冬の女王とのファーストコンタクトとその成果に関して
と、言うわけで私は国の外れにある、女王様の住まわれる塔に向かいました。幸い、寒いものの雪は降らずに無事に塔に到着しました。あたりには雪が積もっています。これまで、多くの交渉人がこの塔に挑みましたが、冬の女王様に会うことなくスゴスゴと帰ってきたのでした。私は大きな扉を強く叩きます。
ドンドン!ドンドン!
「すみませーん。国の外交員の者ですがー。冬の女王様はいらっしゃいますでしょうかー!」
・・・・・・私は数えます。一秒、二秒、三秒。
「・・・よし、帰ろう」
王様には三時間待ったことにして報告しておきます。とりあえず、訪問した実績さえあれば、お咎めもないでしょう。
私は今来た道をぐるりと回り、帰ることにしました。
「おや・・・」
目の前に、美しい女性が歩いてくるのが見えました。白い外套に身を包んだその姿は、とても美しく、気品にあふれていました。それでいて、どこか不思議な魅力に満ち溢れているその姿。さらに、この時期にこの塔の近くにいるのだから、おそらく彼女こそ冬の女王様なのだと、私は直感的に感じ取ります。
ゆっくりと、女性とすれ違います。
「うふふ、こんにちは。全く、寒くて困りますわねー。おほほほ。・・・では」
王女様に負けないであろう気品で、私はあいさつをします。とりあえず、私はインテリなので急なトラブルには対応しきれないのです。ここは、一旦体制を立て直しましょう。
そそくさと退散する私の背中に、女王様が声をかけます。
「ちょっと、そこのあなた?」
「・・・はい、なんでしょうか?」
「あなた、冬の女王に会いに来たのかしら?」
「・・・えぇ、まぁ。でも、5時間ほど待ちましたが、不在のようなので帰ります。きっとご縁が無かったのですよ。・・・では」
「・・・私が冬の女王と呼ばれ、季節を司るもの、もし要件があれば塔の中でお聞きしましょう。着いてきなさい」
「・・・えっ。あぁ、そうなのですね。美しい方とは思いましたが。いやはや、冬の女王様とは。これっぽっちも、毛の先ほども、全くもって思いませんでした」
「良いからついてきなさい」
「・・・はい」
「ちなみに」
「はい?」
「私が出かけたのは5分ほど前ですから」
冬の女王様は冷たい声で言ったのでした。
と、言うことで私は塔の中に招かれたのでした。少々警戒しましたが、塔の中は一般的な造りで暖炉の火が煌々と燃えていました。応接間のような部屋で、しばらく待つと、冬の女王様が紅茶のセットを持ってきました。
「お待たせしたわね」
「すみません、女王様にこんな・・・」
「いいのよ、ここは私の家のようなものだし。私が主人、貴方がお客様。もてなすのは当然のことよ。敬語も堅苦しいから結構よ」
そう言った女王様は、室内用のドレスに身を包んでいました。蒼と白の美しい髪に、スレンダーなその姿は本当に美しいのでした。
「・・・あなた、外交員だったかしら」
「えぇ、まぁ・・・」
こういう時、話の主導権をどちらが持つのかが重要なのです。しかし、女王様の気品と噓をついた負い目でその主導権は女王様にあるのでした。
「外交って、今は国交なんて結ばれてないでしょう?」
「えぇ、ですから。今は文学のやり取りと、最低限の書類のやり取りぐらいです。まぁ、私はこういう仕事、嫌いではありませんが」
「本、読むの好きなの?」
「えぇ、まぁ他国の文学はあまり国内では人気が無いですし、殆どが資料用としてお城の書庫に眠っています。私は結構好きな本あるんですけどね」
「ふーん。意外ねぇ、この国の人は他国の文化には否定的だったっけ」
「・・・っていうか、流通するのがほとんどファンタジー小説なんですよ。この国、ファンタジーは不人気なので」
「ふーん」
「例えば、この前届いた黄の国の本ですが、ユニコーンやらペガサスやら幻想上の動物が描かれているんです。まるでの本物の図鑑のように解説なども載っていて面白かったんですが、やはり人気は出ませんでしたね」
「へぇ。じゃあ、読書以外はどんな業務が?」
「主に、街の文化の調査として買い物をしたり」
「ふーん」
「食文化の調査として、レストランで食事をしたり」
「へぇ」
「気候の調査として、昼寝をしたりですね」
女王様は頭を抱えておっしゃいました。
「・・・外交員って、もっと真面目な人がなるイメージだったんだけど」
「・・・何代か前は試験などに合格した一部の人しかなれなかったんですけどね。今はなりたがる人もいないし、私のように落ち着いていて、欲のないインテリがなっています」
「物は言いようね。つまり、そういう仕事を希望する、引きこもり体質がなることになっているということ?この国の最初の外交員は、それはそれはしっかり者だったんだけどね」
「えっ?初代の外交員をご存じで?」
「えぇ、それはそれは美しいひとでね――――」
「ほうほう」
「それに、初代の王様ったらね――――」
「本当ですか!?」
「今の王様だって、子供の時は大変な我がままだったのよ。冬になると、寒いの嫌いー。って叫んでいたわ」
「ほうほう、もっと詳しく」
・・・・・・楽しい時間は、やがて去りゆき。そろそろ、日が暮れる時刻になりました。帰らなければなりません。
「じゃあ、きょうはここで失礼しますね」
「・・・ちょっと待ちなさい」
「いや、流石に泊まるのは悪いですよぉ。でも、どうしても、というのなら・・・」
「言ってないわ。・・・図々しいわね。あなた、今日は何しにここに来たの?」
「・・・美女二人の優雅なお茶会?」
「・・・・・・」
目が怖かったので、真面目な話に移行します。
「・・・えーと、女王様?我々としては冬はもう十分かな、と思っておりまして。そろそろ、次の国に行っていただいて春になって欲しいなぁ。と、思っている次第でしてそうろうでして」
「無理にきれいな言葉を使わなくて結構。もっとはっきり言っていいのよ」
「・・・とっとと塔を空けてください」
「直接過ぎよ・・・あなた」
でも、数々の交渉人を以てしても、何の成果もあげられなかったのですから、おいそれと塔を空けてくれるわけ無いですが。
「いいわ」
「 は!?い、今なんと?」
「えぇ、私も好きでこの国に滞在していたわけでは無いわ。喜んで、国を移りましょう」
「やったー。これで、報酬をもらえる上に、地位と名誉を手に入れることが出来ます」
やりました。これで、この国の人々もきっと喜ぶことでしょう。
「・・・・・・あなた、口に出す言葉と心に留めなきゃいけない言葉が多分逆よ。ただし」
「ただし?なんですか?」
「条件があるわ。・・・いや、お願いかしら」
「はい?」
私は首をかしげます。冬の女王様は微笑んで言いました。
「秋の女王、彼女を塔から出してほしいの」
そう言った女王様の顔は、どことなく楽しげだったのです。