吹っ切れた
倉庫を出て、冷たい風を切るように園内を駆けた。誰もいない園内では、電飾の明かりに強い虚しさを感じた。それと、少しの懐かしさ。はっきりとは覚えていないけれど、昔、家族とこの遊園地に来たことがあったのかもしれない。その記憶がよみがえりそうになって、アタシは立ち止まり、深呼吸をした。思い出したくない、今はダメだ。仕事に集中しなくては。さあ、集中集中。現実に意識を戻して。……それにしても……
「寒いな」
確かに、今にも雪が振り出しそうな天気だ。けれど、それにしたって寒すぎる。特に足元なんか。
「ん?」
凍りそうに冷たい自分の足を見て、思考が一瞬停止した。倉庫の中は薄暗くて見えなかったけど、これってスカートだよね。でも、30人近くいる猿怒冷酸の構成員は、全員男のはず。新しく女性メンバーが入ったという話も聞いたことが無い。それとも、遊園地が営業していた当時の衣装とか? それにしては随分と体のラインが出る衣装だけど。
いや、待てよ。アタシの手に握られた、太いローソクとムチ、そしてこのエナメル製の服。これは……つまり……
「さて、と」
着替え直そうか。こんな格好では流石に、猿怒冷酸の構成員にバカにされる。アタシにこういう癖があると勘違いされても困るし。けどどこで着替え直そうか。いくら周りに誰もいないからって、園内で堂々と服を脱ぐのはちょっと。恥の上塗りになるだけだ。
と、辺りを見渡していると、携帯端末が震えた。メールか。開いてみると、狗藤組長からのようだ。
『神奈ちゃん、私の目に狂いはなかったようだ。常々、君にはそういう恰好が似合うと思っていて、いつか必ずや神奈ちゃんには女王様コスプレ、もしくは女性教師のコスプレをさせようと、その姿を拝まずには死ねないとすら思っていたんだよ。だから、その服は脱がないでね。これは組長としての命令だよ。
っていうかあんまりもたもたしてたら、猿怒冷酸の構成員来ちゃうから。じゃ、がんばって』
まさかこの衣装、組長が用意したのか? もしそうだとしたら、アタシはまんまと思惑通りになったわけだな。しかも、これを着用したアタシの姿を見ているということは、どこかに隠しカメラも仕組んでいるみたいだし。
アタシは苛立ちを隠そうと、極力冷静に返信をした。
『変態組長様の仰せのままに、この恰好で業務を全うさせていただきます。それと、この姿を拝ませて差し上げたので、エロくそジジイ組長におかれましては、悔い無くさっさと天に召されていただきたい所存です。なにとぞ、よろしくお願いいたします』
携帯端末をしまい、再び園内を疾走する。動きやすいからこのままで良いよ、もう。あまり のんびり もしていられないし。