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とある路地にて

 飲み屋が立ち並ぶその狭い路地は、1本隣の大通りとは対照的に、閑寂としていた。夜になればサラリーマンで賑わうのだが、昼間の時間帯、路地にいるのは神奈と1人の男くらいなものである。


泥田ひじた、レインコートありがとね」


 地べたに座る神奈がそう言うと、壁に寄り掛かった男はニコニコと笑って頷いた。一見すると爽やかな好青年だが、彼は盛々町(もりもりまち)(刻也のマンションがある町)界隈を特に騒がせる強盗事件の、犯人であった。


「にしても、強盗犯がこんな堂々と街を歩いてて大丈夫なの?」

「侵入する時は変装しているから、顔は割れてないんだ。だから気にしなくて良いよ。っていうか、殺し屋にそんな心配されてもって感じなんだけど」

「強盗犯と殺し屋が街を堂々と歩いているなんて、この世の中終わってるね」

「もともと終わってるよ」

「まぁ、そっか」

「他人の家に侵入してるとさ、色んな人の生活とか人生とか知れるんだよね。それを見るのは楽しいし、その瞬間だけは自分も生きているんだって実感するよ」

「そういうもんか」

「でも、それ以外は終わってる。つまんないよ、人生なんてさ」

「確かに、そうかもな」

「でしょ?」

「普通の人は、何している時に生きてるって実感したり、楽しいって思ったりするんだろう」

「んー……恋、とか?」

「え、なにそのまともな回答」

「どんなキテレツな返答を期待していたのさ。オレは案外まともだよ」

「どの口がまともを語っているんだか」

「そもそも まともって概念がオレにはよく分からないな。厭世的な強盗犯のオレに まともな部分があるように、普通の人間にも狂った部分があるものさ」

「理屈くさいなぁ」

「でも事実だよ。ほら、恋は盲目っていう言葉があるでしょ? 普通の人も恋をすると、理性や常識を失って まともではいられなくなるんだ」

「それは納得できる」

「ああ。昨日の今日だからね。アレは酷かった」

「過去形じゃないよ。現在進行形」

「だったね。今朝もご苦労さまです。レインコートは役に立ったかな」

「たぶんね。逆に目立ったかもしれないけど、まぁ良いや。今朝はいなかったみたいだし」

「じゃあ、そこまでしなくても良かったんじゃない?」

「かもね。刻也には嫌がらせだと思われたみたい」

「ということは彼、気付いていないんだ」

「うん。電話したら普段通りすぎてさ、こっちは安心したんだか不安が増したんだかよく分からないよ」

「……。少し、過保護すぎない? 彼と距離を置きたいんじゃなかったっけ?」

「耳が痛いわぁ」

「神奈ちゃんって、そんなお人好しキャラだったかな」

「分かってるよ。恩を返してから、やるべきことをやろうと思っていたの」


 バツが悪そうに目を逸らす神奈。その様子を見て、泥田はポツリと呟いた。


「恋は盲目」

「え?」

「今の神奈ちゃんを見ていたら、その言葉がふさわしいような気がしてさ」

「ばか、違うよ。これは、恋なんて綺麗なものじゃない。ただの自己満足だから」

「自己満足も、結果次第では他人のための厚意に変わるよ」

「また理屈くさいことを」


 呆れたように笑う神奈に、どこか嘘くさい笑みを返す泥田。


「ま、頑張って。何かあれば、協力するからさ」

「ん、ありがと。あんまり無茶なことをして、捕まらないようにね」

「神奈ちゃんこそ、無茶はしないでよ」


 神奈は立ち上がり、泥田に背を向けて、大通りへと消えていった。

 相変わらず人通りのない路地。そこに、潜めた笑い声が微かに響く。声の主である泥田はひとしきり笑ったあと、楽しそうに言葉を発した。


「まぁ結果次第では、他人を傷つける悪意にも変わるんだけどね。さて、どっちになるかなぁ」


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