ふたご猫
大事に飼っていた猫が亡くなったときに、猫の目線で書いてあげたいと思った
作品です。
私は、愛されていたのかな?たくさん色々な仕草を見たけど
それは猫にとってどんな気持ちだったのか知りたかったからです。
たくさんのものに命はあるけど、大きいもの小さいもの、どれもすべて
四季を感じ、たくさんの人や物と出会い色々な経験をし、それぞれのストーリーがあると思います。
少しでも、読まれた方に気持ちが伝わったらいいかなぁと思います。
僕たちはふたごの猫。
体は二つだけど、心は二つでひとつなんだ。
僕たちはフワフワした世界にいるよ。
真ん中に大きな木のある所に住んでいるんだ
毎日走ったり木に登ったり、たまに下の世界を眺めたりして過ごしている。
僕たちが登っている木にはキラキラ光る実がたくさんなっていて
心地いい風が吹くとユラユラと揺れてとってもキレイだよ。
どんな味がするのかなぁ。
赤や青や緑、たまに虹色の実もあるよ。
僕の届かない高い所にあって、いつかかじってみたいと思っているけど
僕たちの長老はそれは食べられない実だよって言うんだ。
長老といっても何歳かわからないし
毛がたくさん生えていて僕たちの知らないことをたくさん知っている。
いつも目を細くして僕たちのことを見守ってくれるんだ。
僕たちだけじゃないよ、たくさんの猫がいる。
ある日、大きな猫が僕たちの世界にやってきたんだ。
たくさん色々な模様の猫はいるけど、その猫は僕たちと同じ体の模様。
すごく強そうで、体のあちこちに痛そうな傷があったよ。
だけど少し悲しい顔をしていて、僕の顔を見たら話をしてくれた。
同じ模様だからかな? 僕はその猫の話を妹と一緒にきいた。
名前はチベといって、下の世界から来たんだって。
大きなおうちにとっても優しい飼い主さんがいて
嬉しいときも悲しいときもそばにいてとっても幸せだった。
でも今は飼い主さんはいつも泣いていて、それをいつも上から見ていると
そばに行きたい、自分がそばにいたら飼い主さんは
また笑ってくれるかもしれない、いつまでも一緒にいたいって。
大きな体のチベがポロポロと涙を流す、僕も妹もすごく悲しい気持ちになった。
僕たちは、誰かとお別れしたことがない。
気付いた時には妹やみんなと一緒だったから。
だけど、今はとっても悲しいんだ。
チベともっと仲良くなって毎日楽しく一緒に過ごしたいな。
どうしたらチベは悲しくなくなるかな?
僕たちは長老にお願いしたんだ。
チベをもう一度、飼い主さんのもとへ届けて下さいって。
チベも飼い主さんもまた笑顔になれるように、またここへ来た時に
楽しく笑っていられるように。
「それは・・できないのだよ」
「どうして? 」
長老は少し困った顔をして僕たちに言った。
「チベの下の世界の役目は終わったんだ、これからはここで
次の世界へ行くための修行をしなくてはいけないのだよ」
「役目? 役目って何?」
「誰にでも、下の世界でやらなくてはいけないことがあるのだよ
それは、みんな同じじゃない。それに自分では何かわからなくて
下の世界で生きていくことによってわかったりするものなんだ」
「チベはわかっていたの?」
「多分、わかっているはずだ。だけどそれよりも
大切なものとお別れしたからすごく悲しいんだ」
「それじゃあ、どうしたらいいの?」
妹が泣いていた、僕も困った。
だけど、ひとつだけ僕には考えがあった。
「チベの役目が終わったのなら、僕たちに同じ役目をください!!」
「お前たちに? 」
長老は少し考えているようだった。
「私も、お兄ちゃんと一緒に同じ役目をください!!」
「僕たちがチベの代わりに飼い主さんのもとへ行って、
飼い主さんをたくさん笑顔にして戻ってきてチベを安心させたいんだ」
「私も!! 下の世界はちょっと怖いけど頑張る!!」
僕たちは何度もお願いしたんだ。
飼い主さんは会ったことはないけど、きっと優しい人。
チベは元気だよ、また飼い主さんに会いたいって言ってたよって
伝えたかった。
「・・・やれやれ、小さいお前たちは優しいのう」
「チベもここに来たらみんなと同じ仲間だよ!! 仲間にはいつも
笑っていてほしいし、僕たちと遊んでほしいよ」
「そうか・・・お前はいい子だなぁ、じゃあ行ってくるがいい
だけど、お前たちのどちらかしか行けないぞ」
「僕たち・・・一緒に行けないの?」
「お前たちはふたつでひとつなのだよ、体はふたつあるが
もとはひとつ・・ちょうどあの木の実のようにな」
「ひとつの実の中に、お前たちはふたつ入っているのだよ」
「うーん、なんだか難しいよ」
「それに、下の世界へ行ったらここでのことは忘れてしまうぞ」
「忘れるの?」
「誰でも忘れて下の世界へ生まれて、そして思い出してゆくんだ」
「なんだかよくわからないけど、僕は思い出すよ!!
ずっと一緒にいた妹のこと忘れるわけがないよ」
でも、少し心配になった。僕たちはずっと一緒で
離れたこともないし、離れるなんて考えもしなかったから。
「じゃあ、お兄ちゃんが先に行ってきてよ」
「僕でいいの?」
「私はお兄ちゃんと離れるのは怖いけど、一人で下の世界へ行くのは
もっと怖い。
だけど、お兄ちゃんが先に行って戻ってきて
どんな感じだったか教えてくれたら怖くなくなるよ。
それに、どんなに離れていても私たちはふたごだよ」
「そうだね、ありがとう。僕頑張ってくるよ」
「それじゃあ、行ってくるといい。気を付けてな」
「またね、お兄ちゃん」
僕は決めたんだ。
飼い主さんに会う前に、チベのことを忘れないように。
ギュッと目を閉じて、強く願った。
絶対に忘れない、忘れていてもすぐ思い出してみせるって。
そして、妹にたくさん下の世界のことを話せるように
僕は勇気を出して長老から下の世界へ送り出してもらった。
秋から冬へ季節が変わろうとしていた頃、冷たい雨が降りました。
乾いた落ち葉に濡れる地面に雨粒が広がって地面は赤や黄色です。
その日、妹とチベの想いを抱いた一匹の猫がそこにいました。
少し遠くにはほのかな建物の灯り、けれども冷たい雨が全身の毛に染みて
目も開けていられないほどの雨粒の大きさに瞳はぼんやりとして
その光はとてもまぶしく感じました。
寒いよ!! 冷たいよ!! ここはどこだろう?
どこか雨宿りできないかな?
小さい猫は必死に辺りを見回して灯りを見つけます。
足の裏が冷たいし、土がベタベタついて気持ち悪いよ。
あの灯りの所へ行ったら雨に濡れないかな?
僕はそう思って灯りを目指して走って、走って、とにかく走った。
途中で転んで、濡れた葉っぱがくっついても、
雨が目に入ってまっすぐ前が見えなくても、
そこへ行かなくてはいけないような気がしたんだ。
走って、走って、光の方へ・・・。
ずっと走っていて気が付くと、灯りの目の前にいた。
遠くからだとあんなに大きく見えたのに今はすごく小さくてまぶしい。
誰かいないかな?
僕は必死に鳴いたんだ、体が小さいから聴こえないかもしれないけど
それでも一生懸命に鳴いた。
開けてよ!! 誰か中に入れてよ!!
何度言っただろう、僕は何も考えずにとにかく鳴いた。
そしたら、灯りの中から誰か出てきた。
誰だかわからないけど、僕が会いたかった人だ!!
この人に会うためにここに来たんだ!! そう思った。
僕は眠っていた。
すごく暖かくて不思議なくらいホッとしていた。
びっしょり濡れた毛も乾いてフワフワになっていた。
「どこから来たのかなぁ?」
眠りながら聞いた声、とっても優しい声だった。
そうだ、僕はどこから来たんだろう?
何か頭の中に残っているけど思い出せなくて
その夜は疲れてそのまま眠ってしまった。
次に目を開けた時、まぶしい朝だった。
昨日のひどい雨が嘘のように上がっていて、いい天気だった。
「目が覚めた? 風邪引いてないかな?」
僕はフワフワした布の上に寝ていて、顔を上げたら
昨日の声の人がいた。僕に向かって微笑んでくれた人。
昨日はびっくりしてわからなかったけど、女の人だった。
僕よりもとっても大きくて、僕の毛よりも暖かそうな服を着ていた。
「あなたの名前は何がいいかな?」
フワッと抱きかかえられて僕の目線はぐっと上に上がった。
なんだろう、とってもいい気持ちで安心する。
「チベは緑色の瞳だったけど、あなたは夕焼けみたいなオレンジ色だね」
チベ・・・その名前は聞いたことがある。
だけど今はぼんやりとして思い出せなかった。
多分、知っているんだけどなぁ・・・。
この人に何か言わなくちゃいけないんだけど・・・。
「あなたはトラ柄ね・・・トラちゃん?」
そう、僕はトラ柄。だけど本物のトラは見たことがないよ。
見たこともないものの名前ってなんだか嫌だなぁ。
「まだ大きくないし・・・うーん、なんだろう?」
よかった、僕はトラって呼ばれないみたいだ。
僕はもうちょっとカッコいい名前がいいな。
じっと目を見てみた、僕の目はオレンジだけどこの人は黒だ。
その黒の中にぼんやり僕が映っている。
「茶色・・・うーん・・・チャトラ?」
なんだかそれも嫌だ。
どうにか僕は気に入らない気持ちを伝えたかった。
でも小さいし、いくら鳴いても伝わらないから少し暴れてみた。
「あら、嫌だったんだ。ごめんね」
どうやら通じたみたい。
「じゃあ、何がいいかなぁ・・チャ・・チャン?」
なんだかいい感じになってきた!!
「トラちゃんも捨てがたいから・・チャントラ・・
・・・・チャンドラ!!」
チャンドラ!! 僕の名前だ!!
僕は思わず大きくニャーンと鳴いた!!
それでいいよ、絶対にその名前がいい!!
「じゃあ、あなたは今日からチャンドラね。
よろしくね、チャンドラ」
僕はとっても嬉しかった。僕の名前はチャンドラだよ。
いつもこの名前で大好きな人に呼んでもらえるよ。
誰かにそれを言わなくちゃいけないと思ったけど
やっぱりそれも思い出せなかった。
お昼はぽかぽかでいい気持ち。
僕はこのお家で飼い主さんと暮らすんだ。
飼い主さんはいつも本を読んでいて、たまに目が合うと
チャンドラと僕の名前を呼んでくれて
暖かい大きな手で僕の頭を撫でてくれる。
その隣でウトウト眠ると、とっても幸せな気分になるよ。
でも、飼い主さんには恋人がいて夜になると帰ってくる。
僕は噛みついたりはしないけど、気に入らない。
だって飼い主さんが僕より向うと話をしていて
僕は置いてけぼりになったような気持ちになるんだ。
だからかまって欲しくて、いつも飼い主さんのひざの上に乗る。
そしてたまに体を伸ばして飼い主さんに抱っこされるんだ。
耳をすますとトクントクンて心臓の音が聴こえるよ。
僕の心臓は小さいから飼い主さんには気づかれないけど
とってもドキドキしてるんだ。
大きさは違うけど僕と同じ心臓があって
速さは違うけどちゃんと一緒に生きてるんだ。
とってもいい気分だから、ノドをグルグル鳴らすよ。
何か忘れているような気がするけど、今はとっても幸せ。
ある日朝がすごく寒く冷え込んだ時に、外に出てみた。
冷たい風がピューッと吹いて、鼻の中がツーンとして
少し眠かった僕は一瞬で目が覚めた。
上を見ると澄んだ青空で、今日もいいお天気になりそう。
たまに葉っぱが風でカサカサいうよ、僕は走ってたくさん
カサカサいわせてたまに飛び跳ねるんだ。
でも、僕だけだと何か物足りないな。
そう思っていた時、どこからともなく声が聞こえた。
「・・・お兄ちゃん、チャンドラお兄ちゃん!!」
その声は、初めて聞いたような声じゃなくて前から知っている声。
風が強くて少し遠く聞こえた。
「誰?・・僕を知ってるの?」
きょろきょろと周りを見ても誰もいないし、その声は
風に乗って聞こえているような気がした。
上? お空から声が聞こえるのかな?
「お兄ちゃん!!」
僕はスーッと雲が消えた空のように思い出した。
僕たちはふたつでひとつ、その声はふたごの妹だ。
「チャンドラって名前もらったんだ、よかったね」
「うん、僕はチャンドラだよ。優しい飼い主さんが名前をつけてくれたんだ」
「いいなぁお兄ちゃん、私も名前つけてもらいたいな」
そうだ!! もっとたくさんのことを思い出した!!
僕と妹、どちらかしかここへ来られなかったんだ!
「私もそっちに行きたいな、お兄ちゃん楽しそう」
少し怖がりで寂しがり屋の妹の声を久しぶりにきいた。
「僕がかわりにたくさん伝えるよ、見たことや聞いたこと
ここでの僕の幸せを半分こしようよ」
「半分こ? 楽しいことは半分じゃないよ!! 2つになるんだよ」
「2つ?」
「誰かにいいことを伝えたら数は減らなくて2つに増えるの」
「なるほど!!たくさんになるんだ!! それじゃあいっぱい伝えるよ
僕たちで楽しいこといっぱいにしよう」
「うん、ワクワクするね!!」
僕は妹と約束した。
いつか妹も飼い主さんと会えるといいな。
それから僕は、朝の庭を走ったよ。
朝露で濡れて手が少し冷たくなったけど、楽しいことを探して
いっぱい、いっぱい走って色々なものを見たよ。
今まで見たことのない風景が目の前に広がったんだ。
夜には見えないものが今はたくさん見えて、水を含んだ土のニオイや
高い木の上には鳥さんがいて、ヒヨドリだと自己紹介してくれた。
可愛い鳴き声で僕におはようって言うんだ。
お友達になれるかな?
土を掘ったらミミズさん、面白い動きをするから触ってしまうよ。
草はまだ濡れているから近寄らないけど、朝の光を浴びて
キラキラしてるんだ。
たくさん走ったらお腹が空いた、まだ走りたいけど
とりあえずお家に入った。
「楽しかった?」
優しく笑いながら迎えてくれた飼い主さんが濡れた足を拭いてくれた。
ご飯をもらって急いでまた遊びに行こうかと思ったけど
お家の中は暖かいから、すぐ眠くなってしまうよ。
今日は飼い主さんと一緒にいよう。
夜になると、飼い主さんと一緒に眠るんだ。
でも恋人と一緒に寝ているから、どうしても間に入りたくて
体をねじったりして無理やり入るけど、結局は狭くて
背伸びできないから飼い主さんの右の腕の所に移動するよ。
でもね、恋人が「ガー」とか「グー」とか寝ながら大きい声を出すから
飼い主さんが起きてしまうんじゃないかって枕元で僕は威嚇してみる。
ちっとも反撃してこないから僕の勝ちだ!!って安心して
また元の場所に戻る。
飼い主さんの腕はとても暖かいんだ。
どんな布より、どんなお日様の光よりずっと心までぽかぽかになるよ。
そして今日見たことや聴いたこと、冒険したことを思い出して
また明日、どんなことがあるだろうってワクワクしながら
僕は眠りにつくよ。
また明日ね、飼い主さん。
その夜、夢を見た。
「チャンドラお兄ちゃん!!」
嬉しそうにピョンピョン跳ねて僕のもとへ走ってくる。
「今日は何か面白いもの見つけた?」
大きな瞳をキラキラさせて尋ねてくる。
僕はたくさん話そうと色々なことを思い出した。
今は秋という季節で、もみじという葉っぱが赤や黄色になって
風が吹くとヒラヒラ落ちてきて、それを追いかけるのが楽しかったり
朝は木や葉っぱが朝露でキラキラ輝いてキレイとか、
お家の中は歩くと不思議なものがたくさんあって
飼い主さん達が座るソファーという椅子にちょっといいスキマがあったり
コタツという大きなお布団の中は暗いけどすごくワクワクしたり
たまに誰かが喋ったりしているテレビという箱、いつも
裏に誰かいるんじゃないかって確認しても誰もいなくて
不思議だったり、お家の中から外が見える窓とか
見ることがたくさんで一日はすぐ終わってしまう。
「いいなぁお兄ちゃん、毎日ワクワクだね」
「うん、とっても楽しい」
「あ、そうだ!! チベのことは飼い主さん、何か言ってなかった?」
「チベ・・・!! あっ! 今思い出した!!
僕、ここへ来たら忘れていて名前だけぼんやり残ってたんだ!! 」
「だめじゃない、お兄ちゃん!! チベのためにそこに来たんじゃなかったの?」
「うん、明日目が覚めたら伝えてみるよ」
「そうだね、たくさんお話きかせてくれてありがとう
またお話しようね」
「うん、約束だよ」
それは、夢だったのかな?
今の僕にはそれがわからないけど
一番大事なことは思い出すことができたよ。
次の日の朝起きてすぐ僕は
「チベのことおぼえてない?」って何度もきいたけど、お腹が空いていると
思われたみたいで通じなかった。
なんだか悔しいなぁ、どうして僕が鳴いても伝わらないのかなぁ。
こうなったら自分で何か見つけて、飼い主さんに届けてあげよう!!
あやしいのはお家の中。
寝る所にイスの後ろ、怖かったけどお風呂場も調べた。
でも、なんにも見つからなかった。
しょんぼりして外へ遊びに行ったら、僕と似たような模様の猫が
話かけてきた。
「どうしたの? 何か悲しいことでもあったのかい?」
空と同じ青い瞳で、僕より体が大きくて手と足がとても長くて細い。
その猫は、僕はタマだよって言った。
「悲しくないよ・・・でも、少し悲しい」
「それは・・・・・」
タマは深く考えこんだ、ものすごく真剣な顔をして・・・そして。
「どういうことなの?」
ガクッときた。キラキラした大きい青い瞳で僕に顔を近づけてくる。
「飼い主さんに言いたいことが伝わらないんだ」
「そういうこと?」
タマはきょとんとした表情で僕を見た後、ゆっくりあくびをした。
「伝わらないよ」
「えっ? どうして? 」
「伝えきれない? うーん・・・伝える方法が違う?」
「 ? 」
タマはブツブツと言い始めて僕の周りを歩いた。
それからしばらくして、飛び込むように地面に寝転んだ。
「いつか伝わる日が来るんじゃなーい? 」
ゴロンゴロンと何回も寝がえりをしてタマは言う。
「じゃあ・・・タマはチベのこと知ってる? 」
「僕のお父さんだよ~、でもお父さんじゃない? お父さんみたいな感じ?」
「どういうこと? 」
僕はびっくりしてタマに聞き返した。
「僕をここまで連れてきてくれた、とっても強くて優しかったよ~
このあたりの・・・ボス? 親分? 一生懸命みんなを守ってくれたよ~
キミの横顔がお父さんにそっくりだったから、つい声をかけたけど
きっと神様が模様を決める時におそろいにしたのかもね~」
「チベは本当のお父さんじゃないの?」
「僕は気が付いたときは家族はいなかったんだ、妹も弟もお母さんも
いたはずなんだけど・・・いなくなってた」
目が覚めたら僕だけいたんだ。みんないなくてあちこち探したけど
怖くて動けないし・・・僕どうなっちゃうのかなぁって思ってたら
チベがそこに来たんだ、敵か味方かわからないけど
お腹空いたって言ったら、あのお家に連れて行ってくれたよ~
それから時々おじゃましてるよ~」
「飼い主さんも知ってるの? 僕今まで会ったことないよ」
「キミはいつも寝てたから気づいてなかったんだよ~
ご飯食べている時になんだか小さいお父さんがいるって見ていたんだけどなぁ」
「ごめんなさい、タマの住む所・・・僕取っちゃった?」
「あのお家はみんなのものだよ~、チベも困っていたら誰でも連れて来てた。
キミはまだ小さいから飼い主さんに守られてるんだよ~」
「タマはお家で寝ないの?」
「僕は自由が好きなんだ~、外でこうやってノビノビできるし
眠くなったら木の下で眠ればいいよ~」
タマはのんびり屋さんだ。
たまに難しいことを言うけど、なんだかあったかい。
「キミはチベにそっくりだから飼い主さんが助けてくれたのかもね~
・・・そうだ!! キミの名前、きいてなかったよ~」
タマは何か順番がおかしい、だけどなんだか憎めない。
「僕はチャンドラだよ、飼い主さんがつけてくれたんだ」
「チャンドラ!? カッコいいね!! 僕も名前つけてもらったけどタマだよ!!
タマみたいな顔してるからだって、どういうこと!?」
僕にきかれてもわからない、これも飼い主さんに伝えられたらいいなぁ。
「あー、そうだチャンドラ。とっておきの場所があるよ、おいでよ」
「とっておき? 」
「僕がよくお昼寝する場所なんだけど、大きな木で落ち着くんだ~
お父さんもよく来てて一緒に寝てたよ~」
「大きな木? 」
僕が妹と一緒にいた大きな木を思い出した。
その木にはたくさん猫が集まるのかな?
僕は少し緊張してタマのあとをついて行った。
ぐるっとお家を回って、草がいっぱい生えている茂みの中に
その木は一本だけ生えていた。
たくさんキラキラした実がなっているのかなとワクワクしたけど
何もなかった。
「ここは風がサワサワって吹いて葉っぱがたくさんあって気持ちいいよ~」
タマは早速ゴロンと寝転んで空を見ていた、僕も隣に座った。
「鳥さんから見る僕たちはきっと小さいんだろうね~。
僕も空を飛んでもみたいなぁ~、いつも木に登って
飛んでみるけどすぐ地面に落ちちゃうよ」
「けがしちゃうよ、タマ」
「けがといえば・・・たまに怖い猫が来るからその時はお家へ帰ってね~」
「怖い猫?」
「僕もよくわからないけど、チベは・・・ナワバリ? とか言ってた。
よそ者の猫が攻めてきて場所を取っちゃうんだって。
僕や仲間たちも追い出されちゃうからチベはいつもここを守ってたよ~」
僕は、チベがあちこち傷があったり目が鋭くて少し怖かった意味が
少しだけわかったように気がした。
チベはタマ達を守るために戦っていたんだ。
「ねぇタマ、チベの話もっときかせてよ!! 」
「いいよ~、知っていることなら話すよ~」
「ありがとう」
僕は、思いついた順からタマにきいた。
飼い主さんの所へ行ったのは、僕と同じ雨の真っ暗な夜の日に
迷い込んで飼い主さんに助けられて、そのまま住んでいたこと。
何をきいたか、何度か同じことを話したかもしれないけど
タマはずっと話をしてくれた。
ちょっと面白かったのはチベという名前の由来で
僕と同じ茶色の毛だったけど、毛づくろいをしていて
いつも舌をしまい忘れて、ベーッって舌を出した顔になるから
チベって名づけられたんだって。
お日さまが沈んで僕の目のような色の空になったら
カラスという鳥が帰る時間だよーって教えてくれる。
「もう帰らないと!! 飼い主さんが心配しちゃうよ!!
またきかせてねタマ、今日はありがとう」
「またねぇ~」
僕は走ってお家へ帰った。
今日はたくさん楽しいことがあったよ、早く妹に報告したいな。
その夜、妹にたくさんお話した。
タマに出会ったこと、チベがどんな生き方をしていて
飼い主さんと幸せに暮らしていたことや、たくさんの仲間を守っていたこと。
「チベは本当に強かったんだねぇ~」
「うん、でもチベが幸せだったってどうやって伝えたらいいんだろう?」
「そうだ!! お兄ちゃんもチベのようにお兄ちゃんにできることを
したらいいんじゃない? 」
「僕にできること? なんだろう? 」
「たくさん一緒にいて、飼い主さんの笑顔をもっともっといっぱいにして
私と同じように幸せを2つにしてあげようよ」
「それで伝わるかなぁ? 」
「色々やってみるといいんじゃない?
私たちは体は小さいけど、心はとっても大きいよ!!
誰にも負けないんだから、お兄ちゃんもできるよ!! 」
「うん、僕頑張ってみるよ!! ありがとう 」
次の日から僕はたくさん色々なことをしたよ。
チャンドラって名前を呼ばれると元気にお返事して
撫でてくれたら最高にノドをグルグルいわせたり
飼い主さんがお家の中で危なくないように、絶対後ろをついて行くんだ。
ただ水は苦手だから、飼い主さんがお風呂に入っている時は
大丈夫かなぁって思いながら廊下で待っていて、出てきたらホッとする。
たまに飼い主さんは本を読みながらそのまま寝てしまうから
寒くないように僕の顔を飼い主さんのほっぺたに乗せるよ。
そしたらね、僕が落ちないように僕の体を手で支えてくれるんだ。
そして僕も一緒に少しだけ眠るよ。
僕のグルグル聴こえるかな? とか、飼い主さんの心臓の音が
僕のドキドキと気持ちいい音で重なるんだ。
それがとっても幸せ。
夕飯になるとタマが外から帰ってきて、ご飯をムシャムシャ食べるよ。
鼻と鼻をくっつけてあいさつをすると
「僕はもう寝るよ~、また明日ね~」ってすぐ外へ行ってしまう。
本当にタマは自由だなぁっていつも思う。
僕が寝る時は飼い主さんにジャンプして抱っこしてもらうんだ。
時々、天井からビヨーンと伸びたヒモにすごくワクワクして
たたいて遊ぶけど、飼い主さんは遊び終わるまで待っててくれるよ。
いつもとっても優しいんだ。心がお腹いっぱいになるよ。
チベも今の僕と同じ気持ちだったのかなぁ。
そうして僕は少しずつ大きくなっていった。
ちょっとだけ高い所にも登れるようになったよ。
季節は冬っていうらしい、お昼でも寒い日が多くて毛が冷たくなるよ。
ある日、タマがいつもの木の下で震えながら言った。
「今日は特に寒いなぁ~、明日は雪が降るかもね~」
「雪って何? 」
「白いフワフワしたのが空から落ちてくるんだよ~
でも、触ったら白くなくてすぐ水になるんだ~」
「水? 水が落ちてくるの? 」
「でも、たくさん落ちてきたときには地面が真っ白になるんだよ~
不思議だねぇ~」
「うん!! 不思議!! 寒いけど見てみたいよ!! 」
「チャンドラは元気だなぁ~、僕たちは幸せだねぇ」
「幸せ? 」
タマは突然話が変わる、だけど面白くて話しているとすぐ夕方になる。
「僕たちはお腹が空いたらすぐご飯を食べられるし、寒かったら
温かいお家の中にいられるんだよ~。
僕たちの仲間には、お腹が空いても食べるものがなかったり
寒い寒いって震えながら外で眠る猫もいるんだよ~
僕たちが当たり前だと思っていることができない仲間もいる。」
「そうだね」
僕は少し心がズキッとした。あの雨の日に飼い主さんに出会わなかったら
今はどこで何をしていただろう。
飼い主さんの体温を感じることはないし、ずっとお腹を空かせたままかもしれない。
いつもの毎日がとっても幸せなことだって今気づいたよ。
「僕たち、そんな仲間に何かしてあげられないのかなぁ?」
「きっと困っている仲間はチャンドラの前に現れてくれるよ。
ただ、それに気づいてチャンドラがその時に
仲間にできることを一生懸命頑張ったらいいよ~」
「じゃあ僕、いつも誰か困ってないか目を大きくして歩いてみるね」
「いつも目を大きくしていたら疲れるよ~、眠れなくなったら
どうするんだい? 」
「うーん、それも困るなぁ・・・」
「心だよ、いつも心にそれを忘れないようにしていたらいいと思うよ~」
「心? 」
「ドキドキしたりワクワクしたり、今のチャンドラの想いも
みんな心の中にたくさんあるんだよ~。
それを必要な時にそこから取り出せばいいよ~」
「僕にできるかなぁ・・・? 」
「怖いと思ったとき、ノドをグルグル鳴らせるかい? 」
「無理だよ!! 怖いときはできないよ!! 」
「じゃあ大丈夫。嬉しいときは嬉しいって伝えられるし、
怖いとき思いっきり怖かったらチャンドラは大丈夫。
自分の思った通りに動いたり鳴いたりすればいいよ~
そしたらちゃんと、そのときに必要なことが目の前に現れる」
「そっかぁ~、じゃあ今のままでいいんだね」
「そうだよ~」
その夜、タマの言った通り空から雪が降ってきた。
窓から見ると、とっても白くてツブツブしていたと思ったら
綿毛みたいにフワフワになったり、風で色々動いて楽しかった。
「今日はお泊りするよ~」
タマが寒い寒いと震えながら隣にきた。
「やっぱり降ったね~、明日の朝はみんな真っ白だよ~」
「真っ白!! ワクワクする!! 」
「僕は寒いのは苦手だなぁ~、今日は冷えるから
チャンドラ、くっついて寝ようよ~」
「うん」
今夜はとっても寒い、歩くと肉球から体全体まですぐ冷たくなる。
タマがいるから今日は飼い主さんの枕元でタマとくっついて寝た。
寒いからって飼い主さんが小さい毛布を僕たちにかけてくれた。
タマは丸くなって寝ていて、その足の所を僕は枕にして寝るようにした。
そういえば、妹と一緒にこうやって寝てたなぁ・・・。
でも向こうは寒いとかなかったから、あんまりくっつかなかったけど
こうやって寝るのもたまにはいいね。
たまに飼い主さんが頭を撫でてくれるから
とっても安心して眠れるよ。
次の日の朝、起きて外を見たら一面真っ白だった。
「タマ!! 起きて!! 外が真っ白だよ!! 」
まだ寝ていたタマは半分だけ目を開けて
「やっぱり積もったんだ~、もう少し寝かせてよ~」
そう言いながら両手で顔を抑えてまた眠ってしまった。
僕はご飯を食べて、勢いよく外へ飛び出した。
鼻の中がツーンとするほど寒かったけど、真っ白い地面に飛び込んだ。
「!? 」
サクッと音をたてて僕は雪の中に埋まった。
やわらかいけど、すごく冷たい。歩くと少しキュッと音がするよ。
乾いた冷たい空気が僕の口に入る、そして僕の息が煙のように空へ消えた。
空を見上げるとフワフワした雪が降っている。
だけど、僕の体に触れたら消えて水になってしまう。
空では真っ白いのになんでかなぁ?
気が付くと僕の毛はびっちょり濡れて強烈な寒気がして
あわててお家の中へ入った。
「風邪引くよ~、寒かったでしょ~? 」
ご飯を食べ終えたタマが迎えてくれた。
「寒いよ!! すごく寒い!! 」
僕はカタカタと震えてきて体が冷たくなっていた。
それを見た飼い主さんが僕を抱っこして濡れた毛をキレイに拭いてくれた。
「初めて雪を見たからワクワクしたんだね」って言いながら
ストーブの前で毛を乾かしてもらった。
チベも雪を見たことがあるのかなぁ?
そして、こんなふうに飼い主さんから拭いてもらったりしたのかな。
とってもあったかいよ、ぽわんって気分になるよ。
それからその日は外へ出るのはやめて、お家の中にいた。
飼い主さんのひざかけの上で眠ったよ。
タマはソファの上でいつものように丸くなって寝ていた。
ウトウト眠っていたら飼い主さんが優しく僕の体を撫でてこう言ったんだ。
「チャンドラ、うちに来てくれてありがとう」って
とっても優しい言葉だった。
僕もここに居させてくれてありがとうって伝えたかったけど
話ても通じないし、今僕にできることはなんだろうって考えたとき
妹の言葉を思い出した。きっと今、何かできるって。
飼い主さんのほっぺた、なめたりかみついたりしてもいいのかな?
とりあえずなめてみたけど、僕の舌はザラザラしているから
飼い主さんは痛がった。それからカプッと頬をかみついて
ノドを最高に鳴らして飼い主さんにべったりくっついた。
「ありがとう」
少しは伝わったみたいで嬉しかった。
「可愛いなぁ、チャンドラ。ずっと一緒にいてね」
雪で冷えた僕の体を一瞬であたたかくした。
きっと、飼い主さんの言葉が僕の心に届いたんだね。
幸せってどんな形かわからないけど、今少し見えたような気がしたよ。
その夜、妹が久しぶりに僕のところに来た。
「お兄ちゃん、少し具合悪いんじゃない? 」
僕たちは双子だから、僕の体調もわかるらしい。
「そうだね、なんだか体が重いんだ。」
「雪の中で遊びすぎたんだよ!! 」
少し怒った妹がちょっと可愛く思えた。
ずっと一緒にいたから、心配されるなんて今までなかったなぁ。
「でも、雪ってとってもキレイで不思議なんだ!!
空では真っ白なのに触ったら水になるんだよ!! 」
「水?」
「うん、でもねたくさん落ちてきたら真っ白のままで
木や葉っぱ、地面まで積もるんだ」
「わぁぁ、面白いね!! 」
「寒かったけど走り回ったからきっと風邪引いたんだね」
「体がよくなるまでしばらく外で遊べないね」
「うーん、残念だなぁ」
「でもお兄ちゃんには飼い主さんがいるから、外に出られない分
たっくさん飼い主さんに甘えたらいいんじゃない?」
「そうだね、明日も楽しみだ~」
「だけど、明日はゆっくり眠らないとだめだよ」
「そうだね、元気になってからいっぱい遊ぶよ」
「うん、それがいいよ。おやすみなさい」
「おやすみ」
いつも眠ると出てくる妹は夢なのかな?
でも、離れていても僕は心配されたり
僕の話を楽しそうにきいてくれたり、
僕たちはやっぱり双子なんだなぁ。
次の日、僕は熱が出た。
体の中はすごく熱いのに外側はすごく寒くて、震えながら毛布に寝ていた。
窓を見上げると今日も雪は降り続いていた。
外は昨日より真っ白なんだろうなぁって思いながら少し眠った。
鼻水が出て、呼吸がしにくかったけど飼い主さんが拭いてくれたり
熱くてすぐ喉が渇くから水も飲ませてくれたよ。
目の膜が少しかぶさってよく見えなかったけど、飼い主さんの
心配する顔が見えた。
たまにケフンケフンって声が出て、なんだろうって思っていたらタマが
「それは咳っていって体の中の悪いものを外に出そうって
チャンドラの体が戦っているんだ、しばらくは続くかもしれないけど
今はよく眠って戦おうよ~」って言ってくれた。
タマはなんでも知っている、こちらへ来てたくさん知らないことを教えてもらった。
「僕、治る? 」
「暖かくして眠ったら大丈夫さ~、今はつらいけど頑張るんだよ~」
「うん」
それから飼い主さんは僕を毛布にくるんでひざの上に乗せてくれた。
とっても嬉しかったけど、今はノドを鳴らす元気もないや。
そのかわり、僕はツメを出して飼い主さんの手を精一杯の力で握った。
今日は飼い主さんの手より僕の手が熱い。
「早く元気になろうね」
握り返してくれた手は大きくて僕の手はすっぽりおさまった。
この手から、僕の気持ちが伝わらないかな?
僕は今とっても幸せで、飼い主さんが大好きって。
僕の熱は何日か過ぎても下がらなかった。
相変わらず鼻がつまって苦しいし、暑くて寒いへんな感じだった。
さすがのタマも心配している。
「病院に連れて行ってもらったほうがいいんじゃないかなぁ? 」
「病院? 」
「知らない人がたくさんいてちょっと怖いけど、お医者さんっていって
白い服を着た人が体がよくなるように注射を打ってくれるんだ~」
「注射ってなに? 」
「ハチのように針があってそれを体に差して体の中の悪いのを
やっつける薬を入れてくれるんだ~」
「針!? 怖いよ!! 」
「ちょっとだけ? うーん、しばらく痛いけど少しは体が
楽になるんじゃないかなぁ・・・・」
「そうなんだ・・・でも怖いなぁ」
「早く元気になって、またあの木の下で楽しいお話しようよ~」
「そうだね、早く元気にならなくちゃ」
その日の夜、僕は熱が高くてグッタリしていたから
飼い主さんが病院へ連れて行ってくれた。
なんだか透明の台に乗せられて、上から僕を白い服を着た
お医者さんが触ってくる。
怖いよ!! これから僕どうなるの?
逃げ出したかったけど、ぼんやりして動けなかった。
「怖くないよ、チャンドラ」
飼い主さんが何度もよしよしとしてくれる。
本当? またお家に帰れる? 元気になれる?
飼い主さんとお医者さんがお話をしていた。
僕は毛布に包まれてだまって待っていた。
「チャンドラくんは生まれつきぜんそくがありますね。
それから・・・風邪をこじらせて肺炎を起こしています。」
「あの・・・チャンドラは元気になりますか? 」
飼い主さんが少し涙ぐんでいてお医者さんにきいていた。
僕のために泣かないで。
元気になったらたくさん甘えるから、泣かないで。
僕はそう強く思いながら、知らない間に眠ってしまっていた。
次に目が覚めたらお家だった。
「目が覚めた? 具合はどう?」
のぞきこんだタマが不安な顔できいてきた。
「うーん・・少し体が重いのが取れた気がする・・・
でもなんだか、手がチクチクするよ」
「注射を打たれたんだ、よくがんばったね」
そう言うとタマは僕の顔をなめてくれた。
「チャンドラが治るまで僕はここにいるよ~
元気になったら一緒にまたあの木へ行こうよ~」
「ありがとうタマ」
今はとっても眠くて、僕の言葉がタマに聞こえたかわからなかった。
飼い主さんも時々様子を見に来てくれたよ。
でもね、目を開けてもぼんやりとして息をするのにも苦しいんだ。
「チャンドラ・・・元気になって」
飼い主さんがポロポロ涙を流している。
それだけははっきりとわかった。
泣かないで、僕はここにいるよ。 だからいつものように笑って。
早く元気になるから泣かないで・・・。
次の日も僕はぼんやりしていた。
昨日よりケフケフの声が多くて、そのたびに飼い主さんが
そばに来てくれた。
「苦しいの? チャンドラ、大丈夫? 」
いつも僕の首の後ろをさすってくれて、その時はスーッと
喉が通るような気がしたよ。
前よりもあんまりご飯が食べられなくなって、少しずつ飼い主さんが
小さくして口へ入れてくれて、僕の体は少しだけ強くなった感じがしたよ。
苦しいけど食べないと多分、飼い主さんと離れてしまうそう思った。
そんなのは嫌だ!! 飲み込めなくても僕は食べて生きていくんだ。
少しでも長く飼い主さんと一緒にいられるように・・・。
ご飯の後においしくない薬を飲むけど、これだけは好きになれない。
これをたくさん飲んだら早く元気になれるのかな?
それだったらがまんして飲むよ。
たまに吐き出すけど、僕はがんばって飲んだ。
「えらかったね、チャンドラ」
飼い主さんが優しく撫でてくれる。
タマも心配そうに、いつも近くで見ていてくれる。
今までは妹だけしかいつもそばにいなかったけど、
今は飼い主さんもいて、タマもいて、朝になると鳥さんも心配して
外から「大丈夫?」って鳴いてくれるよ。
僕は一人じゃないんだね。
もっともっとたくさんの仲間に会いたいよ。
一緒に遊んだりお話したり、困っていたら助けてあげたい。
そばにいるだけで幸せって思ってもらいたい。
そして・・・飼い主さんにたくさんチャンドラって
僕の名前を呼んでほしい。
こちらの世界はみんな優しくてあたたかいね。
僕はうなされながらどこからか長老の声を聞いた。
「帰っておいで、チャンドラ」
ケフンケフンもおさまらないし、飼い主さんは僕を見るとたまに泣いている。
たくさん笑わせてあげられなかったからもうお別れなのかな?
「僕はまだ飼い主さんに何もしてあげられてないよ!!
まだこっちにいて、たくさん飼い主さんを幸せにしてあげたいよ!! 」
これは、いつも妹が出てくる夢かな?
それとも長老が今目の前にいるのかな?
「チャンドラ、よく聞きなさい。こちらの世界で私達は神様から
命を与えていただいているのだ、今そこにいるお前の体も・・・」
「僕のものじゃないの?」
「いや、今はチャンドラのものだ。でもいつかは神様に
お返ししなくてはいけない」
「・・・・・それが、今なの?」
「そうだ」
長老の言葉がズンと心の奥に重りのようにのしかかった。
きっといつかはこんな日が来ると思っていた。
だけど・・それが今なんて思いもしなかった。
「チャンドラ、今幸せか? 」
「うん、僕は今とっても幸せ。飼い主さんもタマも他のみんなも大好き」
「飼い主さんもお前と同じ気持ちだ。チャンドラ、お前はいい名前を
もらったじゃないか、跳び上がるほど嬉しかっただろう。
それに、たくさんのものを見て、聞いて、感じて・・・・
だから今幸せと思うのではないか? 」
「多分・・・そうだと思う。そっか・・・僕はもう
帰らないといけないんだ・・・」
雨のように僕の目からはたくさんの涙が出た。
たくさん笑っていた飼い主さんとの思い出が頭の中をいっぱいにした。
「悲しいか? 」
「うん、とっても悲しいよ・・・楽しかったことも、
今の気持ちも全部神様に返さないといけないの? 」
「それは、お前が飼い主さんからもらった大事なものだ
チャンドラがずっと持ってていいぞ」
「そっか・・・よかった。僕の見たものやワクワクや
ドキドキした気持ちは消えないんだね」
「そうだ」
「わかった、僕帰るよ。離れていても
飼い主さんを想う気持ちが残っているなら平気だよ」
「えらいな、チャンドラ」
そう言うと長老はどこかへ行ってしまった。
帰ることは決めたよ。でもね、泣き顔の飼い主さんが
最後に見た顔って僕は嫌なんだ。
無理かもしれないけど、飼い主さんにはいつも笑っていてほしい。
これは、僕のわがままかな?
笑ってさよならなんてできないよね。
・・・・僕もできない。
多分、僕の最後に出せる大きな力で立ち上がって外へ出ようとした。
一人でここに来れたんだ、だったら一人で帰るよ。
はじめは一人だったのに、どうしてこんなに悲しいんだろう。
飼い主さんやみんなが優しかったから?
違う、僕は愛されていたから悲しいんだ。
なんにもなかった空っぽの心に、たくさんの思い出がつまったから
僕は手放したくないんだ。
チベ、やっとわかったよ、キミが悲しんでいた理由。
チベもみんなに愛されていたんだね。
たくさんのいろいろな思い出があったんだね。
「チャンドラ、外はだめ!! 」
歩こうとした僕を飼い主さんは止めた。
それを振り切って行く力はもうなかった。
「元気になってからお外で遊ぼうね」
僕はもう、ここにはいられないよ。
悲しいけど、すごくつらいけど帰らないといけないんだ。
それでも出ようとした僕を飼い主さんは毛布にくるんだ。
寝ていた所へ戻されるんだ、僕はそう思った。
・・・だけど、飼い主さんは毛布のまま僕を抱っこした。
「チャンドラ、寒いけど一緒にお散歩しようか。」
そう言うと僕を抱きかかえて外に出た。
夜の風が冷たくて一瞬目を閉じたけど
もっと飼い主さんの顔を見たくてすぐ開けた。
飼い主さんに抱っこされているから、今夜は月が近くに見えるよ。
そして、とってもホカホカする。
聞こえるかな? 少しノドを鳴らせることができたよ。
「もうすぐ春が来るよ、チャンドラ。
暖かくなるからたくさん走れるね」
お家の周りをぐるっと歩いた。
「ほら見える? 今は何もないけど春になったら
ここにはたくさんお花が咲くからね」
飼い主さんはたくさんお話をしてくれた。
僕とタマがいつも一緒にいた木のそばにも連れて行ってくれたよ。
「いつもここでお昼寝してたね、チャンドラは知らないかもしれないけど
チベもあそこが大好きだったのよ。もしかして・・・会ったことあるのかな?」
チベのことを思い出してくれた、それだけで嬉しかった。
「チベもチャンドラも、来てくれてありがとう。
私・・・とっても幸せだったよ。・・・だから、
またここにおいで。ありがとう・・・ありがとうチャンドラ・・・」
ギュッと飼い主さんが僕を抱きしめてくれた時、
僕はもうそこにはいなかったんだ。
ありがとうと精一杯の笑顔を見せてくれた飼い主さんを見て
僕のトクントクンは止まったんだ。
僕もとっても幸せだったよ・・・・ありがとう。
僕はしばらくの間、自分の体の上から飼い主さんを見ることができたよ。
もう苦しくないよ、だけど悲しいな。
ついさっきまで感じていたぽかぽかが、もうないんだ。
泣きながら飼い主さんがお家の中へ戻った時、
僕のこの世界での役目が終わったんだ。
僕のために泣いてくれる飼い主さん。
動かなくなった僕の体をなめてくれるタマ。
僕はずっと忘れないよ。
小さい体で言葉は通じなかったけど、一生懸命生きたよ。
小さい手でたくさんのものに触れた感じ、目で見たたくさんのもの
耳で聴いた色々な不思議な音、みんな僕の宝物だよ。
またそこへ行けたらいいな。
「お兄ちゃん、飼い主さんの所はどうだった? 」
そして今は僕の隣に妹がいる。気が付いたら妹や長老のもとへ帰ってきていた。
「多分びっくりするよ~、たくさんありすぎて話きれないよ~」
いつの間にか僕はタマと似たような話し方になっていた。
少し離れた所にチベがいて、前に見た時よりちょっぴり元気になっていた。
「チベは強かったんだね、タマから聞いたよ!!
たくさん仲間を守ったんだよ、すごいね!! 」
「そんなことはない、守るものがあったから強いフリをしていただけだ」
それは照れかくしのように聞こえた。
「飼い主さんがありがとう、幸せだったって僕とチベに言ったんだよ。
よかったね、チベ」
「・・・うれしいなぁ」
しっぽをピンと立ててチベは喜んだ、そう言うとサササッと木に登って行った。
「ねぇお兄ちゃん、もし次に向こうへ行けるとしたら何になりたい?」
「うーん・・一番はこのままでまた行きたいけど、
だめだったら雪になりたいなぁ・・・」
「雪? とけて水になっちゃうよ!!」
「それでもいいんだ、飼い主さんの上に僕は降ったら
手や頭や肩に触れられるよ。飼い主さんのぬくもりでとけるのも
幸せなんじゃないかなぁ」
「そうだね、猫の時よりたくさん触れるね」
「それに、すぐ水になっても飼い主さんの目には真っ白に映るよ」
「そっかぁ・・・お兄ちゃんは飼い主さんのそばでずっと見ていたいんだね」
「キラキラ降る雪になってびっくりさせたいな」
「それもいいね」
「おーい。チャンドラ、チベ手紙だよ~」
それからしばらくして木の奥から長老が出てきた、何か手に持っている。
「手紙?」
チベがものすごく速いスピードで木から下りてきた。
手紙ってなんだろう? 誰から来たのかな?
「ここの木はチャンドラとチベ、お前たちが寝ていたあの木と
つながっているのだよ、あの木の下で飼い主さんが手紙を埋めたみたいだ」
「飼い主さんから?」
僕とチベはしっぽをピーンと立てて手紙を受け取った。
「私、この木からお兄ちゃんに呼びかけていたんだよ~」
「そっかぁ・・・不思議な木だね」
木を見上げると今日もキラキラとした実が揺れている。
僕は妹と一緒に手紙を読んだ。
チベは恥ずかしがってまた木の上へ手紙を持って登って行った。
チャンドラ、元気にしていますか?
こちらはだいぶ暖かくなって、もうすぐ春になろうとしています。
あなたが私と一緒にいてくれた時間はとても幸せでした。
あなたは走るのがとても速くて
楽しいものが大好きで、とっても元気でしたね。
私もとっても楽しくて、あなたがいて全然寂しくありませんでした。
今度は長生きできる健康な体になってまた私のもとへ戻ってきてね。
ちゃんと、チャンドラだよって私にわかるように
何かわかるようなことをして教えてね。
あなたのもとへ届くかわからないけど首輪を送ります。
最後に一緒にお散歩した時の月を思い出せるように
月のかざりがついています、動くとたくさん揺れるので
気に入ってくれるといいな。
チャンドラ、ありがとう。
また会おうね。
僕は涙が止まらなかった、これは悲しいとはちがう涙だ。
多分、チベも木の上で泣いていると思う、
もしかしたら僕よりたくさん泣いているかもしれない。
もらった首輪は僕にピッタリで、真ん中についた三日月のかざりが
木の実のようにキラキラ光った。
ちゃんと届いたよ、僕もまた飼い主さんのもとへ行きたいな。
その時はまたチャンドラって呼んでね、元気よくお返事するよ。
その日、下の世界では雨が降りました。
寒かった冬も終わり、少しずつ芽が出てきた草木にたくさん降りそそぎました。
それは、チベとチャンドラが嬉しくて流した涙だったのかもしれません。
そして時々、ふんわりとした暖かい風が吹きました。
僕たちはいつも見守っているからね。
飼い主さんには、そう聞こえたような気がしました。
僕たちはふたごの猫。
たくさんのやさしさと愛をもらって
いつかまた会いに行くよ。
その時はまた笑顔で迎えてね。
おわり