全部、アイツのせい。
猿怒冷酸の構成員が集まっている、ゲート近くの事務所へと近づく。建物を囲むように取り付けられたライトに照らされる、事務所の壁面には、もともと描かれてあったらしい子供受けしそうな可愛いキャラクターの絵。その横に、『猿怒冷酸最強』『不良な俺たち』『猿怒冷酸は永久に不めつ』(滅 の字が書けなかったらしい)という文言。なんてカオスなんだろう。
事務所は平屋で、そう大きくはない。ここに構成員全員が集まっているとなると、なかなかの人口密度だ。爆弾でも仕掛けて一気に片づけてしまいたいが、今日の目的は殺戮では無い。組長には「猿怒冷酸に仕返ししてきて」と言われたけど、まぁ要は 狗藤組 や ワン望愛泰夢 への嫌がらせを止めてもらえれば良いんだ。余計な労力も気力も使いたくはないから、穏便に収める方向で行こう。
猿怒冷酸のメンバーは、アホが多いが言葉はきちんと通じるわけだし、話し合いによっての解決をしたい。もちろん、タダでとは言わない。それなりの交渉材料を、今日は用意してきた。それでも交渉が決裂しそうなときは……うーん、どうしよう。まぁ、何とかなるだろ。今までも何とかなってきたし。何ともならなかったら、アタシがどうにかなるだけだし。
こういうテキトーな考えで、よく今まで生き延びてきたなと我ながら思うけれど。失って困るものはそれほど多くはないから、短絡的で自虐的な方法を取ることができるんだと思う。
けど、どれだけテキトーに考えていても、緊張はする。いくら相手がアホでも、いくら自分が変な恰好をしていても、それを現在進行形で狗藤組長に見られていたとしても。こんなに緊張するのは久しぶりだな。任務の失敗が怖いのだろうか。猿怒冷酸からの報復が怖いのだろうか。アタシは今、何が怖いんだろう。
高鳴った鼓動を聞きながら、自問した。答えはすぐに出た。
ああ、そっか。今のアタシには、失って困るものができたんだ。だからこんなに、怖いんだ。
そろそろ家に帰っているだろう、同居人のことを思い浮かべる。
穏便に仕事を収めようと考えたのも、緊張で心臓が痛いのも、全部アイツのせいだ。刻也に出会うまで、こんなことになるなんて思わなかった。まさか同居することになるなんて、想定外だった。けど、それを受け入れた自分がいる。居心地が良いとすら思っている。今まで、失うことばかりだったから、手が届きそうだと誤解した途端、それにすがってしまった。うん、でも分かってる。誤解だよ、全部。届くわけないじゃん、手に入るはずないじゃん。自分が今まで何をしてきたのか、それは一番よく分かっている。だからこそ、自分を戒めないと。
自分の左手首を強く握りしめてから、アタシは立ち上がった。