彼女は中二病?
翌朝。ジリジリジリ! ばしっ! やかましく鳴り響く目覚まし時計を殴る勢いで叩くと、アラームが止まった。ついでにガシャンという音もしたので、目覚まし時計は殉職したのだろう。誇らしく、立派な最期だった。その勇姿を見届けたかったがすまん、俺の体はまだベッドから出たくないらしい。
「刻也」
「ん……」
「とーきーやー」
「んー……」
『<俺の方が年上なんだ><から><今夜は><俺の><家で寝ろ>。<だが><大人しく>―――』
「だーっ!! 分かった分かった起きるから!!」
勢いよく体を起こそうとすると、目の前に神奈がいた。かなり近くにいたため、思わず硬直する。
「グッモーニン、お寝坊さん。……どうかした?」
俺は慌てて、神奈を避けるようにしながら起き上った。
「別に。まだいたんだなと思ってさ」
「しばらくはいるよ」
「そうかい」
最早どうでもいい。
「刻也、ご飯はどうする?」
「食べなくても死なないだろ」
「作っておいたけど?」
「別にいらな……え?」
「アタシ、作っといてやったぞ、朝ご飯」
このガサツ女が作るものだ。一体どんなダークマターな朝食が出てくるかと思えば、案外普通に美味しそうなご飯が並んでいた。
「作れるんだ……」
「ありがたく食べるがいい」
食材は俺の家のものなんだが。
「じゃあ、いただきます。もぐもぐもぐ……あ、美味しい」
「当然」
一通り食べ終わった後、俺は神奈に質問をしてみることにした。答えが返ってくることはあまり期待せずに。
「神奈、お前は一体何者なんだ? どうして俺のことを知っている? 俺に何がしたいんだ?」
案の定、神奈はニュースが流れるテレビ画面に釘付けのご様子だ。ニュース内容は、暴力団組織の狗藤組と猿山組が街中で起こした抗争に、一般人が巻き込まれて怪我を負った、という朝から鬱々とするようなものだった。
神奈に質問することを諦めて、俺もそのニュースへと気を逸らした。
「物騒だな」
「こりゃ、猿山組が仕掛けた抗争だろうね」
「どうしてそう思うんだ?」
「猿山組は武闘派の組織なんだよ。頭があんまり良くないから、考えるよりもまず先に手が出る。暴力を平気で振るうような奴も多い。比べて狗藤組は頭脳派だ。武器よりも、情報を糧としてのし上がってきてる。組長は特に、表社会で副業をしていることもあって情報通だよ。暴力もあまり好まないし、狗藤組だったらもっと別の方法を取っているはず。こんな風に街中で堂々と抗争を吹っ掛けるなんてやり方、狗藤組は取らないよ」
「詳しいな」
「どっちの組織のことも知っているからね」
益々こいつの正体を暴かないといけない気がしてきた。
「神奈、お前は、暴力団組織の人間なのか?」
「や、アタシは殺し屋だ」
「は?」
「殺し屋」
「……」
こいつ、かなり頭イカレてるのかもしれない。
「刻也、お前今、アタシに対して凄く失礼なことを考えただろ」
「だけど、殺し屋って」
「言ったところで信じないだろうから言いたくなかったんだよ。どうせ、信じていないだろ?」
「ああ全く」
「だろうね」
「で、まあ例えばお前が殺し屋だったとして、どうして俺のところにいるんだ?」
「ターゲットだから」
「ターゲット?」
「ああ。アタシは、依頼されればどんな奴でも殺れる殺し屋。そしてお前は、そんなアタシに命を狙われるターゲット」
「という、設定?」
「という、事実だ」
駄目だこの子、末期だ。
「信じてくれなくても別にいいけどね。その方が仕事しやすいし」
「ちなみに、誰に言われたんだ? 俺を殺すようにと」
「依頼主の情報は口が裂けても言えないな」
殺し屋をしている人と会ったことは勿論ないから、映画などの創作物で見た殺し屋のイメージしか俺にはない。そのイメージと神奈を比較してみるが、そんなことをするまでもなく、双方はあまりにも縁遠すぎる。やはりこの子は重度の中二病患者だ。ご愁傷さまです。
「信じてもらえないのは構わないけど、馬鹿にされるのは癪だな」
そう言って神奈は、どこからか透明な小瓶を取り出した。それをゆっくりと俺の皿に近付けると、瓶の中の液体を数滴、皿に垂らした。一体、何して
「うおっ」
思わず、声がもれた。液体が垂れた所から、ガラス製の皿が徐々に溶けていくではないか。そしてついには、穴が皿を貫通してしまった。何だあの液体は。
「これが人間の胃に入れば、どうなるだろうなあ? 刻也?」
神奈は冷笑した。殺し屋というのも、もしかするともしかして、本当なのではないか。
「怖いだろ? アタシが怖いだろう刻也? さあどうする、命乞いでもして見せてくれるのか? いいよ、アタシを思う存分楽しませてくれ」
しかし、どうしてだろう。神奈からは一切、殺気と言うものを感じない。プロの殺し屋は、殺気を出さないものなんだろうか。……いや、落ち着けって俺。冷静に考えてみれば、殺し屋なんてそう簡単に人前に現れるはずもないだろう。恐ろしいのはこの液体であって、神奈はただの小生意気な女にすぎない。この液体だって、ネットで購入したとかに違いない。この女はやはり、ただの中二病だ。そうに決まっている。
「どうした刻也。声も出ない程に怖いのか?」
「……それで、殺し屋ごっこはもう満足か?」
「へ?」
「もう8時になる。そろそろ出勤しないといけないんだよ俺は」
「へ?」
「出ていけと言ったところで、どうせ出ていく気はないんだろ? だったらそれでもいいから、戸締りだけはしっかりしておけよ。最近は、何かと物騒だからな」
「いや、待」
「じゃあ、行ってくる。19時ころには帰るから。あんまり散らかすなよ」
「え、ちょ」
「行ってきます」
俺は家を出た。