ビールが美味しい
「明、最近仕事の方は順調か?」
「はは、やめようぜ仕事の話は。もっと楽しい話をしよう」
「楽しい話?」
「そうそう。お前、恋人とかできたのかよ?」
「……相変わらず、いないな」
「お前高校の時から彼女作らなかったもんなあ。あんなにモテてたのに」
「みんな、俺の外見しか見てないからさ。彼女が欲しいとか、思ったこともない」
「くーっ! なんてもったいない! そもそも、お前が周りと壁を作ってたのも原因だろ」
「確かに」
「一時期は、お前がゲイなんじゃないかって噂も流れたっけ」
ふと、高校の卒業式という名のトラウマを思い出した。男からもらった熱烈なラブレターを、トイレに流したあの忌まわしき記憶……
「どうした刻也? 顔色が悪いぞ?」
「ああ、気にするな。酔ったんだ」
「まだ飲んでもいないのに!?」
と、大将が生ビールを運んできた。
「はーい、生2つね。お通しも置いとくよ」
「ありがと、大将」
「そうそう、それとね来栖さん、思い出したよ」
「何をですか?」
「さっき、あなたの名前に聞き覚えがあるって言ったでしょう?」
「ああ」
言ったっけ。
「ここの常連の女の子……女性がね、前にそこのカウンター席でさ、あなたの名前を叫んでたんだよ。「来栖刻也、待ってろよー!」って。まあ、相当酔ってたけどね」
その情報を聞いて、わざわざ記憶を辿らずとも、すぐに彼女の不敵な笑みが頭に浮かんだ。
「その女性って、神奈のことですか?」
「ああ、知り合いなんだね」
「おい刻也! 何だよ誰だよその人! 恋人か? 恋人なのか!?」
「それは無いな」
「即答かよ」
まさか、神奈もここの常連だったとはな。というか、どうして俺の名前を叫んでいたんだ?
「その話、いつ頃のことですか?」
「んー……確か、2週間くらい前だったかな」
俺が神奈に初めて会ったのも、そのくらいだ。となると、俺を殺すようにと神奈に依頼したやつも、一緒にいたのかもしれない。
「神奈、誰かと一緒ではありませんでしたか?」
「うん、一緒だったよ、男の人と」
ほほう。依頼主は男か。
「その男って、どんな」
「大将、お愛想―!」
「はいよ! っと悪いね来栖さん。この話は、またあとでってことで」
「あ、はい」
結局、依頼主が誰だったかまでは突き止められなかった。しかし、手掛かりを見つけることはできた。またあとで、時間がある時にでも聞きに来よう。
「なあ刻也、その神奈ってのは一体――」
俺は明を無視して、ジョッキを思い切り傾けた。苦い液体がノドを流れる。爽快な気持ちになった。
「お、おい刻也。お前そんなに強くないんだから、ペース考えた方が」
「ふっ……ふふふふふふ……ふははははははははははははは!!」
「刻也! 気を確かに!!」
「神奈め! ついに! ついに俺は手掛かりを掴んだぞ! これでお前に振り回される日々ともおさらばだ! ふはは! ふーっははははは! ふーっははははっははははははははは――」
「お客様、もう少しお静かに願います」
「「――すいませんでした」」