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轟卓志

 轟卓志とどろきたくしは、車内で流れるラジオを止めてから、携帯電話を取り出した。彼はタクシー会社に勤めて早30年の、ベテランドライバーである。つい先ほどまでにも、このタクシーに客を2人載せていた。

 30年も運転手をしていれば、変わった客と出会うこともある。その出会いが面白くて仕事をしている彼だったが、今日は違った。

 さっきまで載せていた男性2人組は、一見すると若くて少しやんちゃな青年たちだった。が、会話を聞く限り、やんちゃでは済まないレベルの不良グループのようだと分かった。後部座席に座っていた彼らは、小声で話をしているつもりらしかったが、卓志にはそれが断片的に耳へと入っていたのである。


 ――確か……『組長』、『変態』、『ムチ』、『集団暴行』。それから、『鈍器』とも聞こえたな。


 『鈍器』ではなく『ドンキ(店名)』だったのだが、彼の脳内ではそのように勘違いしていた。


 ――詳しいことは分からないが、事件の予感がするぞ。しかもあの大量の鉄パイプ。降りるときにディスカウントショップのカートに載せ直していたけど、あれは何に使う気なんだ。いや、考えるまでも無い。集団暴行事件を起こそうとしているみたいだから、その時に使うんだろう。ムチも鈍器も、同じくそうに違いない。  


 刑事ドラマ好きな卓志の勘違いは、どんどんと事件性を高めながら膨らんでいく。そして、携帯電話を強く握り直し、110と押す。


 ――事件は未然に防がないとな。全く、強盗事件と言い物騒な世の中になったもんだ。


 が、電話の発信ボタンへと伸ばした指を、ぴたりと止めた。もしこれで通報したところで、警察はまともに取り合ってくれるだろうか。単なる妄想だと言われて、適当にあしらわれるだけなんじゃ。しかももしあの2人に、不良グループに、私が通報したことがバレたらどうなるんだろう。それこそ、集団暴行の被害者が私になるんじゃないのか。

 そんな不安が募って募って、遂に彼は携帯電話をポケットへとしまい込んだ。事件は防ぎたいが、自分の命と体は惜しい。そのあとも暫く葛藤したが、結局卓志は、自分の身を守ることを最優先させた。


 ――神様、罪深き私をどうか許してください。


 そう祈りを捧げた彼は、頭を仕事へと切り替えることにした。

 しかしやはり、心にあるモヤモヤした気持ちを振り払うことは簡単には出来ない。


 ――警察はダメでも、せめて誰かにこのことを話したい。そうすれば少しは気持ちも晴れるだろうし。でも一体誰に話そうか。


 ハンドルを握りながら、ふと、行きつけの料理屋を思い浮かべた。


 ――あの店の大将なら口も堅そうだし、丁度いいかもしれないな。よし、今夜はそこで酒でも呑みながら、話を聞いてもらうことにしよう。


 卓志の頭はとっくに、今夜のおつまみを何にするかで一杯になっていた。

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