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ピンチ

 ふと利伊田の手元に目をやると、豚らしいひづめが見える。可愛らしい豚の着ぐるみには似つかわしくない、頑丈そうな金属製の蹄だ。武器らしい武器は持っていないようだと油断していたけど、あの蹄で殴られたら地味に痛そう。いやだなぁ、怪我の原因が豚の蹄って。カッコ悪いなぁ。

 しかも、他の構成員も色々隠し持っていたみたいだし。警察官は警棒(電流が走っている)、死神は斧(おもちゃに見せかけた本物)、セーラー服は小型チェーンソー(セーラー服との関連性は不明)……といった具合だ。どこから取り出したんだろう、あのチェーンソー。本気でりに来てるんだけど。

 一方こちらは、ローソクとムチ、そして手錠。うーん……。


「リーダー、コイツ、殺っちゃって良いっすよね?」

「俺は、つかみ取りの方が良いと思いますよ」

「それを言うなら生け捕りだ、バカ英司。でもオレも、生け捕りの方が良いと思います。狗藤組の情報吐かせましょうや」

「狗藤組のパシリ殺ったら、猿山組うえに矛先が向かないですかね」

「そもそも殺し屋が侵入してきたのが悪いんだから、あとはこっちの自由だろ」

「どうしますか、リーダー」


 好き勝手に人の生死を話し合う構成員。結論を求められた利伊田は、アタシの前で立ち止まった。目を見るに、結論はとうに決まっていたみたいだけど。


「…………」

「…………?」


 利伊田は、アタシの表情に対して、少し戸惑っていた。彼が醸し出す空気の些細な変化から、それは読み取れた。どうして利伊田は戸惑っているのか。そんなのは、殺意と凶器の矛先に立つアタシが、笑顔を浮かべていることが原因に決まってる。


「何がおかしいんだ?」


 猿怒冷酸のリーダーが、今日初めて見せた戸惑い。


「笑っているように見えた?」

「ええ。満面の笑みですよ」

「そっか。じゃあ良かった」

「は?」


 アタシは大げさに、両手を広げてみせた。


「楽しいんだ、今からあなたたちと殺り合えると思うと。あ、でも今日は、殺しちゃダメだって言われたんだったな。けどそんなの つまらないと思わない? 殺し合いの方が楽しくない? 殺し屋に殺し以外の仕事頼むなんて、意味が分からないよね。意味分からないからそんな仕事は無視して、やりたいようにやろうと思いまーす。よし決まり。

 ああ言っとくけど、人数差とか関係ないから。アタシは殺ろうと思えば1人も100人も変わらないから。むしろたくさん人がいた方が、途中から無心になって出来るから楽なんだよね。ランナーズハイと一緒かな。違うかもしれないけどどっちでも良いや。とにかくそっちが有利だってことは無いから。全然ないから。だから早く殺ろう、早く早く早く早く早くっ!」


 一気にまくし立てたら、敵意と憐れみの眼差しを向けられた。でも、これで良い。これで良いんだ。

 ここに来るまでは確かに、穏便な解決を期待していた。傷つく人は最小限に抑えた方が良い。けれど、欲が出てしまった。自分の目的が先立ってしまった。猿怒冷酸が向けてくるこの敵意を、利用したいと思ってしまった。 


「あなたは、可哀そうな人ですね」


 利伊田は目を閉じ、言葉を続ける。


「あなたをそんな風にした狗藤組もまた、可哀そうだ」


 それから、さっと右手を上げた。それがサインだったらしい。


「……クズの分際で、私たちをなめないでいただきたい」


 構成員たちが、一斉にこちらへと駆け込んでくる。その目には殺意。明確な殺意。生け捕りの案は潰した。さっきの発言で、自らの意思で潰した。でも、これで良い。

 身構えながら、アタシは口角を上げる。利伊田に笑顔を向けたときと同じようにしてみた。これが、満面の笑みだというのか。こんなのが、こんなのが。


 じゃあ一体、どれが自分の本当の顔なんだろう。…………まぁ、どれでも良いか。


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