すき焼きも食べたいね
ある日の夜。仕事を終え、スーパーで買い物をしていると、電話がかかってきた。神奈からだった。
「<ピッ>何だ?今日の晩飯のリクエストか?」
『おいおい酷いな。アタシ、そこまで食い意地張ってたっけ?』
「頭の中、9割食べ物のことしかないくせに」
『決めた。帰ったら刻也のベッドに醤油ぶちまけてやる』
「やめろ、洗濯が大変だろ。……というかお前、まだ帰って無いんだな」
『……』
「おい、何で黙る」
『いや、「帰って無いのか」って、お前の家が、アタシの帰る場所でもあるって認めてるんだなと思ってさ』
「あー何だ? 電波が悪いな。ノイズが聞こえる」
『照れるなって。いやまあそれよりアタシ、今日帰り遅くなるわ。それを伝えようと思って』
「何かあるのか?」
『うん、仕事。殺し屋の』
「その設定、まだ続いてたんだ」
『設定じゃないって。会ってから2週間近く経つのに、未だに信じてないのかよ』
「2週間近く経つのに、未だに俺が生きているから信じられないんだよ」
『そりゃごもっとも』
「だろ?」
『つかよく考えたら、男女が1つ屋根の下で2週間も同棲しているんだよね。それなのに間違いの1つも起きないなんて、お前ゲイなの?』
「俺は、お前ごときに手を出すような変態ではない」
『醤油だけじゃなくて、マヨネーズもベッドにぶちまけるぞ』
「ベッドを甘辛くするな」
『と、こんな無駄話をしている場合じゃないんだった。とにかく、今日は遅くなるから。もしかしたら、帰れなくなるかもしれないわ』
「いいよ帰ってこなくて。清々する」
『寂しくて泣きたい気持ちはよく分かったよ』
「俺の話を聞け」
『できる限りとっとと仕事終わらせて帰ってあげるから。すき焼き用意して待ってて』
「誰が待つかよ、この中二病患者」
『はいはい、んじゃまたね』
電話が切れた。電話ですら俺は、神奈に振り回される。なんだか最近疲れがたまってきたような気がするな。いや、だがしかし。今日は久しぶりに一人で落ち着いてご飯を食べることができるんだ。さて、何を作ろうか。俺は特に何も考えないまま、買い物カゴに食材を入れていった。
ふと気がつくと、カゴの中がいっぱいになっている。中身をみると、長ネギ、しいたけ、豆腐、白滝、牛肉、春菊……あれ? これって……
「はあ……」
呆れた、自分に。俺はカゴに入れたすき焼きの材料を全て商品棚に戻してから、携帯を取り出し、旧友に電話をかけた。
「あ、もしもし明? 突然で悪いが、久しぶりに飲みにでも行かないか? ああ勿論、お前のおごりで」