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みんな本音を隠してる

――3日前。狗藤組事務所にて


「猿怒冷酸が、嫌がらせを?」


 アタシがそう訊き返すと、向かい側の革張りのソファに腰かけていた男――狗藤組組長、狗藤勇くどういさおは、呆れたような顔で頷いた。

 この事務所には何度も訪れているが、今日は一段と高い緊張感が漂っている。組長の話によるとここ最近、狗藤組が贔屓ひいきにしている不良集団が、敵対関係にある猿山組の傘下にいる 猿怒冷酸 から、嫌がらせのようなものを受けているらしい。


「ちなみに、狗藤組が贔屓にしているのって、何ていう名前の集団でしたっけ」


 組長の答えを、アタシは繰り返した。


「ワン望愛泰夢モアタイム……。前に聞いたときも思ったんですけど、そのネーミングセンス独特ですよね。いや、猿怒冷酸もなかなか凄いですけど」


 そんなどうでもいい感想は、組長に聞き流された。


 更に詳しく聞くと、猿怒冷酸 の構成員に鉄パイプで襲撃されたり、ムチで叩かれそうになったり、火のついたローソクを投げつけられたりして、ワン望愛泰夢 の構成員の一部が負傷したそうだ。内容はなかなかえげつないが、軽い負傷で済んでいるとのこと。どうやら組長は早くに、猿怒冷酸 の不審な動きを感じ取り、ワン望愛泰夢 に忠告をしていたようだ。その忠告を聞いて対策を取っていなかったら、彼らはもっと大きな怪我を負わされていたかもしれない。


「組長は情報通ですからね」


 アタシが感心したフリをすると、組長もわざとらしく照れて見せた。


「でもその程度のいさかいなら、今までにも何度かあったはずでしょう。確かにこの前、抗争が起こったとは言え、そこまで心配することでは」


 すると組長は、声のトーンを少し落としてから続けた。その内容の中で聞き慣れない単語が出てくる。


「え? 『もすうるしゃー』?」


 猿怒冷酸 は ワン望愛泰夢 に嫌がらせをして立ち去るとき、必ず「もすうるしゃーの祟り」と言い残していくのだそうだ。


「英語? フランス語? どういう意味です?」


 しかしさすがの組長でも、その単語の意味を知らないようで、首を傾げていた。

 

「その捨て台詞が気掛かりなんですか」

「組長は特段、気にはされていませんがね」


 と返してきたのは、組長の後ろに控える隆司りゅうじさんだ。苗字は知らない。彼は組長お気に入りの組員で、常に組長の傍についている。顔は若そうに見えるが、ところどころに光る白髪が、年齢を分からなくさせる。そこまで興味もないけど。


「ワン望愛泰夢 が、やたらとその言葉を気にしているんです。『もすうるしゃー』という単語自体は存在しないのですが、『王』を意味するペルシャ語に、『しゃー』と発音する言葉があります。『もす』は『燃やす』、『うる』は『売り飛ばす』。つまり『もすうるしゃー』には、『ワン望愛泰夢 の王たる存在を燃やして売り飛ばす』もしくは『猿怒冷酸 の魂を売り飛ばしてでも、ワン望愛泰夢 の王たる存在を燃やして灰にしてやる』という意味を持つのではないか。と、彼らは推測し危惧しているようです」

「で、その王たる存在って」

「ワン望愛泰夢 のリーダーか、狗藤組うちの組長のどちらかでしょうね」

「なるほど。組長に危害が及ぶことを心配して、報告してきたんですか」


 その心配されている当の本人は、何とも涼しい顔をしていた。まぁ、猿怒冷酸の存在なんて、彼にとっては脅威ではないんだろうけど。


「うちが贔屓にしているところが被害に遭ったとなれば、黙っているわけにはいきません。それに、万が一、億が一にも組長に何かあっては困りますし。そんなことになったら、私が 猿怒冷酸 を灰にします」


 隆司さんの目の奥にある殺意が見え隠れしていて、少し怖くなった。


「それで、アタシは何をすれば」


 と尋ねると、組長は軽い調子で依頼内容を述べた。猿怒冷酸に仕返しをして、と。ただし、殺してはならないそうだ。アタシは大げさに肩をすくめてみせた。


「殺すんじゃないんですね。アタシを呼ぶなんて、殺しの依頼かと思ったんですが」


 それに対して組長は、「どうしてそんなに残念がるんだ」と白々しく訊いてきた。だからこちらも、白々しく返してやった。


「残念がっているわけではないですよ。アタシは常に、人を殺す覚悟をしているというだけで。じゃなきゃ、本当に殺してやりたい人間を目の前にしたとき、動けなくなるでしょ?」


 隆司さんは、警戒するような眼差しをこちらを向けた。その手に握られた拳銃が、スーツのジャケットの陰にちらっと見て取れる。

 一方、組長は笑っていた。楽しそうに、嬉しそうに。アタシに向けたその目は、愛おしいものでも見ているようですらあった。

 ……気付いているくせに。その『本当に殺してやりたい人間』というのが、自分だということに。それでもアイツは笑っていた。狂ってる。ああ、さっさとこんな奴、殺してしまわないと。

 狗藤勇への殺意を抑え込みながら、アタシも笑った。

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