社長に向けて質問をしてみた。
『まずは見張りや外を巡回している敵の数を把握して下さい。特に警備が多い建物ならそこに救出対象がいる可能性は高いです』
「なるほど、了解です」
集落の外を巡回している様子はない、内側にいるのは槍を持った奴が大体3人だろうか、野性的な髭を生やしている。
俺から見て奥の建物だけに2人がぴったりと出入口に立っているという事は、救出対象がいる可能性あり。
『しゃがみながら相手の視界に入らないよう進むのがオススメです。今回は研修も兼ねていますので、サポートしていきますが、本番は一切サポートというのは存在しませんので技術をしっかり身につけてください』
「ちょっと、こんなこと1回や2回じゃ覚えられませんって……マジで言っています?」
『はい』
淡白な返事だ。
見張りは幸いそこまで動き回らない様子。
最大限に身を屈めて、建物の壁まで辿り着けたが、次の建物までは隠れる場所がない。
『貴方は以前、柔道、空手やボクシングをしていたそうですね? 軽く壁を叩いておびき寄せて首をへし折るか気絶させることもオススメです』
なかなか物騒な事を言う女子高生社長だな、殺害なんて絶対できないし気絶とか試合でもさせたこともされたこともない。
「まぁなんとかやってみます」
『忠告が遅くなりましたが敵エリア内にいる場合は喋らないように』
「へ?」
俺の間抜けな声は漏れ、
「なんだ?」
気付かれてしまった。
まだ心の準備ができていないのにマジかよ、豪快な足音が近づいてくる。
どうする、どうする? 殺されるかもしれない恐怖感に押しつぶされてしまいそうだ。
『敵の顔が見えたら慌てず、後ろから首を掴んで前傾にさせて、足を払って膝をつかせてください。武装解除を行うか、武器を奪い排除しても構いません……3、2、1』
宝社長の秒読みと共に見張りの顔が視界に映り込む。
どうにでもなれ、そう心で叫びながら見張りの首を掴み、前傾にさせる。
「あぁ!?」
足を払って膝がついたところで槍を草原の向こうへと蹴り飛ばすことに成功。
首を両腕で締めると、苦しみながらも解かれそうな力で抵抗するので俺はさらに腕に力を加えた。
声にならない苦しみ唸る見張りはしばらくすると全身の筋肉が緩み、項垂れてしまう。
解放してから見張りの心臓部分を触ってみると、動いている。
『見張りも減り、さらに帰って来ない事を不思議に思い異変に気付いて集まってくるでしょう……その隙に救出対象がいる建物へ向かって下さい』
その言葉を信じて、俺は反対側から他の見張りの様子を伺っていると、確かに帰って来ない事を周囲と話している。
そんな見張りの会話に救出対象がいるであろう建物に立っている2人も動き始めた。
見張りにも役目はあるだろうに、仲間想いなのか、ただの馬鹿なのか、俺には好都合だからさっさと走ろう。
控えめな足音と見張り達の目線を気にしながら目的の建物に辿り着くと、扉ではなく出入り口は布で簡単に入る事ができた。
「だ、だれ? 仲間じゃないのか」
全身痣と血で汚れている俺より年下に見える少年が両腕を縛られた状態で座っている。
『救出対象を発見しましたね、引き渡し場所は私達が先程いた地点です』
「君の友人に頼まれて助けに来た」
「な、何を言っている? 全く聞き取れない」
『会話は無用です。相手には我々の言語は伝わりませんので態度で示してください』
態度で示せと言われても、どうすればいいのだろうか。
とにかく両腕を縛っているロープを切ろう、壁に掛けられているナイフを取り、ロープを切ると、解放された少年はゆっくりと立ち上がる。
「誰だか知らないけどありがとう」
感謝を言ってくれるが、返事をすることができないから悔しいな。
「おい、逃げる気か!?」
しまった、見張りが1人戻ってきた。
手には槍、あれ、鉄の塊、先端は穴が開いて内側には溝が彫られている。
トリガーと呼ばれる指を引っ掛けるパーツがあり、弾倉も装着済み。
「宝社長、嘘でしょうこれは聞いてませんよ」
全身の血が引いていくのを初めて実感する。
『スタンガン用意』
慌ててホルスターからスタンガンを抜き、見張りと同様構えた。
「誰だ? 見た事もない服、顔、武器、一体何者だ?」
『相手をしている暇はありません、撃って気絶させてください』
冷淡な命令通り、トリガーを指で押さえると、真っ白な光線が弾けて、見張りに命中。
痙攣したかのように倒れて白目を剥いている。
『そのライフルは本来の次元にはない物です。一応回収してください』
ライフル銃を拾ってから出入り口の布を捲ると、見張りはどうやら慌てている様子で、元の配置に戻らず外を見回っていた。
今のうちに少年を連れて、俺は急いで身を屈めながら敵の集落から逃げる。
先程宝社長と会話をしていた地点まで戻ると、指を摩擦で鳴らした音が聴こえてきた。
宝社長は半時間前と変わらず表情筋が硬い顔で現れ、
「そろそろ、依頼主が来る頃です。ご友人はここで待っていて下さい。それでは戻りましょう」
伝わらないのに地面を指して動くなと指示する宝社長。
「初めてなのに怪我がなく、救出対象も無事。お疲れ様」
「あ……今」
笑った気がしたのに、再び指を鳴らされてしまいあの田んぼと畑だらけの景色に戻されてしまった。
田舎のような風景を見渡している内に宝社長の表情は無となって、俺の視界に映っていたはずの微かな笑みは記憶だけとなる。
「宝社長はどの世界の人間なんですか?」
「超能力が使える世界から来ました。並行世界を行き来できる能力を得た私は、この力で誰かを救えるのでは、そう思って起業したのです。改めて次元救済会社社員第1号として貴方を迎えます」
つまり、次元救済会社は宝社長と相談役のおじいさんと社員の俺。
「第1号、じゃあこういう仕事をしたのは俺が初めてってことですか!?」
「はい、おじ様は高齢ですし、取締役社長の私が死んでは意味がありません。他にも候補はいましたが……逃げるか、自決するか、体力テストの末精神に異常を抱えて動けなくなった方もいます」
おいおい、本気で言っているのか社長さん。
実戦で死にかけて、怖い思いまでしたのに精神が摩耗する体力テストとはなんだ。
宝社長はバインダーを片手に微動だにしない表情で俺を見上げている。
「ライフルをお預かりします」
「は、はい。あの、なんでその武器を相手が持っていたんです?」
近接武器しかない次元だと聞いていたのに、なぜか見張りの1人が近代的なライフル銃を持っていた。
俺の質問に宝社長は、
「分かりません、もしかすると私と同じような超能力を持っている者がいるのかもしれません」
ライフル銃のどこかを眺めながら答えてくれる。
「はぁそうなんですね。俺はどうしたらいいですか? 元の世界に戻してくれるんですよね?」
「はい……インカムとスタンガンを回収します。明日は体力テストを行いますのでゆっくりお休みください。それではお疲れ様でした」
親指と中指で摩擦を起こし、音を鳴らすと、俺だけがアパートの部屋に戻っていた。
電車に乗ることもないまま直帰できるという便利な能力には感謝したい。
そして、体力テストは地獄、いや地獄なんて単語さえ生ぬるく感じてしまったのは初めてだった。




