嘘と忠誠心
――猿山組事務所にて
「どうしてこうなった」
猿飛組長の第一声はそれだった。彼の前には、積み上げられた鉄パイプ、そして、ムチや手錠、女性物のコスチュームなどが入ったドンキの袋があった。
組長の言葉にビクビク震えているのは、それらを購入してきた英司と次郎、そして飛鳥の3人。
「う、うちのバカ2人が、何かしでかしやがりましたか組長?」
購入したものにまだ目を通していなかった飛鳥は、英司と次郎をチラリと見つつ尋ねる。
次郎は、「オレまでバカにカウントされてる」と悔しい気持ちを抱きながらもそれを表には出さず、ただただ猿飛の反応を待った。
猿飛はドンキの袋から中身を取り出していき、その中のコスチュームを手に取って広げた。エナメル製の生地が黒く輝くそれは、身に纏うと体のラインがはっきりと出るワンピース。スカートの丈は太ももが露わになるほど短く、女王様のコスプレにはピッタリの服だ。
――まぁ確かに、変装グッズとは言ったが……これは逆に目立ちすぎねぇか?
猿飛はそう思いつつ、これを猿怒冷酸の構成員が身に着けた姿を想像してしまった。吐き気がした。
「間違いではねぇけど、俺が想像してたのとは少し違うような気がしてな」
「たっ! 大変申し訳ありませんでした組長っ!! せっかくおつかいメモまで書いていただいたのに! まともに買い出しすらもできず! おいお前らも土下座しろ!」
猿飛の一言に、飛鳥は勢いよく土下座をし、英司と次郎にも謝罪を指示した。指示された2人が腰を下ろそうとするのを、猿飛は止める。
「いや、良いんだ。色んな奴がいるからな、趣味も色々あって良いと思うぞ」
「あの、組長」
「なんだ、英司」
おずおずと手を挙げる英司に、猿飛は顔を向ける。
「俺も、趣味も……性癖も、色々あって良いと思います」
「ん? 性癖?」
「今後の参考に、もし差し支えなければ教えてほしいのですが」
「ああ、なんだ?」
「組長は、どういうプレイを望んでいるんでしょうか?」
「は?」
バカな発言をした英司の頭を、次郎と飛鳥が思い切り殴る。
「重ね重ね申し訳ありません組長! おい英司、今の質問を撤回しろ今すぐに!」
「でもリーダー、組長のご所望されていた物をきちんと買えなかったのは、俺たちが組長の性癖を知らなかったことが原因なんですよ」
「なに意味分かんないこと言ってるんだバカ英司」
猿飛は質問された意図がいまいち理解できず、首を傾げた。
「英司、俺が書いたメモ、今持ってるか?」
「はい」
「見せてみろ」
周りに控えている猿山組の組員経由で、英司から渡された自筆のおつかいメモ。それを猿飛は開き、
『 ・鉄パイプ ← 多めに
・変態グッズ ← 人数分 』
という文字を見る。
――なんだ、別にメモの内容に間違いは……ん?
「あ」
――変装、と書いたつもりなのに、変態になってるじゃねぇか。ああなるほど、だからこんな、SMプレイで使いそうなものばかり買って来たんだなコイツら。
しかし、ここで自らの間違いを、しかもなかなか恥ずかしい間違いを認めたくなかった猿飛は、目を泳がせながら猿怒冷酸の3人に声をかけた。
「いや、まぁなんだ。俺としてはもう少し太いローソクとか、露出の多い衣装が良かったんだが、まぁこれでも充分だ。初めてのおつかいにしては、なかなか上出来だろう」
「本当ですかっ。ありがとうございます組長!」
「「ありがとうございます組長!」」
少なからず罪悪感を抱きつつも続ける。
「別にこれは、俺が使おうと思ったわけじゃないぞ。ただその、ほら、こういうグッズは買うのにいくらか勇気が要るだろ? それをきちんと最後まで諦めずに投げ出さずに買ってこれるかどうかで、猿山組への忠誠心を計ろうとしたってわけだ。だから俺が使うんじゃない。そこは誤解するなよ」
「なんだ、そうだったんですね。俺はてっきり、組長がそういう性癖をお持ちなのかと思ってドン引いてしまいましたよ」
「お前は少し黙れ、バカ英司」
「そういう次郎さんだって、組長の性癖はドぎついなって言ってたじゃないですか」
「記憶にございません」
「ところで組長、これらを使って、具体的に何をすればよろしいのでしょうか」
「そういえばまだ飛鳥にも、詳しいことは話していなかったな。よし、今からそのことについて説明してやる」
「お願いします」
「と、その前に。買ってきてもらった鉄パイプと……それらは、お前らのところで保管しておけよ」
「……」
飛鳥は、猿怒冷酸が拠点としている施設の世界観が、目の前にあるSMグッズとあまりにもかけ離れているのを感じつつ、「分かりました」と答えた。