「もちろん知ってる」
2人でタクシーに乗り込む。
「先に、僕のマンションに寄っても良いですか? 着替えとか取りに行きたいので」
「ああ、そうだな」
「あれ? お客さん」
運転手が、バックミラー越しに俺を見て、思い出したように声を掛けてきた。
「はい?」
「この前も、お客さんのことを送らせていただいたんです。あのときはお客さん、酔っ払っていらしたようなので、私のことは覚えてないかもしれませんけど」
「……あ、もしかして、明と一緒に飲んだあの日の」
「そうそう、確かご友人のことはそう呼んでいらっしゃいました。友人の方、お客さんが降りたあともすごく心配されてて。『やっぱり部屋まで送り届ければ良かったかな』とか言って、気にされてましたよ」
「ああ。あいつ、昔からお節介焼きなんです。確かにあの夜は久しぶりに酔っ払ってしまいましたけど。私も良い大人なんですから、そこまで心配してくれなくても、と思うんですがね。もう少し、周りだけじゃなくて自分にも気を遣ってほしいものです」
「両想いなんですね」
「そんな気色悪い言い方しないでください。ただの腐れ縁ですから」
言いつつ、思わず笑ってしまう俺に、福井はまた、拗ねた子供みたいな表情をする。
「社長、僕も社長と一緒に飲みに行きたいです」
「ああ、今度な」
「約束ですよ」
たぶん行かないだろうな。
助手席で自宅への道順を説明しつつ、俺の家に泊まることへの喜びをベラベラと話す福井。強盗が怖くて、というよりも、単に俺の家に来たかっただけのように思えてきた。ああ降ろしたい。高速道路のド真ん中で福井を降ろしてやりたい。
「着きました。ここが僕の家です」
タクシーが停車したのは、駅近くにある大きなマンションだった。15階建てくらいだろうか。若いのに立派なところに住んでいるんだな、という感想を抱くよりも先に、俺は別のことに気がついた。
「ここ、私の家の近くだな」
「えっ、そうなんですか?」
この3軒隣に、俺が暮らすマンションがある。こんな近くに会社の部下が住んでいたとは。確かに会社から徒歩圏内にあるが、この辺りは地価も高く、社員の多くは駅郊外に住んでいる。だからこそあえて、ここに住んでいるというのに。
「社長がすぐ傍にいらしたとは、知りませんでした。偶然ですね」
引っ越そうかな。
「なるべく早く戻りますので、待っていてください」
ばっくれて帰っても良いでしょうか。