赤の国の戦争と春の国に関しての報告
青の王様が準備は手伝うと言ったので、遠慮せずに食料や、各種道具を補充します。
「君・・・もう少し遠慮と言うものをだねぇ・・・」
と、いうのは王様のお言葉ですが無視しました。しかし、私の二輪車に使用する鉄炭はほとんどありませんでした。海から何回か流れてきたことがあっただけ、とのことでした。とても、赤の国までは行けそうにありません。
「ならば、我が国の帆船車を貸し出そうではないか」
「帆船車・・・ですか?」
帆船車と言うのは、大きな帆のある木製の車でした。ちなみに、動力は風と人力だそうです。
「赤の国の連中は花に囲まれた国の中で。頭の中まで花が生えていると言われているほどだ。どうせ、春の女王様をとどめることが、どれだけ大変なことなのか理解していないに決まっている。どうか、頼むぞ!!」
と、言う青の王様の声を受けて、私の赤の国への旅はスタートしたのでした。騙されたつもりで乗ってみた帆船車ですが、旅自体は快適でした。最初は二輪車や荷物を乗せて木製の帆船車がちゃんと進むか不安でした。しかし、青の国の気候を考えて造られているらしく、わずかな風を基本的な動力にして進みます。ペダルを漕がなければ進みませんがペダルは軽く、適度な運動と言った感じでした。
次第に景色に変化が現れました。道端に花が目立ち始めたのです、おそらく赤の国に入ったのでしょう。大きな花畑を通り、春の風を受けながら進みます。赤の国に、入って少し入ったところで私は休憩を取ることにしました。川の近くでお弁当タイムです。
「ねぇ・・・ねぇねぇ。お姉さん」
食事をしていると、背中から声が聞こえました。
「ふぁい?」もぐもぐ。ゴクン。
飲み込みながら振り向くと、そこには可愛らしい女の子が立っていました。
「お姉さん旅の人?」
ピンクの髪にレース付きのドレスを着たとてもかわいい女の子です。周囲には民家などは見当たりませんが、赤の国の貴族がピクニックにでも来ているのかもしれません。
「まぁ、そんな感じですよ。お嬢さん」
「ふーん。あれに乗ってきたの?」
そう言いながら帆船車を指差します。
「はい。そうです。最初はそれに乗っている黒い乗り物で来たんですけどね」
「へぇ・・・。ねぇ、触ってもいい?」
「え?・・・えぇ、いいですよ。でも汚さないで下さいね」
「わーい」
そう言いながらお嬢さんは私の二輪車に近づいていきました。
そして―――。
「えいっ!」
「え!?」
私にはお嬢さんが二輪車を押したように見えました。軽く触ったように見えたのです。
ゴロゴロゴロゴロ
しかし、お嬢さんが押したことで、しっかり固定したはずの二輪車は帆船車の荷台からゆっくり下りるように坂を下り始めたではないですか。
「えっ?う、嘘!!え、ちょっと!」
ゴロゴロゴロゴロ!コツンッ!!バッッシャー―ン!!!
私が呆気にとられている内に、二輪車は坂を下りて川の飛び込んでしまいました。
「・・・はぁ」
赤の国の城下町への入り口と思われる門に到着しました。しかし、私の気持ちは沈んでいます。
二輪車が川に落ちてしまって、私は必死に川の中を探しました。しかし、浅いはずの川にも二輪車の影も形もありませんでした。気が付けば、例のお嬢さんも消えていました。
「旅の者か?残念だが現在この国は入国に規制をかけている」
門番さんが言いました。装備は木の剣となぜか花束を片手に持っています。
「何かあったのですか?」
私は質問します。
「む・・・。君は青の国の者かね?」
門番さんが帆船車を見ながら言います。その態度から、私は直感的に嘘を言います。
「は、はい・・・。実は青の国からの使者の者でして・・・」
「ふむ、だったら言っても構わないか・・・。我が国は、これから白の国に戦争を仕掛けようとしているんだ。だから、中心街には外部の者を入れないようにしているんだ。・・・・・・どうした?顔色が悪いようだが」
私は、血の気が引いているのを必死にごまかしながら、できる限り明るい声で言います。
「えっ!?そうですか?ちょっと疲れているだけですよ。あはは・・・」
「そうか?しかし、青の国からの使者なら許可が下りるかもしれない。少し待っていてくれ」
そう言いながら、門番さんは門のそばに建っている小屋の中に入っていきました。
戦争・・・。あの門番さんは確かにそう言いました。昔々、資料さえ残っていないはるか昔、白の国、黄の国、青の国、赤の国は戦争をしていました。国交が結ばれていないのも、他国の情報を必要以上に知ろうとしないのも実は過去の戦争が原因なのです。
他国のことを知らなければ、その技術や土地を羨むことも。奪おうと思うことも無いからです。ただ、今回ばかりは国そのものの危機だったことで、私の旅が始まった訳ですが。
原因は知りませんが由々しき事態です。原因はおそらく季節の女王様です。急いで春の女王様に会わなければいけないでしょう。そのために、私が白の国の住人であることは隠さなければなりません。幸い、二輪車が無いため、私の持ち物はほとんどが青の国製です。
「おーい、待たせたな」
門番さんが戻ってきました。横には上司と思われる男性を連れています。この男性も、木剣と花束を持っていました。
「この人です。先輩」
先輩と呼ばれた男性は、ジロジロと私のことを見ました。
「お前・・・。本当に青の国の住人か?」
「な、なんでそう思うんですか?私は生まれも育ちも青の国ですよ・・・」
「いや、聞いてたのと違うんだよなぁ。青の国の女は大柄で、色々と大きいって聞いたんだがなぁ」
そう言いながら、ジロジロと私のことを見てきます。
「さっ、最近は私みたいな小柄な人もいるんですよ。それより、赤の国の王様に早く会わなければいけないのです」
「いや、でも一応・・・俺たちも仕事がある。荷物などを調べさせてもらう」
荷物を見られるのは不味いのです。ほとんど青の国の物ですが、白の国から持ってきたものもわずかにあります。私はできる限り顔色を変えない様に気を付けながら、できる限り自信をもって言います。
「わかりました・・・。それで気が済むのなら調べてください。・・・ただ、その前にお二人の名前を教えてください」
「・・・・・・なぜだ?」
「使者に対して無礼な態度を取ったのです。この国の王様には報告をさせていただきます。・・・そういえば、白の国に戦争を仕掛けるのでしたっけ?それでは、その間この国の防御は薄くなりますね」
「せっ先輩・・・」
後輩の門兵さんが不安そうな声で語り掛けます。先輩と呼ばれた、男性は少々ばつが悪そうに言いました。
「分かった。・・・門を開けよう。確かに白の国の人間が、簡単にこの国に来れるわけがないからな」
そう言いながら小屋に向かいました。ちなみに、距離的には白の国と赤の国は近いのですが、その境界になる場所に巨大で簡単に通り抜けることができない岩山があり、少なくとも白の国から赤の国に攻め込むのは大変な苦労があるのです。情報も、黄の国と青の国に比べて赤の国は少ないのです。
しかし、先ほどの門兵さんの話からすると、赤の国には黄の国のペガサスのような飛行手段があるのかもしれません。
大きな音を立てて門が開きました。
「ほら、早く通ってくれ」
門兵さんが言うので私は帆船車に乗って進みます。
と―――。
「おい、火ぃ着けてくれ」
先輩の方が後輩に言います。先輩が口に咥えているのは恐らくタバコでしょう。後輩の方はポケットから火打石を取り出して火をつけようとしています。しかし、中々着きません。
「ちっ、相変わらず下手だなぁ」
「す、すみません・・・・・・」
シュボッ
「あの良ければどうぞ」
先輩さんに小言を言われる後輩さんが可哀そうで私はライターで火をつけてあげました。
「あっ、どうも・・・」ぷかー
「いえいえ。門を開けてくれたわけですし」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
先輩さんが口を開きます。
「これ・・・鉄だな」
「はい、ライターっていうんですよ」
「ふーん。青の国ににはねぇよな、これ。それを簡単に使いこなしている。お前、やっぱり白の国のスパイだな。・・・お前は次に『しまった!』と言う!」
「しまった・・・。ㇵッ!!」
つい、乗ってしまいましたがこれはピンチです。
「白の国のスパイが来たぞー!!全員でてこい!!」
先輩さんの号令で小屋から何人かの門兵さんが出てきました。気になるのはやはり全員が花束を持っていることでしょうか。
幸い、もう国の中には入っています。私はとりあえず、逃げることにしました。
「花銃!!構えろ!!」
背中から先輩さんの声が聞こえました。その、直後にズドンという大きな音がしました。私は後ろを振り向きます。目に映ったのは、おそらく花の種と思われる黒いものがたくさん私に飛んでくるところでした。
門兵さんたちの構え方を見ると、おそらくあの花束が銃なのでしょう。威力は恐らく私たちの国の銃の方が上だと思いますが、この量を受けて無事ではすまないでしょう。私は目を瞑って覚悟を決めました。
「・・・・・?」
しかし、予想していた痛みはいつまでたっても来ませんでした。その代わりに先輩さんの声が聞こえました。
「全弾外れだと!?」
運がいいのか、生き残ったようでした。安堵した瞬間、どこからか声が聞こえます。
「お姉さん。こっちこっち」
横を見ると、私の二輪車を川に突き落としたお嬢さんが、家と家の間の路地裏で私を呼んでいます。私は必死に路地に向かって駆け出しました。
「あなた一体・・・。わっ!?」
次の瞬間、足元から地面が無くなり、私の体は落ちていくのでした。
ばしゃん!!
落ちたそこは、地下水道のようでした。人工物のようで、石造りでトンネル状の道に川が流れています。目の前には先ほどのお嬢さん、お嬢さんは何も言わずにトンネルの先を進みます。私もそれに続きます。
「ここですか?」
少し歩くと階段と扉がありました。お嬢さんが指さすので、私は扉を開きます。扉の先には、さらに階段がありました。その階段に一人の老人が座っていました。老人は私に話しかけます。
「白の国の外交員の方でしょう。着いてきてくれますか?」
「は、はい・・・」
その品のある声に私は思わず、頷いてしまいました。
老人に連れられ、一つの部屋の中に入ります。部屋には、シンプルですが高級そうな家具が並んでいました。老人が勧める椅子に座ると目の前に老人が座ります。例のお嬢さんも一緒です。老人が口を開きます。
「いきなりで驚いたことでしょう。私は―――」
「この国の王様。いえ、継承を済まされているようですから、元王様ですね。ここはお城なのでしょう?」
老人は少し驚いた表情になった後、穏やかな表情に戻りました。建物の構造と服装を見ればわかります。
「いかにも、そして彼女は――――」
「春の女王様でしょう?」
「うふふ。正解よ!!」
声がする方を見ると、お嬢さんはいませんでした。代わりにいるのは先ほどのお嬢さんを成長させたような女性でした。小柄ですが、可愛さの中に他の季節の女王様と同じ不思議な魅力を感じます。
「・・・まず、何を言うべきかは分かりませんが。助けていただいた様ですね。ありがとうございます」
私は頭を下げます。
「いや、本来謝らなければいけないのは、こちらの方ですよ」
コツコツ。その時、足音が聞こえてきました。
「・・・何もしゃべらないで下され」ボソッ
元王様は一言、言うと立ち上がり部屋の奥からティーセットを運んできました。元王様がティーセットを置くのとドアがノックされたのは同時でした。
「入って良いぞ」
元王様が言いました。
ガチャ。
入ってきたのは元王様とよく似た初老の男性でした。間違いなく、現王様でしょう。
「失礼します。父上、お話が・・・。この女性は?」
私を怪訝な目で見ます。ちなみに、春の女王様は見えていない様子でした。
「古い友人の孫娘だ。事前に手紙をいただいたのでな。裏門から入っていただいた。見ての通りお茶をしておる」
「そうですか・・・。少々話があるのです。できれば、私の執務室に」
「老人に無理をさせるでない。・・・彼女はこの国の状況もご存じだ。ここで話せ」
「はぁ・・・」
王様は重い口を開きました。
「どうも、白の国からスパイが送られた様子でして。我々の情報が漏れたのかもしれません」
「ふむ、なるほど」
「父上!悠長に構える場合にはいかないのです!この国は限界なのです!これで情報が漏れて先制攻撃が失敗すればすべて台無しになる!予定を早めて白の国に攻撃を仕掛けます。冬の女王様を奴らの手から解放し、季節を取り戻すのです!」
多少予想していたものの、自分の生まれ故郷を攻めると言われるのは良い気持ちがしないものです。
「それに関してはすでに貴様が王なのだ。好きにすれば良いではないか」
「・・・まだ、完全に兵力はそろっていない。前王の貴方が同意してくれれば迷っている兵士たちもやる気になります」
「儂の考えは変わらんが」
前王様の発言に現王様は大きな声で怒鳴ります。
「父上!!あの方法を使えば、白の国を攻めるのは簡単です!!確かに、冬の女王様を白の国が抑え込んでいるというのは仮説にすぎない!しかし、このままでは、食料としての夏、秋、冬の植物が取れないばかりか。我が国の繁栄を支えてきたバイオ技術。花継技術が滅びるのですよ!!」
「それが良いとは言わん。・・・しかし」
「・・・もう良いです。父上の言うよう私が王だ。決定は私が下します」
バタン!!
現王様は、怒って出て行ってしまいました。
「はぁ・・・」
元王様がため息をつきます。
「しかし、私の言いたいことは分かっていただけたでしょうな。急いで、白の国にいる冬の女王様に塔を空けてくれるように言ってください」
「そ、それは・・・」
それは意味がないはずです。だって、私の旅のスタートがそこだったのですから。混乱して、頭が痛いのに、春の女王様は平然としています。私は少々苛立っていました。こちらの状況も知らないのに、戦争を仕掛けようとしている赤の国にもです。でも、もう交渉とかいう状況ではないはずです。私は嫌味の一つでも言いたくなりました。
「随分、野蛮なものですね。この国は」
私は、少々冷たく言い放ちます。
「うふふ」
「何がおかしいので?」
笑う春の女王様を、私は睨み付けます。正直、笑えません。自分の故郷が無くなってしまうかもしれないのですから。
「あまり、悪く言わない方が良いわねぇ・・・。ほら、悪口って自分に帰ってくるから」
「あの、それってどういう・・・」
コツコツ。再び足音が聞こえました。
「とりあえず、何もしゃべらないでください。儂が誤魔化します」
ガチャ
今回はノックもせずに王様は入ってきました。
「父上。一応耳に入れておいていただきたいのですが」
「なんだ?」
「例のスパイですが。変装をしているかもしれないとのことです。気を付けてください」
・・・いや、変装してないです。
「変装?なんだ、城に忍び込んでいるとでも?」
忍び込んでないです。それに変装してないですって。
「それが、おそらく男装しているのでは無いかと報告が―――」
「男装じゃねぇよ!!」
・・・・・・しまった。思わずつっこんじゃった。元王様と現王様の視線が私に集中します。
「なーんちゃって・・・・・・」
少しの沈黙の後。
「・・・誰か!!誰かいないか!?城に侵入者だ!!」
王様の声が響きます。
「やめろ!外交員殿!!逃げてください!!」
元王様が自分の息子である王様を押さえながら私に向かって言いました。
「やれやれ。ちょっと失礼」
そう言いながら、春の女王様が私の手を握りました。と―――。
ギュイン!
春の女王様と手をつないで目を開けるとそこはお城の外のようでした。しかし、お城の中で男性たちの怒号や女性の悲鳴が聞こえてきました。誰かの声が聞こえました。
「外だー!外にいるぞー!」
逃げようとも思いましたが、走って逃げてはどうせ追いつかれてしまいます。大体赤の国から白の国に逃げる手段が私にはありません。
「これ、使って」
春の女王様の方を見るとそこには懐かしいものがありました。
「えっ!?これって!!」
私の蒸気式二輪車でした。
「私が動かしてあげるから、国のはずれまでとばして」
「はい!・・・でも、元王様が」
「彼は大丈夫よ!とりあえず早く!」
「は、はい!!」
私は、春の女王様を後ろに乗せ二輪車を発進させました。城の兵隊さんは馬で追いかけてきますがスピードではこちらが圧勝でした。グングン距離を離していきます。赤の国のはずれの岩山に着くころには完全に撒くことができました。
「でも!二輪車じゃこの岩山は登れませんよ!」
私は春の女王様に言います。
「大丈夫よ。えーと・・・。そこでいいわ。動かないでね」
春の女王様は、どこから取り出したのか種を一粒私の足元の地面に埋め始めました。
「この国は、植物の研究が盛んでね。最近開発された植物でヘリポポっていうんだけど。これで、取りあえず、白の国に帰ってもらうわ。冬の女王によろしくね。びっくりしないでね。すごいからこれ」
「えっ?何が始まるんですか?」
「でも、これのせいで予定が狂っちゃったんだけどね。私も、貴方とちゃんとお茶したかったなぁ」
春の女王様が何か喋ったようですが、その声は不思議な植物が地面から生えた音でかき消されてしまいました。
私の足元から生えた植物はその枝を私と二輪車に巻き付けるとさらに成長していきます。私の身長より大きくなるとその頂点に大きな花が咲きました。それが枯れたかと思えば、白い大きな傘のような形になりました。
頬が風を感じます。と―――。
「飛ぶわよー!!気を付けてねぇー!」
風が吹き私は体が浮くのを感じました。そのまま風に乗って岩山をどんどん登っていきます。
春の女王様の顔がどんどん小さくなっていきます。
その顔は、寂しそうな笑顔だったのでした。