栗山あずきの独り言~うちの美術部がエログロでヤバいです~
聞いてください。
あたしの名前は栗山あずきです。美術部に入っているんですけど、とにかくうちの美術部はヤバいんです。
その1。部長が変人。
その2。副部長が大のスイーツ好き。
その3。先輩が意味もなく全裸。
その4。同級生が無慈悲。
その5。部活名がヤバい。
1つずつ紹介していきたいと思います。
◇
その1。部長が変人。
その日、市の絵画コンクールに提出するために、部長に絵を見てもらうという約束でした。
あたし的にはよく描けたと思うんです。部室棟の屋上から見える風景画で、広々と臨む自然をダイナミックかつ繊細な緑のグラデーションで描きました。
放課後、それを部室にいる部長に見せに行ったんです。
「なんだ、あずき?」
部長は、いや、部長の格好はとにかく変なのです。
額には『人』とサインペンで書かれています。
青い襟のセーラー服の心臓付近には矢の刺さったハートマークが描かれていて、そこからだくだくと血が流れています。
右の脇腹のあるあたりにはポップでパステルカラーの『レバー』というアップリケがしてあります。
青のブリーツスカートの前には何だかいやらしい大きな白のオタマジャクシが泳いでいます。
「部長、制服を汚さないでください」
それがあたしの最大限のツッコミでした。
そしてその後には延々4時間お説教をくらったのです。
悪いのは部長なのに、理不尽です。
「それで、何か用か?」
「あの、今度の絵画コンクールの絵を見てもらう約束だったと思うんですけど、見てくれますか?」
あたしは自信作のそれを部長に見せました。
しかし、部長はそれを見るなり険しい顔つきになります。
「君、何がしたいんだ?」
部長に言われたくありません。
けれどさすが部長。あたしが困った顔をすると解説してくれました。
「君の絵は表面をなぞりすぎだ。中身がない」
「つまり、どういうことですか?」
「本当にうまい絵はな、内臓が見えるんだ」
意味が分かりません。
あたしの絵は風景画です。どんなに目を凝らしてみたって内臓は見えません。
「もっとこう、グロテスクに描かなければならん。現実はな、もっとグロテスクなんだ」
もっともらしいことを言っていますが、風景画には求められていないと思います。
なおも部長は続けます。
「人間の本質は性と死だ。本当に内臓を描くのは素人だが、もっと生々しく描かれた人間の絵は、内臓が見えるのだ!」
そもそも人間を描いていないあたしの絵で内臓が見えたらもう心霊現象です。ホラーです。
不服をにじませた顔をしていると、部長はくるりと木の回転いすを回します。背中には縦書きで『天使の翼』という文字が書かれています。もう、訳が分かりません。
部長は1枚の水彩画を見せてくれました。
そこには麦わら帽子をかぶった白いワンピースの女の子が笑顔で手を振っています。一瞬、写真と見間違えてしまいそうな出来栄えです。
「すごい! かわいい女の子ですね!」
あたしが感嘆の息を漏らすと、部長はムッとします。
「君、何を言っているんだ。これはどう見ても男だろ」
一瞬、何を言っているのか分かりませんでした。
「ほらよく見ろ。子宮が見えない」
一瞬、何を言っているのか分かりませんでした。
部長は鉛筆の後ろでコンコンと少女のお腹のあたりを差します。もちろん、無地のワンピースを、です。
「……何を言っているのか分かりません」
頭の中を反芻していた言葉を、勇気を持って言いました。
部長はイライラした様子でモデルとなった写真を出してくれました。
それを見た瞬間、目が奪われてしまいました。
子宮が写っていたからではありません。写真と絵があまりに似すぎていて、どっちが本物か疑ってしまうほどの完成度だったからです。
しかし部長は辛口です。
「ほら、写真ではしっかり子宮が見える。しかしこの絵はすっぽりと抜け落ちているのだ! 子宮があった痕跡すらない! しかもこの生命力のなさ、最早男ですらない! ただの有機物だ!」
猛烈な勢いでまくしたてる部長にあたしは辟易してしまいました。
あとで聞いた話なのですが、その絵は部長が描いたものだそうです。
天才は何を考えているのか分かりません。
◇
その2。副部長が大のスイーツ好き。
それはもう普通に甘いもの好きを通り越しています。
毎食デザートは欠かさないとか、休日はカフェやケーキ屋を巡っているとか、スイーツに強いこだわりがあるとか、そんな普通の範疇をはるかに凌駕しています。
もちろん、副部長は毎食デザートは欠かさないですし、休日はカフェ巡りをしているみたいですし、スイーツには強いこだわりがあります。
それでも、スタイルはいい方なのでうらやましいです。
あたしが衝撃的な体験をしたのは、ある日の放課後のことでした。
その日、部室にいるのはあたしと副部長の2人だけでした。
副部長は黄色い粘土を優しい手でこねています。
そして、机の真ん中には誰かが買ってきたらしい小包装になったクッキーが入ったバスケットがあります。
あたしは次の絵のモチーフを漠然と考えながら、クッキーに手を伸ばしました。
ぺしん!
あたしの手が大きく弾かれます。
一瞬、何が起こったか分かりませんでした。
目の前で立っている副部長は相変わらず粘土をこねています。
あたしは再びクッキーに手を伸ばしました。
ぺしん!
またもや電光石火の早業であたしの手が弾かれます。
あたしは副部長の顔を見ました。
笑顔です。素敵な笑顔です。
作品作りに没頭しているのか、あたしと目が合いません。
三度、クッキーに手を伸ばします。
ぺしん!
そろそろ手が痛くなってきました。
目には映りませんが、犯人はおのずと知れます。
「副部長」
「何でしょうか?」
副部長は手を止め、柔らかな笑顔を見せます。スケッチにしたいほど柔らかです。
あたしは唾液を飲み込んで尋ねます。
「クッキーいただけませんか?」
「はい、どうぞ」
副部長の許可を得て意気揚々とクッキーに手を伸ばしました。
ぺしん!
不可視の守護者にまた拒絶されてしまいました。
あたしは再び副部長の顔を見つめます。
作品作りに没頭しています。
「副部長」
「何でしょうか?」
「クッキーいただけませんか?」
「はい、どうぞ」
同じやり取りが繰り返されます。
けれど、あたしもバカではありません。今度はカルタ取りの要領で勢いよくバスケットの中へと手を突っ込みます。
ぺしん!
今度はクッキーが大きく吹っ飛びました。カルタ取りの要領で。
「副部長」
「何でしょうか?」
「クッキーあげる気ありませんよね?」
「ごめんなさい。つい」
副部長はばつが悪そうにはにかみました。絵に描きたくなるほど素敵な表情です。
副部長は作品作りの手を止め、吹っ飛んだクッキーを拾いに行きました。
そして、それをあたしに手渡します。
悪気はないのでしょう。けれど小包装になっているとはいえ、床に落ちたクッキーをそのまま手渡すでしょうか? 普通。
けれどここは美術部。普通という概念は通用しません。
「いただきます」
あたしは素直にクッキーを受け取ります。想いに反して、クッキーはいとも簡単に副部長の手から離れました。
あたしは小包装を開けて1口かじります。
「おいしいですか?」
微笑みに満ちた副部長の問いかけに、あたしはうなずきました。
「はい、おいしいです」
言った瞬間、副部長の腕があたしの肩を包み込みました。
「……んっ」
そして、当たり前のように副部長の唇が重なりました。あたしはびくっと肩を震わせますが、副部長にためらいはありません。
ゆっくりと柔らかい副部長の舌があたしの口の中に入ってきて咀嚼したクッキーをさらっていきます。
逆口移しです。口奪いと言ってもいいでしょう。
しばらく、副部長の滑らかな舌があたしの口腔を堪能した後、唇が離れました。
最後に、副部長の舌がぺろっとあたしの唇をなぞりました。
「確かに、おいしいクッキーですね」
副部長は柔らかな笑顔を見せました。
後で知ったことですが、副部長のこねていたものは年度ではなく、クッキーの生地だったそうです。
とにかく、あたしの初キッスはクッキーの味でした。
◇
その3。先輩が意味もなく全裸。
これはもう、説明不要でしょう。聞いただけで頭がぶっ飛んでいるとしか思えません。
それはある日の放課後、部室での出来事でした。
あたしは1房のバナナを机の上に置き、デッサンの練習をしていました。
「うぃーっす」
部室の扉を開け、先輩が入ってきました。
全裸と思ったでしょ? さすがにその時はセーラー服を着ています。
いくら女子校だからとはいえ、全裸で授業を受けていたら通報ものです。
「おっ、あずきちゃん、デッサンうまくなってきたじゃん」
先輩があたしのスケッチブックを覗き込んできて、ほめてくれました。
けれど、その時にはもうすでにするりとオレンジ色のスカーフを抜き去っています。
「あ、ありがとうございます」
あたしがお礼を言って振り向いている頃にはもう、上半身はキャミソール姿です。
「先輩、今日も脱ぐんですか?」
最初の頃はそれはもうドン引きでした。ドン引きを通り越してユニバースさえ感じていました。先輩の宇宙は計り知れません。
次の瞬間にはもうスカートのチャックを下げ、重力に従ってすとんと落ちます。先輩の手つきも自然法則顔負けです。
「うんまあね。服が邪魔で創作活動に支障が出るんだよね」
断っておきますが、多くの芸術家は服を脱がなくても捜索活動はできます。
先輩の理論はこうです。
人は誰しもが仮面をかぶって生きている。しかしその仮面をはぎ取り、心が解放しなければ人の心を震わせる作品は作れないのだと。
だから、先輩は仮面の代わりに服をはぎ取ります。心が震えるどころか、見ているこっちが身震いします。
あれよあれよといううちに先輩の体躯はブラとパンツだけになります。そのしなやかで健康的な身体は女性のあたしから見てもついつい見とれてしまいます。
そのあとはお察しの通りなのでご想像にお任せします。
臨戦態勢に入った先輩は心が解放されたのか、キャンバスに向かって油絵を描く準備を始めます。そのつややかな肌、細身の曲線美、コントラストの映える黒髪とは対照的に、とても力強いタッチで描くのが先輩の特徴です。
先輩は今日も上機嫌で鼻歌交じりです。全裸であること以外はいたって普通の美術部員なのです。
あたしはスケッチブックの新しいページを用意します。そして、油絵を描いている先輩のデッサンを描き始めるのです。
ヌードデッサン自体は、きっと世間的にも不思議なことはないでしょう。
そう、あたしが先輩のデッサンをすることで、先輩は全裸であることに理由付けができるのです。
けれど、先輩は知ってか知らずか、なまめかしいしぐさで足を組み替え、小枝のような手で絵筆とパレットを持ちます。
あたしの努力は露にも知らないでしょう。
そう、先輩は普通なのです。
おかげさまで、あたしのスケッチブックの3分の2は先輩のヌードデッサンです。
◇
その4。同級生が無慈悲。
いや、正確に言えば無慈悲とは異なるでしょう。
けれど、あたしは同級生を形容する言葉として無慈悲を選びました。
彼女なりに生命に対する尊厳や畏怖はあると思います。
ただ、表現が斬新すぎるのです。
ある日の放課後、あたしが部室に行くと同級生が抽象画を描いていました。赤と青、黄色と3現職を生かした何とも言えない抽象画です。
あたしは初めてそれを見た時、訳も分からず戦慄しました。
これが芸術ってやつなのかな、と錯覚したほどです。
「すごいカラフルだね。その赤色、どうやって出したの?」
あたしは好奇心のまま尋ねてしまいました。それは知らない方がよかったのです。
「それはサンマの血」
同級生はぽつりと零しました。
あたしは言葉に詰まりました。
水に溶いた赤色のそれが絵の具の缶に入っているのです。
「こ、この青色もきれいな色だよね」
あたしの笑顔は引きつっていました。
「それはイカの血」
水で溶いたそれが入った缶にぽちゃりと絵筆を落とします。
にわかには信じがたい話でした。イカの血液を見たことはありませんでしたが、こんなに青いものとは思いませんでした。
あとで同級生に聞いた話ですが、イカやタコの血液には銅イオンとやらが含まれていて蒼いそうです。それを濃縮して鮮やかな青色の顔料にしているそうです。
けれど、その頃のあたしは背中に嫌な汗が流れ出ていました。
「で、でもあたしは黄色がいい味出してると思うな」
あたしは恐怖を振り払うようにフォローしました。
けれど、無駄な努力でした。
「それはホタテの血。エキスと言った方が正確化も」
確かにそれはいい味出していそうです。冗談抜きで。
けれどあたしは黄色の絵の具缶に入ったそれをなめてみようとは思いませんでした。
すると、同級生がいきなり立ち上がりました。
「酸化が始まってる! あずき、ホルマリンを! 早く!」
同級生が怒鳴りつけてきますが、混乱しているあたしはパニックになるばかりです。
そんなあたしの姿を見かねた同級生は、じれったいと言わんばかりに憤怒の形相を見せ、部室の隅にある冷蔵庫を開けました。
そこには各人の飲み物やスイーツが並んでいます。その中でも異彩を放つ褐色瓶を手に取りました。
その瓶のラベルには『ホルマリン(40%ホルムアルデヒド水溶液)』と書かれています。
化学に疎いあたしには、それがどんな劇薬か分かりません。
とにかく、同級生が保護メガネとマスクをするのだから、あたしはビビる一方です。
同級生は素早く窓を開けて換気をはじめ、ホルマリン溶液を霧吹きに詰めて、自分の描いた絵に吹き付けています。
それでどうなるのでしょうか? あたしには分かりません。
同級生は満足げに手を止めますが、抽象画には目立った変化はありません。
何が何だか分からないうちに同級生はホルマリン溶液を冷蔵庫にしまいました。
あたしとしては、食品を入れている冷蔵庫に劇薬を入れないでほしいです。
すると、空いている窓からミツバチが1匹迷い込んできました。
「きゃーっ! ハチよ!」
あたしはもうパニックになりました。
けれど同級生は落ち着いています。机の上に置いてある雑誌をまるめて筒状にすると、びゅん、と一振りしました。
雑誌の一振りが見事にミツバチをとらえ、ぽとりと地面に落ちました。
一撃です。虫を退治する時は普通、壁や机に叩き付ける感じになるはずですが、同級生は空中にいるミツバチに直接攻撃して対峙しました。もうもはやプロです。
同級生は落ちたミツバチの体をつまみ上げると、あたしに向かって叫びました。
「あずき、ホルマリンを! 早く!」
あたしはあたふたしながら、冷蔵庫を開けて先ほど同級生が使っていた褐色瓶を取り出します。
そうやって作られたミツバチの標本が、部室の壁に飾られているのです。
◇
その5。あずきのツッコミが下手。
「ってタイトル代わってるじゃん!」
あたしの叫び声に、部員全員の目が集まります。
別にツッコミのプロになろうとは思いませんが、あまりいい気はしません。
うちの美術部の名前は『ジーニアスボム』といいます。天才の爆弾です。
芸術は爆発だ! とはよく言いますが、本当に粒ぞろいの爆弾たちです。
部員数5人という小規模な部活動ではありますが、いつも楽しく活動しています。
「あずき、この前の絵だが、まるでダメだ。心臓がない。逆によく心臓のない人間を描けたものだと感心してしまうぞ」
また部長に怒られてしまいました。そして、どう修正すればいいのかいまだに分かりません。
「あずきさん、シュークリーム焼いたの。いかがかしら?」
あたしは金輪際副部長の前でスイーツを食べないと誓っています。だから1ついただいて袋に入れてカバンにしまいました。
「あずきちゃん、最近スランプみたいだね。あたしがいいこと教えてあげようか?」
先輩はあたしのスランプを気にかけてくれるいい人です。もちろん今日も全裸ですけれど、最近あたしの服も脱がしてこようとするので困ります。
「あずき、ホルマリンを! 早く!」
同級生がまたもや騒いでいます。ホルマリン溶液の使い方も、今では熟知してきました。
あたしは栗山あずきです。他のにぎやかな部員に比べると、あまり個性が目立っている方ではありません。
けれど、変な人たちに囲まれているだけで、あたしは普通という個性を手に入れるのです。
誰しも、変なところがあると思います。
だから、普通で構わないんだと思います。
最後まで聞いてくれて、ありがとうございました。
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