交渉材料
それにしても、随分と脱線しちゃったな。
「それで、話戻るんだけどさ」
「何でしたっけ。来年のハロウィンの仮装を何にするか……は、あなたがここに来る前まで私たちが議論していたことでしたね」
「なんて平和な……。ワン望愛泰夢への嫌がらせをやめてほしい、っていう話だ」
「そうでした。けれど、やめるつもりはありません。先ほども言いましたが」
「もちろん、そう言うだろうとは思っていたよ」
「ほお」
「だから、交渉材料を用意した」
「交渉材料ですか」
少しの間を置いてから、続ける。
「狗藤勇の弱点を、知りたくはないかな?」
「弱点……。それを教える代わりに、嫌がらせをやめろと?」
「そういうこと」
「狗藤組長は、素性がよく知られていないですからね。人によって、組長に対する印象も変わるようですし。子供のようで、ひねくれていて、真っすぐで分かりやすくて、掴めなくて、優しくて、冷酷で、頭が良くて、実は何も考えていなくて、暴力が嫌いで、人を傷付けるのが好きなクズ野郎。一体どれが正しい印象なんでしょうか」
「あえて言うなら、どれも正しいし、どれも間違った印象だよ」
「あなたでも分からないのなら、私たちにはもっと理解できない人なんでしょうね。そんな人の弱点は、知ってて損は無いでしょう」
「そうそう」
「ですが、フェアじゃありません」
「フェア?」
「敵の弱点を、敵が送り込んだ刺客に教えてもらうなんて、いかにも罠みたいですし、狡いような気がします」
「真面目だな。じゃあ、知らなくていいんだな?」
「知らなくて良いとは言っていませんよ」
「へ?」
「狡かろうが何であろうが、敵の弱点は知りたいです。当然じゃないですか。だから教えてください」
「教えたら、嫌がらせをやめる?」
「ええ。やめましょう、約束します」
リーダーの宣言を聞いて、再び周りの構成員が騒ぎ出す。
「静かにしろお前ら。人が話をしているときは、静かに聞きましょう、って教わらなかったのか」
「リーダー、おれ、中学を中退したので分かりません」
「小学生の時点でとっくに教わっていることだ。ちなみに私は、小学校を中退している」
「さすがリーダー!」
そこでどうして、「リーダーかっこいい」みたいな目をするんだろうか。周りの構成員たちのリアクションに、アタシは首を傾げた。利伊田が小学生の時、どんな子供だったのかは気になるが、今はそれどころじゃないか。
「男に二言はありませんよ。どうか教えてください」