利伊田飛鳥②
「で、早速本題だけどよ」
「はいっ」
前のめりになった猿飛を見て、自らも前のめりになる飛鳥。猿飛はヤクルトを一口飲んで、「ごほごほっ」としばらく咽てから続けた。
「そういえばこの前さ、」
どうやら話は早速脱線するようだ。
「自販機で煙草を買おうとしたんだ。他の買い物なら組員に行かせるんだが、煙草はその時の俺の気分次第で銘柄を変えたりするから、自分で行くことにしていてな。で、自販機に向かって歩いてたら、その下で何かが光ったんだ」
「はい」
「もしかして小銭が落ちているのかもって思うだろ?」
「はい」
「そしたら自販機の下、屈んで覗き込みたくなるだろ?」
「……はい」
「だから覗いてみたんだ」
尊敬している猿山組の組長が、自販機の下を覗き込む不格好な姿を想像した飛鳥は、どうしてこの人が組長なんだろうかと若干不安になった。
「結構奥の方に、光っているものがあってさ。思い切り手を伸ばしたわけよ。その時の後遺症で、今でも肩が少し痛いくらいだ」
「はい」
「それでな、手を伸ばしてやっと掴んだんだ。遂に手に入れたって喜んでそれを見たらさ、瓶のフタだった」
「……」
――それに対してどんなリアクションをするのが正解なんだ?
と周りの組員をチラリと見ると、皆一様に涙を流し、葬式会場のような空気が漂っていた。話のスケールとそのリアクションとの大きな差を感じつつ、自分も涙を流すべきかと悩んでいた飛鳥に、猿飛は話を続ける。
「たまたま後ろを通りかかったガキには笑われるし、ジャケットは汚れるし、肩は痛めるしで散々だったよ」
「そ、そうでしたか」
「というわけで飛鳥、今度狗藤組に嫌がらせしてこい」
――というわけで、とは、どういうわけで?
「狗藤組に、ですか?」
狗藤組とは、猿山組と敵対関係にある暴力団組織のことだ。先日、猿山組が起こした抗争によって、2つの組織には更なる緊張感が漂っている。それなのにこのタイミングでそのような指示を出すのだ。きっと、深い考えがあるに違いない。
猿飛は足を組み変え、不敵な笑みを浮かべて、飛鳥の目をしっかりと捉えながら口を開く。
「ああそうだ。自販機の下に落ちていたのが瓶のフタだったのも、そのせいで俺が要らん恥を掻いたのも、数日前から口内炎がひどくて食事も満足に楽しめないのも、全ては狗藤組のせいだ。ムカつくから嫌がらせしてこい」
――それ、狗藤組は全然関係ないんじゃ……
という本音を言える立場でないことを自覚している飛鳥は、素直に頷くしかなかった。