食堂にて
「よお刻也! 久しぶりだな!」
「明、3分24秒の遅刻」
「うわ、相変わらずだなお前。ここは普通、久しぶりに再会できたことへの喜びを分かち合うものだろ」
「久しぶりと言っても、たかが1カ月程度だろ。喜びなんか感じるかよ」
「とか言ってー。今日は珍しくお前から誘ってくれたんじゃねえか。何だー? 実はオレに会えなかったのが寂しかったとか?」
「ところで、今日はどこに行く?」
「お、おい。こういうのは、スルーが一番堪えるんだが……んー。そうだな……あっ! オレ、最近良い店見つけたんだよ。ここから少し歩くけど」
「ああ、良いぞ。むしろ少し離れた所の方がありがたいし」
「そういやお前の会社、この近くだっけ」
「そうだ。会社近くだと、社員に出くわすリスクが高まるからな。それだけは何としても阻止したいんだよ」
「相変わらず、社員の前では猫被ってんのか?」
「ああ」
「疲れるだろ、そういうの。無理しない方がいいんじゃないか?」
高校時代からの友人である明は、猫を被らない素の俺を知る、数少ない存在だ。人前だと作り笑顔で自分の本性を隠そうとする俺とは違い、明は誰にも媚びたりせず、見せる笑顔はいつも本物。そんなこいつだからこそ、オレも素の自分を出せるのだろう。
「俺だって、好きで猫被ってるんじゃない。幼いころから自然と、人前に出るとそうなるんだ」
「そうか……素のお前も、十分魅力的だと思うがな」
「……。何だ、口説いているのか?」
「悪い。そういうつもりは微塵も無かった」
その後もくだらない雑談をしている内に、店に到着した。古びた佇まいのその店は、“狗之食堂”というらしい。
「食堂か。珍しいな」
「そこらの居酒屋より料理も酒も美味いし、おまけに安いときた。店主も気さくな人だし、オレのお気に入りなんだ」
「へえ」
「家族連れも多く来るからか、酔っ払ってギャーギャー騒がしいサラリーマンもそんなにいないし」
「それは素晴らしいことだな」
「だろ? さ、早く入ろうぜ」
店内は、家族連れやカップル、サラリーマンやお年寄りと、幅広い層の人で賑わっている。
「こんばんは、大将」
「お、明くんいらっしゃい! おや、お友達かい?」
頭にタオルを巻いた食堂の店主が、俺を見てそう尋ねた。俺は自然と作り笑顔を受けべかけるが、その一瞬前に明が、俺の頬をぎゅむっと掴んだ。何しやがる。
「そう、高校からの友人。来栖刻也っていうんだ」
「来栖、刻也さん……?」
店主が、小首を傾げる。
「大将、どうかしたの?」
「いや、どこかで聞いた名前だなと思ってね。でも、勘違いかもしれない……とにかく、ゆっくりしていって」
「ありがとう。さ、飲もうぜ刻也」
未だに明が俺の頬を掴んだままだったので、睨みつけてやった。
「と、悪い悪い。忘れてた」
「何でいきなり、恥さらしな真似させたんだ」
「だってお前、大将に作り笑顔を見せようとしてただろ? 大将、そういうの分かる人だからさ。素のお前を紹介しようと思ってな」
「だからって」
「ま、堅いこと言うなって。大将! 生2つ!」
「あいよ!」
俺と明は、座敷に座った。