「お前なんか眼中にも無い」
会社の玄関前に、重い足取りで渋々向かうと、福井ともう1人の社員が立っていた。彼は、福井と同じ課の先輩に当たる社員だ。なんだ、親しい先輩がいるのなら、俺じゃなくそっちに頼ればいいのに。と思いながら2人の様子を離れて窺っていたが、どうやら親しい関係にあるわけでは無さそうだ。それどころか、険悪な空気がこちらにまで伝わってくる。
「相変わらずあざといなぁ、福井くんは。ちょっと仕事ができるからって良い気になって、社長にまで取り込もうとしてるみたいじゃないか」
「確かに僕は、藤ヶ谷先輩より仕事は出来ますが、良い気になっているわけではありませんよ」
「てめぇ……」
「それに、社長に気に入っていただこうとすることの、何が悪いんです? 仕事も出来なくて、社長にも気に入ってもらえないからって、妬んでいるんですか?」
藤ヶ谷が、福井の襟元に掴み掛った。まぁ、あれだけ言われたら怒るだろうよ。それにしても福井、意外と口が悪いな。
「何をしているんだお前ら」
会社の玄関前で喧嘩をされても困るので、止めに入ることにした。2人の間に割って入ると、藤ヶ谷は慌てて襟元から手を離し、福井は涙目になった。
「社長ぉ、怖かったです。ありがとうございます」
とても怖がっているようには見えなかったが。
「何があったか知らないが、こんなところで喧嘩をするな。2人共、冷静になれ」
「申し訳ありませんでした、社長」
藤ヶ谷が深く頭を下げる。
一部始終を見ていたわけではないので、詳しいことは分からないが、喧嘩を吹っかけたのは彼だと思う。しかし、それに対しての福井の態度も良くはなかった。藤ヶ谷ばかりを責めるのは、少し可哀想だろう。
「それと、確かに福井は仕事の面では優秀だ。けれど、藤ヶ谷もよく頑張ってくれている。これからも後輩の面倒、しっかり見てやってくれよ」
「は、はい! ありがとうございます!」
藤ヶ谷の肩を軽く叩いて励ますと、福井は複雑そうな表情をした。
△△
「助けて頂いて、ありがとうございました」
藤ヶ谷が帰り、俺と福井は会社の外でタクシーを待っていた。
「藤ヶ谷さん、何かにつけて僕に突っ掛ってくるんです。僕、嫌われるようなことをした覚えはないんですけどね。社長とは違って、すぐ頭に血が上りやすい人なんですよ」
「だとしても、福井も少し言い過ぎだ。あれじゃ、火に油を注ぐようなものだろ」
「……社長は、藤ヶ谷さんの肩を持つんですか?」
「社長として、誰の肩も持つつもりは無いが」
ふてくされたように、頬を膨らませる福井。確かにこんな顔を見たら、あざといと言われるのも頷ける。
「それにしても、社長と一緒に帰ることができるなんて、夢のようです」
「そうか、良かったな」
「しかも帰る場所も同じなんて、まるで同棲中のカップルみたいですね」
「そうか、良かったな」
「僕たちがもしカップルだったら、なんて呼び合うんでしょうか。あ、僕のことは、『優』と呼び捨てしていただいて結構ですからね」
「そうか、良かったな福井。あ、タクシー!」
右手を挙げて、タクシーを呼び止めた。さっさと話しを切り上げたかったのだ。