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変わり始めている、気がする。

 甘い香りがして、俺はぼやけた意識を無理やり醒ました。

 何時だ? 左腕を曲げると、大して親しくもない会社の部下に貰った腕時計が、1時を指していた。

 静かに体を起こし、香りのする方へと顔を向ける。神奈がいた。彼女はこちらに背を向けて、窓の外を見ている。月でも見ているんだろうか。それにしては視線が下に向いているような……

 ふぁさっ。俺に掛けられていた毛布が落ちる音に、神奈は振り返った。部屋が暗くてよく分からなかったけれど、何故か 怖い表情をしているように見えた。


「おかえり、神奈」


 そう声を掛けると、すぐに彼女はいつもの調子に戻った。


「ただいま。すき焼きは?」


 電話で、すき焼き用意して待ってて、と言われたことを思い出す。


「用意しているわけないだろ。久しぶりにゆっくり、友達と飲みに行ってたんだから」

「え、友達いたんだ」

「失礼だな。俺にだって友達の1人や2人…………いや、1人くらいいるよ」

「2人はいないんだね」

「友達は数じゃない。量より質だ」

「そんな、肉の好みみたいに言われても」

「でも俺は、国産黒毛和牛よりオージービーフ派だ」

「改めて肉の好みを言わなくても」


 それから少し考えるような間が空いてから、彼女は口を開く。


「アタシがいると、ゆっくり飲みにも行けないからね」

「ああ、そうだな」

「…………ごめ」

「まぁ、居ないのも居ないで、静かすぎるけど」

「? 静かなのは、落ち着くから良いことだろ」

「無音な世界は、返って気が休まらないもんだよ。神奈の場合は騒音レベルだけど」

「酷いな」

「ああそれと、毛布ありがとう」

「え?」

「掛けてくれたんだろ?」

「ああ。うん」

「だから、ありがと」


 神奈は、面食らったような顔をしてから、言いにくそうに小声で返した。


「……こっちこそ」


 それが、何に対する感謝なのかははっきりと分からなかったけど、何となくそれ以上聞かないでおくことにした。

 出会ったばかりの頃と比べて、最近の彼女は随分と大人しい。それでもワガママなのに変わりは無いけれど、こんな風に感謝を述べてくるなんて、少し前までは考えられなかった。何かが変わり始めている。神奈の方か、俺の方か、その変化が良い方向に向かっているのか、そうでないのか。日常になりつつある神奈との毎日が、終わりに近付いているような気さえした。それは考えすぎだろうか。じゃあこの感情は、いったい何なんだろう。


「刻也も、何か飲む?」

「えっ」


 神奈に尋ねられて、俺は思わず動揺してしまった。右手にココアの入ったカップを握る彼女が、不思議そうに首を傾げる。俺は努めて平静を装った。


「じゃあ、ココア」

「珍しい」

「たまにはね」


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