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ハンバーグの作り方

 そんなことがあってから1週間が経った。神奈はずっと俺の家で寝泊りをしている。時々、思い出したように俺を殺しに来るが、運がいいのか大きな怪我もせずに済んでいる。

 慣れというのは怖いものだ。ついこの前までは平穏な1人暮らしをしていたのに、たった1週間で自称殺し屋の女との同棲生活を受け入れてしまっているのだから。あの店員の言う通り、これでは命がいくつあっても足りない。分かってる、そんなことはとっくに自覚しているんだ。では、どうして追い出そうとしないのか。……それは正直、俺自身にもよくわからなかった。


「社長、おはようございます!」


 出社すると、俺の姿を見つけた社員たちがわざわざ挨拶をしに駆けつけてくれる。


「ああ、おはよう皆!」


 最高に爽やかな作り笑顔を返すと、男女問わず社員が頬を染める。笑顔は、人間関係を円滑にするためには必要なものだ。それを幼いころから知っていた俺は、笑顔を作ることが得意になっていた。心から笑ったことは、数えるくらいにしか無いのだが。


「社長、おはようございます」

「柊木さん、おはよう」


 社長室に入ると、秘書の柊木凛香ひいらぎりんかさんが深々と頭を下げて挨拶してきた。彼女はとても有能だ。礼儀正しく、こなす仕事には無駄がない。俺より3つ年下だが、俺よりもよほどしっかりしている。


「今朝の会議資料、準備しました」

「そうか、ありがとう。その資料、会議室に並べてきてもらえる?」

「すでに並べてあります」

「そ、そうか。だったら、取引先からの連絡の確認と、うちに関連のある情報のまとめを……」

「すでにしてあります。こちらに、わが社に関連がありそうなニュースをピックアップしましたので、目を通しておいてくださいませ」

「そ、そうか」


 俺が作り笑顔を社員にばらまいている間にも、柊木さんはやるべき仕事をこなしていた。彼女のおかげで俺は、自分の仕事に集中できる。が、ここまで完璧すぎると、変にプレッシャーを感じてしまうというか……時々、疲れてしまう時がある。決して口には出さないが。


「社長、コーヒーをどうぞ」

「あ、ありがとう。じゃあとりあえず、秘書室に戻っていて。また何かあったら声をかけるから」

「かしこまりました。失礼いたします」


 柊木さんを見送った後、自然と溜め息がこぼれた。彼女は秘書としては有能だが、どう接したらいいのかが未だによく分からずにいる。感情が表に表れにくいこともあって、尚更だ。

 プルルルルル

 携帯電話が鳴った。非通知か。少しためらってから、電話に出てみる。


「はい、どちら様でしょうか」

『お、刻也。アタシだよ、アタシ』


 神奈だった。


「何だお前か。オレオレ詐欺ならぬ、アタシアタシ詐欺なら切るぞ」

『アタシだって分かってるのに詐欺を疑うなよ、相変わらず冷たいやつめ』

「もうすぐで会議が始まるんだ。要件を端的に述べろ」

『今日の夜ご飯は、ハンバーグがいいな』

「……要件は、それだけか?」

『今テレビでやってたんだけど、刻也、知ってるか? 成形したハンバーグのタネの表面に、薄く小麦粉をまぶすと、肉汁を閉じ込めることができるらし』

「切るぞ」

『待て待て待て! 短気は損気だぞ! 人の話は最後まで聞けと、子供のころ習わなかったの<ブチッ>』


 俺は電話を切り、部屋を出ようと立ち上がる。と、その前に。俺は付箋を取り出して、忘れないようにこう綴った。

【今日の晩飯はハンバーグにする(※小麦粉も買うこと)】

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